感情の変換


雄大な御池(宮崎県)


5月も折り返し、暖かな春から夏に向けてエネルギーが高まって行くのを感じます。

今日は、先日開催しました『鈴木啓介さんの本を読む会』での一コマをご紹介したいと思います(この実例のご紹介は承諾を得ております)
先日の会では、自分の好き掘り下げ、そこからご自身のテーマを私が決めさせて頂き、そのテーマ見つめる…と言うものをやってみました。

自分の好き…から、様々な『癖』が見つかります。
今日ご紹介する方は、対人で生まれる感情をよく見て行った際に発覚したものです。
他人の発言を「恥ずかしい」と感じる。との事でした。
それは、相手が理不尽な事を言っている時に発症した感情です。
つまり、理不尽な振る舞いに対して、怒りではなく恥ずかしさを持ったと言う事ですね。
内心には怒りがあるのに、それを隠すように恥ずかしさを持っていたのです。
最終的に分かったのは、様々な感情を『恥ずかしい』に置き換えていた…と言う事です。

感情の置き換えって、自分を守るためにしている事がほとんどではないかな…と感じます。
マイナス感情になる自分にOKが出せない。みたいに。

私の父の話をします。
父は母が体調不良になると、どんどん怒りが湧きあがります。
母にも私にもあたり、1人沸騰しています 笑
父の場合は『心配→怒り』に変換しています。
心配してる事を素直に表現出来さえすれば、こんなに怒らなくて済むのに…と思いますが、どんなに忠告しても、そこを本人が見つめない限り、永遠に終わりません。

このように、様々な感情の奥底には、自分の真実が隠れています!
面白いですよね、自分の真実を自分で隠し、その隠した自分で生きてるなんて。
ただ、そこに気付くこと、本当はこう思ってたんだと認識する事、そこから自己愛が生まれてくるように思います。
だって、今まで自分の感情を殺して頑張って生きてたね!そう思いませんか?
ようこそ、本当の自分。

本当の自分って、エゴや思い込みを取り去ったものだと思うんです。
そして、それは自分にしかわかりません。
どんなに他人にこんな人間だと言われても、それはその相手の認識です。
私はこのような仕事をしていますので、『何でも分かる、何でも思い通り』の様に思われる事がありますが、全くそんな事はありません。
そんな、何でもわかればこの世界で生きてないです。
どんな人にもその人の今の課題があり、それを無視しては成長はありません。
そして、前途しましたように、私の父の様に、身近な存在こそ、その特徴が分かったりします。
まず、根本的な第一歩として、自分はこんな人間だ、というものをよく眺めて欲しいなと感じます。

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