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『居酒屋の失敗』第五章「学んだ事・営業時のエピソードなど」2.色んなお客達


2.色んなお客達

(1)同業者

 では、ここからは営業中に来店した様々なお客について書いてみたい。「SPA!」で自分がインタビューで話した内容を面白おかしくまとめられて記事になった部分でもある。

 まずは、同業者について。これは特にイヤなお客だった訳では無いのだが、オープンから2,3ヶ月はやたらと同業者と思しきお客が多かった。特に初期は多店舗展開しているグループの経営者が新しい店を視察的に回っているというパターンが多く、彼らは名刺を出してきちんと挨拶してくれるのですぐに分かった。

 ところが名乗らないお客も結構多い。彼らの特徴は、入店後なんとなく落ち着かない風できょろきょろ店内を見まわし、フードを一度に3種以上はオーダーするがアルコールは飲んでも1杯程度。自分の店に早く戻らなければいけないためか、提供が少し遅れるとすぐ催促してくる。当初は分からなかったが、何人か見ているうちに普通の客と見分けがつくようになった。

 あと、変わったところでは、入店せずに「今度友達と来るので参考にメニューください」というパターンもあった。もちろん彼らはその後店に来る事は無かった。

(2)オーダーが極端に少なく長時間居座る客

 結構困るのが、オーダーが極端に少ないのに長居するお客。特に高齢女性に多かったのだが、お通しにドリンク1杯だけで2時間とか平気で居座る。「ファミレスか喫茶店でも行け」と思いつつ、やんわり追い出した事もあった。
 また、コアな常連さんだと最初に1品と1杯オーダーし、その後、ずっと一緒に喋っていて気づいたらオーダーがその2品のみという事もあった。但し、彼らは頻繁に来店してくれるので有難い事でもあった。

(3)席の指定に従わない客

 特に金曜日など来客が多数あると予想される際は、早期に入店してくる2人までのお客にはカウンターに座るようお願いしていたのだが、見事に「イヤだ」と断る輩が結構いた。これは本当に迷惑したが、結果的にテーブル席が埋まるまでの来客が無くて非常に気まずい思いをした事もあった。

(4)ベンチャーの集まり

 結構迷惑だったのが地元ベンチャーと思しき比較的若年層の経営者達の集まり。
 ある日、お客もいないのでそろそろ締め作業を始めようかと言う頃、数名の身なりの良い若者が来て「これから20名くらい入れるか?」と訊かれたのでOKした。すると少ししてゾロゾロと同じような若い男女が入店してきた。彼らは、オーダーは結構気前が良く、高い日本酒も結構飲んでくれて、売上的にはかなり助かった。
 しかし、若い生意気そうな女が「お通しって断ったらどうなるのかな?」などと、わざと聞こえるように意地の悪そうな顔で喋っていたりしてかなり印象が悪かった。
 
 他の人間もわがままな要求が非常に多く「アレはないのか?」「コレはないのか?」などといちいち呼ばれる状況が続き(もちろん全て無い)、しかも一人一人要求がバラバラで、バイトも帰した後だったためかなり対応に苦労させられた。
 そんな中「すみませ~ん。おしぼり全員分替えてもらえますか?」と言われる始末。もちろんそんな対応なんて今まで一度もした事は無かった。

 そしてお通し料金の中に〆のご飯&味噌汁&アイスが含まれるという設定でやっていたのだが、なんと全員が食べるという。それはそういう設定なので仕方ないのだが、「生卵を付けろ」とか「おにぎりにしろ」とか「お茶漬けが良い」などここでも要求が多くかなり対応が大変だった。
 更に最後の会計時には、人数分を全部違う名前で領収書を切れとい言われ、これまたかなり苦労させられた。

 帰り際に聞いてみたら、地元の若い経営者の集まりで、週2で平日の朝7時とかに集まって会合をやっているとの事だった。「君も入らないか」と誘われ「そうすれば月一で宴会するよ」とも言われたのだが、会合を2回欠席したら除名だそうで、そもそもそんな朝早くも無理だし、どうにも好きになれない連中だったので、やんわりと断った。

 その後、忘年会シーズンの際に彼らから20名で予約が入った。10名ほどの別の予約が1時間重複する形で入っていたのだが、30名まではキャパがあったのでなんとかなるだろうと受ける事にした。
 そして当日を迎え、他の予約と併せて約30名分の料理を時間差で提供すべくかなりてんやわんやしながら用意して待っていたのだが、予約時間が来ても連絡もなく誰も来ない。

 1時間近く経過し「まさかドタキャンか?」と思った頃、パラパラと数名ずつやってきたのでホッとしたのも束の間、その後、ゾロゾロとやってきてどう見ても予定より人数が多く、キチンと数えたら20名どころか30名を少し超えるくらいだった。
 
 遅れた事で結果的に前の予約客と入れ替わる形になったのでなんとか全員入店出来たのだが、もし時間通り来ていたら入りきらなかったという、かなりの迷惑行為である。
 「料理を20人分しか用意していない」と伝えると、「追加は要らないし料金は来た人数分を払う」というので売上的には助かったのだが、宴会中は相変わらず皆バラバラな要求が多く、対応にかなり苦労した。

 そして会計時には、またしても全員分の違う名前の領収書を切らされた。結局それが彼らの最後の利用だったのだが、個人的に元々良くなかったベンチャーの印象が更に悪くなったのであった。

(5)色んな宴会客

① サラリーマン

 宴会でも色々な客がいたので紹介したい。
宴会客としては最もオーソドックスかと思うが、ある意味最もタチが悪かったのがサラリーマンだろう。もちろん全てとまでは言わないが、かなりイヤな思いを何度かさせられた。

 ほとんどが飲み放題に関わる事なのだが、前のオーダーを飲み干してから次のオーダーをとお願いしているにも関わらず、平気で次のオーダーをしてくるのは当たり前で、注意すると「じゃあ俺がコイツのを飲むからコイツが新しいの頼んでも良いだろ!」と良く分からない理屈を言われる事もあった。

 特にひどいのがラストオーダーの際に「飲める量だけオーダーを」と散々釘を刺しているにも関わらず大量にオーダーし、宴会が終わって片付けするとほとんど飲んでいない徳利が何本もあったりした。日本酒には相当にこだわり、苦労して仕入れたものもあった中で、そういう扱いをされるのはストレスでしか無かった。
 ただ、これに関してはある程度想定はしており、それ故に飲み放題の宴会はやりたくなかったのである。

 あと、非常に印象に残っているのが延々とハイボールをお代わりしまくるお客。とある会社の営業所に社長が視察かなんかで来たタイミングでの親睦会的な宴会だったのだが、社長とほぼマンツーマンで喋っていた男がハイボールをオーダーしてきて、提供するとほぼ一気飲みして即お代わりをオーダーして来る。
 店では、元々ハイボールにはあまり力を入れておらず、バーボン以外は常時ホワイトホースのボトルが1本ある程度だったのだが、宴会開始から10分もすると半分くらいしか無かったボトルが空き、仕方なく近くのコンビニまでサントリーの角を買いに行った。

 その後も全くペースが落ちず、30分もすると角も空いてしまい、仕方なく店にあったバーボン(アーリータイムズ)に変えたら、お口に合わなかったらしくペースが落ちてなんとか凌げたが、作るのも大変だったし、飲むなとも言えないので非常にストレスだった。正直「チェーン店にでも行ってくれ」と思ったのであった。

② 少し変わった仕事の客

 一般的な会社員ではなく、会計事務所や法律事務所、図書館や美術館といった少し変わったマイノリティ的なお客も来たが、彼らは非常に素晴らしかった。あまり騒がないし、飲み方もキレイだし、無茶な要望もないし、非常に営業しやすかった。今思えばそういうお客に訴求する宴会コースを設けるとかも面白かったかもしれない。

③ 警察、消防、自衛隊

 警察、消防、自衛隊の宴会もサラリーマンとは雰囲気が違った。この3者は階級制度があるため、極端に羽目を外す事がなく、店としてもやりやすかった。但し、警察のノリはサラリーマンに近い感じがした。

消防はとにかく飲む。だいたい宴会スタートの乾杯でほぼ一気に生ビールを飲み干し、その後3杯くらいはハイペースでお代わりが続くので最初はかなり大変だが、そこを過ぎると普通のペースに戻るし、かなり統率が取れている感じで、場が荒れることも無く、かなりスムーズに進み対応も楽だった。

 自衛隊もキッチリとした階級社会なので、場で一番偉い人が喋ると周りが大人しく聞いたりし、消防ほどハイペースで飲む感じでも無く、こちらも対応が楽だった。
 ただ、一度失敗したのが、女性のそこそこの階級の方が会計をまとめてカードで払うとなった時。カードを読み込み、iPadの画面にタッチペンでサインをもらおうとしたのだが、上手く行かずに線を一本引いただけになってしまった。
 しかし、カードのサインは何かしら書いてあれば問題無いので、好意のつもりで「これでも大丈夫ですよ」と言ったのだが、几帳面な方だったらしく、それが逆に気に入らなかったようで「こんなので大丈夫ってどういう事なの?そんないい加減な話あるの?」とかなり激高されてしまった。 
 とにかく平謝りして再度サインを頂こうとしたのだが、また失敗し、かなり肝を冷やした。結局は何とか無事にサインを頂いて事なきを得たのだが、金銭関係で軽率な発言はしてはいけないという良い教訓となった。

(6)ダメ出ししてくる客

 これもかなりイヤなタイプのお客で、店についてあれやこれやとダメ出しし、挙句、ああしろ、こうしろと営業方針にまで口出ししてくるという超迷惑な人達だった。飲食店を見下している典型とも言える。実際にあったいくつかの例を挙げてみたい。
 補足だが、店はカウンター席が約10席でカウンター内がオープンキッチンとなっており、基本的にカウンターのお客からダメ出しを喰らうという状況であった。

①旅行代理店に勤めているという男

 オープンから1ヶ月くらいしてやってきたリーマン風の少し年配の男。訊けば旅行代理店に勤めているという。そして入店して30分もした頃、店が忙しくなかった事もあり、何やら色々と質問してきて一通り答えたのだが、そこからがもう言いたい放題だった。

 あまりお客のいない店内を見渡して「このままじゃダメだ」と言い出し、「何か良い集客方法を考えてやる」と言う。そこで提案されたのが「マグロのカブト焼き」だった。
 静岡は清水が売りという事で、マグロの希少部位をメニュー化していたのだが、「マグロの頭をデカいまま焼け」と言うのだ。それを目玉に団体のツアー客を取って来てやると言う。
 
 しかし、店には焼けるオーブンも無いし、産地でも無いのにツアー客なんて取れるとも思えないのでやんわり断ったのだが、それが気に入らなかったらしく、その後はずっと「あーあ、やっちゃったね」とか「子供いるんでしょ?どうするの?」とか、とにかく脱サラ起業したのが失敗だと決めつけた発言を多々してきた。
 見事に危惧して悩んでいた内容だったため、かなりメンタル的にダメージを受けたのだが、途中でいい加減嫌気が差したので、キッチン内でその男が座ったカウンター席から離れた位置に移り、相手から手元が見えないのを利用し、エア包丁作業をして何とか乗り切った。
 その後、二度と来る事は無かったが、かなりイヤな思いをさせられたのであった。

②ラーメン屋をやりたい男

 その男は、明らかに他で飲んできた風のかなりご機嫌な感じで、閉店の1時間前くらいにやってきた。30代後半くらいで一目でサラリーマンと分かる風体だが、どことなくやんちゃな感じがするタイプで少しイヤな予感はしていた。

 静岡おでんを売りにしているのを知ると、すかさずオーダーしてきたのだが、食べ終えるや否やいきなりダメ出しが始まった。
 「関東では最後に玉子の黄身を汁に溶いてご飯に掛けて食べる習慣があるが、汁が少ないし、味もそれに向いてない」というのだ。一応、静岡おでんはあまり積極的に汁を注がないし、そうやって食べる想定もしていないと説明はしたのだが、そもそもそんな食べ方自体聞いた事が無い。

 しかし、今度は「これが売りと言うならこの店はダメだ」と言い出し、「何か良い売り出し方を考えてやる」と言い出した。そこで男が提案してきたのは、「店名を『勝ち馬』とか縁起を良くして近くのWINSに来る客を呼び込め」というアイデアだった。くだらねぇと思いつつ面倒なので適当に受け流していたのだが、そのうち「居酒屋をやめてラーメン屋にしろ」と言い出した。
 
 なんでも男はラーメンが異常なまでに好きでかなりの数の店を食べ歩き、「自分でラーメン屋をやるならこのレシピで」というところまで考えているらしい。そのレシピを訊いてみると「生ホルモンを一切下処理などせずに茹でてスープを作る」との事で、もつ鍋と同じ理屈だという。そのレシピについてだけは、なるほどとは思ったが、馬鹿馬鹿しくてのらりくらりと躱していたら、言うだけ言って満足した様子で帰って行った。
 しかし、これが居酒屋ではなく例えば靴屋だとしたら、オープン間もない店に「靴屋なんかやめてアクセサリー屋にしろ」とは絶対に言わないと思う。いかに飲食店が見下されているかの好例かと思う。

③町内会の客1

 オープンから1週間も経たない頃に来店した中年の男。「近所に住む者だ」と言い「今日は様子を見に来たが良い店だったら町内会で使うかもしれない」と言ってきた。しかし、見るからに横柄で口うるさそうな感じのモロ苦手なタイプで、滞在中もずっとムスっとしていた。
 そして飲み食べ終わったところでダメ出し大会が始まった。お通しが高い、提供が遅い、最後の味噌汁の具が不味い等々、散々言いたい事を言い、最後に「また来るからそれまでに直しておけ」と言い残し帰って行った。

 結局それっきり店に来ることは無かったのだが、いつまた来るかと1ヶ月くらいは戦々恐々としながら営業していた。今思えば「お前、何様だ!」なのだが、当時は全くそんな余裕は無く、非常に大きなストレスとなった出来事であった。

④町内会の客2

忘 年会シーズンのある日、営業前にやってきた高齢の男。店の向かいに住むと言い、町内会の忘年会をやるので予約したいと言う。人数もそれなりでありがたいと思ったのだが、「僕たちは●●(近くの繁盛店)の常連なんだけど、ここがどんな店か見てやろうと思って」とかなりの上から発言があり、かなりイヤな予感がしたのだった。

 して予約当日を迎え準備をしていたのだが、貸し切りで店も開けていない予約時間の30分以上も前に、いきなり予約した男を含む5人くらいが何も言わずにドカドカと店に入ってきた。呆気に取られていると、こちらには何も言わずに冷蔵庫から勝手に瓶ビールを取り出して飲み始めた。
 内心腹立たしかったが我慢し、宴会開始時間前と瓶ビールとの両方の理由で飲み放題の対象外となる旨を伝えると「金は払う」との事なので、仕方なくそのままにし、そのうち時間になり全員揃ったので宴会スタートとなった。

 宴会中は、自分たちが盛り上がるのに夢中で、特に店に対してのクレームなども無かったのでホッとしていたのだが、後半に差し掛かると予約した男が突如カウンターにやってきた。何かと思えば、それがダメ出しのスタートだった。

 言われた事をざっくり書くと、「普通なら店を出したら町会に挨拶に来るものだ。それが無いとは失礼だ。斜め向かいの焼き鳥屋なんか夏祭りに神輿を担ぎに来たりして町会に貢献している。それに比べてお前はなんだ。商売の心構えが出来ていないんじゃないか?」という事だった。
 確かに向こうの言い分も一理あるとは思うが、別にほっとけば良いのにわざわざ宴会を予約してまで言うかと呆れたのだが、ひたすら相槌を打ち続け、「すみません」と平謝りしてなんとかやり過ごした。

 そして宴会が終わってお客も帰ったので片づけをしているとジャンパーの忘れ物があり、それにその男の名前が書いてあったので、翌日の昼間、向かいの家まで届けに行った。すると本人は不在で奥さんが対応したのだが、「昨日はウチのが失礼な事ばかり言ったようですみませんでした」と謝られた。推察するに、奥さんに「昨日あの店に説教してやった」とでも自慢したのであろう。

 後で知人に聞いたのだが、その町会は異様に結束が固いらしく、町会内同士で結婚したりする例もあったりと少し変わっているとの事だった。そして町内にWINSがあり、「迷惑を掛けているから」とJRAから色々と便宜を図ってもらっているらしく、金満で横柄なのだそうで、なるほどと納得がいったのであった。

 結局彼らもそれ以降は一度も来なかったのだが、結局のところダメ出しする客はその時点でダメな店と決めつけるからか、皆二度と来る事は無かった。しかし、迷惑を掛けた訳でもないのに一方的にダメ出しされる店としては、迷惑以外の何物でもない。次期開業では、こういったお客は徹底的に排除しようと思っている。

  以上、色々と個性的なお客について書いてきたのだが、もちろんここに書いていない良いお客の方が多かったし、常連になって頂いた方も沢山いた事を追記しておく。

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