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『居酒屋の失敗』第五章「学んだ事・営業時のエピソードなど」4.料理の味と知識 5.5.客単価とお通し代


4.料理の味と知識

(1)料理の味が分かる?

 ここでは、営業中に感じた今までとちょっと違った視点の話を書いてみたい。
 以前とある飲食コンサルから「日本人で料理の味がちゃんと分かる人は5%くらいだ」という話を聞いた事がある。そして「ある程度のレベルの料理が出せるのであれば、味が分からない客相手には、料理を追求していくよりも内外装や接客に力を入れた方が良い」という事を力説していた。
 自分が接客を重視したのは別にそれに触発された訳ではなかったが、なるほどなと思うような事は営業中にもあった。

 店で出したミナミマグロを本マグロと「食べログ」で書かれた事もあるし、冷凍食品にも多少頼っていたが殆どが手作りだと勘違いされたし、提供する側はやった覚えのない調理法等について蘊蓄を垂れられる事も多々あった。飲食店は、下に見られると同時に、皆どうにも知ったかぶりをしたいらしい。
 
 余談だが、そのコンサルによると、日本人向けにヒットメニューを作ろうと思ったら塩味はやめて醤油味にした方が良いとの事。塩味は繊細なので一般人には分かりづらく、醤油の濃い味の方がご飯にも合うし受け入れられやすいという事だったがそれも分かる気がする。

(2)料理の知識

 そもそも味が分からないというよりも、料理の知識が乏しいケースが非常に多いというのも良く分かった。
 静岡にこだわった一環で刺身には静岡産本わさびを擦って添えていたのだが、全く気付かないお客の方が多かった。それどころか本わさびを食べた事が無いという人が非常に多かったのである。
 また、ヒラメの刺身には必ずエンガワを付けて出していたが残される事も多く、理由を訊いてみると「エンガワって何ですか?」とか「え?これ食べられるんですか?」と言われて驚くこともあった。

 当初店長として、飲食経験がそれなりにある人物を雇っていたのだが、お通しに「マグロのあら煮」を作った際に、盛り付けで血合い部分を全部残された事があった。訊くと「黒い部分は食べられないと思った」という。「食べられない部分なら最初から入れないと思わない?」と半ば呆れてイヤミを言った事もあった。
 また、冷凍ではないアピールと風情があるからと敢えて手頃な長さにカットされた枝付きの枝豆を仕入れた際も、茹でる前に一生懸命サヤを一つずつハサミで切り取っていたのを見て呆然とした事もあった。

 しかし、以上のようなケースでも今まで見た事が無い、食べた事が無いというのであれば仕方のない事かとも思う。先の店長のケースはしっかりと勉強すべきなのだが、一般人は別に知らなければ知らないで、生きていく上で全く問題ないという事である。
 但し、「食べログ」で蘊蓄を垂れたいというのであれば話は別で、見当違いの事を書いて本人が恥をかくだけなら問題無いが、店に迷惑が掛かるような事は安易に書くべきではない。以前某有名店のわさびについて、どう見ても本わさびかそれに近い業務用高級品なのに「粉わさびだ」と批判しているのを見た事があるが、典型的な悪例と言える。

(3)板前の実力

 先述したが、当初は自分で調理していたのだが、オープンして4ヶ月が過ぎた頃に板前歴45年という60歳の大ベテランをバイトで雇い調理を任せた。
 なぜそんな人材をバイトで雇えたかというと、オープン前のバイト募集で60歳オーバーの調理経験者が何人か応募してきた事に目を付け、敢えてその層を狙ったバイト募集広告を求人媒体に打ったところ、狙い通りに応募が複数あり採用出来たという次第。店としては、料理を格上げするにはベテランが望ましいがバイト以上の給料は払えないため、思案した結果の施策だった。

 以前は調理師会に所属し、あらゆる現場に派遣された後、自分で店を開いて20年ほど営業していたが、賃貸契約のもつれで閉店せざるを得なくなったそうで、かなり期待し、早速メニューを静岡のもの以外は一新してもらった。

 しかし、板前のように長く職業で料理をしていると味がはっきりしていないとダメらしく、砂糖は三温糖から上白糖へ、醤油は丸大豆醬油から普通のヤマサしょうゆへ変更したのだが、どうにも味付けが濃くてくどく、正直あまりウケは良くなかった。
 切る、焼く、揚げる、盛り付ける等々の技術に関しては、スピードや正確さなど目を見張るものがあったが、味付けだけに関しては、間違いなく自分の方が上だと思った。
 味というのは個人の好みの問題なので仕方ない部分もあるのだが、料理歴が長いからと言って必ずしも売れるものが作れる訳では無いという事が良く分かったのであった。

 彼は、板前らしく気性が荒いところがあり、忙しいとすぐ感情的になったりするなど自分と合わない部分も多々あり、特に後半はあまり口もきかず残念ながらあまり良い関係ではなかったが、煮汁の比率など料理の基本から応用、手抜き法まで役立つ事も教えてもらった。結果的に店の成功には結びつかなかったが、色々と今後のためになる事は身に付けられたので、その点については収穫だったと言える。

5.客単価とお通し代

 この開業において唯一計画を上回ったものがある。それは客単価だった。事業計画における想定客単価は3,300円だったが、実際に営業した結果、想定を20%も上回る約4,000円だった。そして、高単価に大きく貢献した要素に「お通し代」がある。

 居酒屋には、常に因縁めいて付いて回る課題として「お通し」の存在がある。否定派もかなり多く、彼らの主張は、「なんで頼みもしないものを勝手に出されて金を取られるのか?」である。では、自分はどうか?と言うと、もちろん肯定派である。

 居酒屋では、酒がオーダー後に即出て来るのは当たり前として、料理は、メニューによっては時間が掛かる場合があるため、酒は絶対何か食べながら飲むという自分にとってお通しは無くてはならないものである。
 ただ、それだけが理由なら作り置き等で即出て来るものを頼めば済むのだが、何が出てくるか分からないお通しの内容によって他の料理への期待感が高まる事もあるし、意表を突いた気が利いているものが出て来れば嬉しいし、店への評価も一気に高まる。

 翻って自らの開業。自分のスキルではそんなに気の利いたものは出せないため、散々思案した結果で以下のような内容を考えた。
 お通し的な一品を最初に出し、〆に玄米を自家精米したご飯に味噌汁、更に市販品のアイスをデザートとして付けるという、お通しのみならず〆まで込みという、ある意味セットである。そして料金は、結構強気で500円に設定した。

 気になるお客の反応だが、お通し代についてクレームが付いた事はほとんど無かった。利用状況については、概ね8割がたがお通しのみ、残り2割がご飯とアイスまで(どちらかのみ含む)といった感じだったため、客単価を上げる要因となったと同時に原価率への貢献度も非常に高かったのである。
 結果的に店は売り上げが足りずに閉店してしまった訳で、このお通し代が原因でリピートしなかったお客がいた可能性も十分あるが、お通しというのは、やり方によってはかなり有用だと言うのを学ぶ事が出来た。

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