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『居酒屋の失敗』第七章「居抜き物件の売却」1.居抜き物件売却の基礎知識


第七章「居抜き物件の売却」

 居酒屋の失敗もいよいよ終盤。この章では、閉店に伴う「居抜き物件の売却」について書いてみたいと思う。
 自分の知る限りでは、実際に店舗運営に失敗して居抜き物件の売却をした人がその様子を克明に記した記録は書籍でもネットでも見たことがない。たぶんイヤな思いをした事をわざわざ人に言う奇特な人はいないのだろう。従って、かなり貴重な記録なのでは?と勝手に思っている次第である。

1.居抜き物件売却の基礎知識

 では、自分の体験記の前に居抜き物件売却に伴う基礎知識を書いてみたい。そもそも居抜きでの売却というのが不動産手続き的にどんな位置づけなのか?を理解しないと意味の分からない部分が出て来る事になる。

(1)居抜き物件の売却とは?

 知っている人も多いと思うが、まず簡単に「居抜き物件の売却とはどういうものか?」について。「居抜き物件」とは、前のテナントが営業していた際の造作や備品等が残った賃貸物件の事を指す。その造作は、前のテナントの所有物のため、それを次のテナントへ売却するのが「居抜き物件の売却」となる(あくまで造作等の売却であり賃貸借契約とは別物)。

 現テナントとしては、本来は退去する際に造作等を全て自己負担で撤去しなければならないが、それが無くなる事が最大のメリットとなる。更に売却金も入ってくるので一石二鳥となる。
 次のテナントとしても新たに造作等を設置する必要が無い、若しくは小規模となるため、費用が抑えられる。
 取引がスムーズに進みさえすれば双方ともデメリットはほぼ無く、テナント側にとっては、良いことずくめとなる。

 しかし、最大の問題は、「物件のオーナーに居抜きでの売却を認めてもらえるか?」となる。繰り返しになるが、賃貸借契約上では、借主が設置した造作等は、退去時に撤去する事になっているからである。そこを変更するというのが最大の難関となる。
 後述するが、オーナーとの交渉術として、オーナー側に知らせずに売却先を探す場合も多く、かなりの特殊性があると認識すべきだろう。

 また、居抜き物件というのは、外車の中古と同じで「相場」が存在せず、手放す方の事情等によって価格が決まる傾向にある。通常の賃貸物件は、国産車の中古と同じく相場があるが、居抜き物件は、どんなに費用を掛けた良い状態だったとしても、手放したいタイミングや買い手の希望価格等々の理由でいかようにもなるので注意が必要である。

 そして、一番重要な事。それは、「必ず売れるとは限らない」という事である。売れなければ当然価格を下げていくのだが、それでも売れない場合もあるという事は肝に銘じておくべきである。

(2)賃貸借契約と居抜き物件

 一般的な賃貸物件の飲食店は、オーナーが所有する内装等が無い状態、いわゆる「スケルトン」の物件を、オーナーとテナントで「賃貸借契約」を締結し、テナントが借りた後に自らの費用で厨房、内・外装等の工事を行い、飲食店として営業が出来るようにするという流れとなる。テナントが費用を出した造作等は、当然テナントの所有物となる。

 そして賃貸借契約は、スケルトン状態を前提としており、契約が解除されてテナントが退去する際には「原状回復」といってスケルトン状態に戻さなければならない。テナントの所有物は、テナント負担で全て撤去し、スケルトンに戻して退去しなければならないのが本来である。

 しかし、「居抜き物件」とは、「テナントの所有物が残った状態」であり、賃貸借契約上では「イレギュラー」な扱いとなる。賃貸借契約には、「契約に無い事項は双方協議の上取り決めする」といった条項があり、そこで取り決める事が出来るが、必ずしもオーナーの了解が取れる訳では無い。

 以上の事から「居抜き物件の売却は難しい」と心得ておく必要がある。最初からすんなり事が運ぶとは絶対に考えない方が身のためである。

(3)居抜きでの売却とオーナーの判断

 オーナーは、「今が飲食店だから次も飲食店とするのか?」というと必ずしもそうではない。飲食店は一般的に「オーナーに嫌がられる」傾向がある。商売の性質上どうしても騒音、汚れ、匂い等がつきまとうからである。
 一般的には、飲食店限定でのテナント募集の方が少なく、「飲食可」という表記をされる場合がほとんどである。立川では飲食店の次がヘアサロンというケースが非常に多いのが好例である。ヘアサロンは周囲への影響が少ないためオーナーにも好まれるのである。従って、次のテナントの業種を幅広くするためには、スケルトンの方が有利となる。
 また、飲食店として募集する場合でも、造作等の内容、状態等からスケルトンの方が良いと判断する場合もある。特殊性があったり、使い勝手が悪かったり、老朽化が激しかったりする場合が該当する。

 立地条件とオーナー側の事情も大きく影響し、特に都心や大きな繁華街にある、企業が所有するような物件の場合、売り手が有利であり、対応もビジネスライクとなるため、スケルトンとなる方が多いと言える。
 逆に郊外で個人オーナーが所有する場合で買い手が有利な場合、出来るだけ早く次のテナントを見つけるよう最善策を講じなければならないため、比較的交渉の余地があると言える。
 この辺は、地域性やオーナーの考え方の違い等により、ケースバイケースの色合いが非常に濃いと言えるので一概には言えないが、覚えておく必要がある。

(4)中途解約について

 通常、賃貸借契約は2年程度の契約期間を設けて締結される。オーナー側は、その2年間は家賃が入ってくる事を契約によって担保される事となる。
 しかし、居抜き物件の売却というのは、残念ながら経営的に厳しい状況に追い込まれて行う場合も多く、その際は契約期間満了前に解約する事になる。それを「中途解約」と呼ぶ。
 そして中途解約をオーナー側に申し入れる事を「解約通知」と呼び、概ね解約したい日の3~6ヶ月前(解約通知期間)にオーナー側へ入れる事になっており、止むを得ない事情で例えば1ヶ月後など解約通知期間より前に解約すると、契約に定められた違約金を支払う必要が生じる。

(5)売却のタイミングと違約金、家賃

 中途解約において居抜き物件を売却するタイミングは、大きく「解約通知」の前後に分かれるので、それぞれについて簡単に説明する。

A.解約通知を入れる前

 解約通知前に売却する一番の理由は、解約通知を入れた瞬間にオーナーが「賃貸借契約通りスケルトンにするように」と即決するのを回避するためである。そのため、解約通知のみならず、「解約したい事」と「居抜きでの売却先を探す事」を「オーナーに知られずに」売却先を探すという手法が取られる事が多い。
 そして「次のテナントを居抜きの条件にて確保した」という事を解約通知を入れる際の交渉材料にするのである。オーナーが最も困るのは、家賃が入らなくなる事であり、次のテナントがすぐに決まらない可能性もあり、それが居抜きの売却で回避されるのであればオーナー側にも利がある事になる。
 
 但し、必ずしも交渉が成功するとは限らないため、かなり綱渡り的な要素もあり、この辺が居抜き物件の売却の特殊性と難しいところである。
 解約通知の前に「居抜きで売却して良いか?」と訊けば良いと思う方もいるだろうが、これも同じ事で、訊いた瞬間に「NO」となってしまうリスクがあるため、この辺は難しい判断となる。

 次の理由として、居抜き物件の売却は専門の仲介業者に頼む事も多く、彼らが解約通知前を望むからである。特に売却額に応じた手数料を設定している業者は、当然少しでも高く売りたい思惑があるので、「未公開物件」と銘打ち、希少性を売りにして高額な売却を狙うのである。もちろん売主としてもその方が望ましい。そのため、彼らはオーナーとの交渉も引き受けてくれるのである。

 また、このケースは解約通知と次のテナント確保を同時に行う事になるため、解約通知期間を待たずに解約し、次のテナントの契約が即行われれば違約金が発生しない可能性もある。これもオーナーとの交渉となる。

B.解約通知を入れた後

 解約通知後に居抜きでの売却を行うために必要となるのは「オーナーの理解」である。まずは、「オーナーに売却を認めてもらう事」が最重要課題であり、それが無いと進まない事になる。
 そのためには、次も飲食店を考えている、残置物の状態が良く居抜きの方が次のテナントを探しやすい等の条件も必要となるが、それ以外に「契約途中で解約せざるを得ない経営状態」というこちらの窮状を理解してくれる親切心が重要となる。
 
 晴れて売却をオーナーに認めてもらった後は、物件の仲介不動産屋がオーナーの代行として売却先を探す事となる。良くある店頭の貼り紙での募集が分かりやすい例である。同時に不動産屋間のネットワークに物件情報が流れる事になり、「公開物件」となる。専門の仲介業者にも引き続き並行して探してもらう事も可能である。
 また、この場合も解約日より前に次のテナントが決まれば、解約までの家賃が発生しない可能性がある。これもオーナーとの交渉となる。

 いずれにしろ売却時期が解約通知前、後とも基本は「オーナーに本来入るべき家賃が保証される」事であり、保証されない分は負担しなければならないと考えておく事が必要である。

(6)良い物件が表に出ない理由と売却パターン

 飲食店の物件を探していると良く分かるのだが、立地の良い素晴らしい物件は、実はほとんど表に出て来ない。何故なら、飲食業界というのは非常に横の繋がりが強い業界で、店を閉めようと思ったらまずそういうルートを使って次のテナントを探すからである。それも含めて居抜き物件の売却パターンを紹介してみたい。

A.人脈を使っての売却

 これは冒頭に書いた通りで、自らの人脈を使って買い手を見つけるパターンである。
 メリットは、ほぼ極秘のうちに進められ、売り手は相手を知っているだけに交渉しやすく、融通も利きやすい、仲介業者への手数料も掛からない事等が挙げられる。買い手としても同様で、希少性の高い良い物件を入手出来るため、一挙両得である。
 
 デメリットは、ほぼ無いと言え、最も理想的なパターンと言える。

B.居抜き売却仲介業者を使っての売却

 これは特に個人店に多い売却パターンだろう。
 メリットは前述の通り解約通知前から動いてくれる事である。まだ営業している状態なので、自身は店の営業に集中でき、代わりに買い手を探してもらえるというのはかなり助かる。もちろんネット上にも物件が出るため、幅広く探す事が出来る。オーナーとの交渉も代行するというのも心強い限りである。
 更に、解約通知を入れて解約時にスケルトンにする事に決まっていても、その前に買い手を見つけてオーナーと交渉すると謳う業者もおり、本当にそうなればとてつもないメリットとなる。

 デメリットは、手数料が掛かるという点。金額は後述するが、信頼度やサービス内容と照らし合わせての判断が必要となる。
 
 業者には色んなタイプがあって、最も一般的なのは、売却が成立すると手数料を取るタイプ。この場合、10%程度の率で取るタイプと30~50万の定額で取るタイプがある。当然売却のための営業活動も力を入れてやってくれる。

 居抜き売却用の専門サイトに無料で載せてくれるタイプもある。売却出来た場合でも手数料を一切取らないため、かなり良心的と言える。このタイプは、居抜きの売却がメインではなく、飲食店向けに内装業者の紹介や人材紹介的な事など手広くやっていたりする。売却の営業活動はしてくれないが、無料なら頼まない理由は無いだろう。

 また、居抜き物件を買い上げ、それをサブリースするタイプもある。それに特化しているタイプ、売却先が見つからなかった場合買い上げてくれるタイプ等があり、選択肢が広がる点では望ましいと言える。賃貸借契約には、サブリースや業務委託的な使用を認めない条項が入っている事も多いが、その交渉も行うと謳っている。

C.賃貸仲介不動産業者

 前述したが、解約通知を入れるとこのケースとなる。
 メリットは、公開物件となる事で仲介業者のネット情報よりも格段に世に広く情報が流れるため、より幅広く買い手を探す事が出来る。もちろんオーナー公認で堂々と探す事が出来る。
 また、居抜き売却仲介業者と違い、売却出来た際に手数料が掛からないのは大きいメリットである。

 デメリットは、公開物件となる事でより希少性が下がるため、価格設定を下げなければならない可能性がある点。特にいつまでも売れないとイメージも悪いため、適宜下げていかざるを得ない状況になる可能性もある。

(7)売れなかった場合

 どんなに良い物件でも結果的に解約日までに居抜きで売れない場合も当然ある。その際の結末はケースバイケースだが、適宜価格を下げて必ず売れるようにした方が良いのは言うまでもない。

 売れなかった場合、まず考えられるのは「スケルトンに戻す」という契約通りのケースだろう。本来であれば解約日までに終わらせる必要があるが、撤去工事中の家賃等オーナーとの取り決めが必須となる。

 次に親切なオーナーであれば売れるまで待ってくれるケースもあるが、これもその間の家賃等の取り決めが必要となる。

 あとは、造作をオーナーに無償譲渡というケースもある。造作以外に厨房機器、備品等も込みで売却する予定だった場合、売れる物は売っておくべきである。
 但し、注意しなければならないのは、テンポスのような中古厨房機器買い取り業者に頼む際は、ほぼ二束三文でしか買い取ってくれないという事。新しいものだと新品とあまり変わらない店頭価格となっているが、買い取りの査定はかなり渋い。運搬費等を差し引くと赤字になる場合もあるので、ネットオークション等の利用も検討すべきである。

 いずれにしろ、「売却する」と決めたらなんとしても解約日までに必ず売却するよう努力すべきである。

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