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0485:(GaWatch書評編009)溝口敦『詐欺の帝王』

 特殊詐欺グループの頂点に君臨し、その全てを知る人物。彼に綿密に取材したルポルタージュを読んだ。著者は暴力団を含む反社会的勢力の取材で著名な溝口淳だ。

詐欺の帝王
著:溝口淳
発行:文藝春秋(文春新書)

 特殊詐欺に関する記事は新聞等でもたまに目にする。しかしその多くは末端であったり中間職だ。詐欺グループは敢えてセクトを細分化し、他のセクトが何をしているか、上で誰が差配しているかを知らない/知らせないようにしている。もちろんこれは捜査・逮捕を念頭に置いたリスク対策だ。自分の知っていることは取り調べでうたってしまっても、知らないことは白状しようがない。そのことは、一般メディアの取材でも同じ事がいえる。下は全体像を知らず、全体を知る上には捜査が及ばない。記事になるのはそのようなアイレベルだ。

 その点で本書のルポルタージュとしてのアドバンテージは明白だ。オレオレ詐欺勃興初期から手を染め、イラク・ディナール詐欺を発案し、逮捕を免れたまま足を洗った「帝王」──全てを知る者への取材なのだから。もちろん、当人や周囲に捜査の手が及んではまずいということで、仮名を使ったり意識的に細部をぼかしたりしている。本書における帝王の仮名は、本藤彰という。

 本書は大きな骨格として、本藤の引退までの人生を柱としている。学生時代からイベントサークルを取り仕切って暴力団ともうまく付き合い、大手広告代理店に就職したもののいわゆる「スーフリ事件」の余波で退職の道を選ぶ。闇金の世界でのし上がるが、並行して始めた特殊詐欺(本書中では「システム詐欺」)が更なる成功を収める。この過程が(ぼかしやフェイクを混ぜながらも)かなり詳細に描かれ、私のように裏社会とほぼ接点なく過ごして来た(敢えていえば消費者行政担当時代に悪質業者と電話でやりあった程度の)人間には、「こういう世界なんだなあ」ととても興味深かった。

 前にも書いたことがあるけれど、消費者庁の幹部が「特商法担当者は『闇金ウシジマ君』を読め」という趣旨のことを研修で話していた。一般社会の私たちが知らない現実があり、その現実が一般社会に侵食してくるものが特殊詐欺なんだよな。

 本書を購入した理由は、もちろん「やくみん! お役所民族誌」執筆の参考だ。その点で本書は大いに参考になり、kindleにいろいろマーカーを引いた。ここに書かれていることをそのままフィクションとして描くことはない。参考になるのは反社会的勢力の構造と感性だ。その上にオリジナルの物語をまとうのだ。

 やくみん第10回で特殊詐欺組織の一端が登場し、昨日の第12回で本格的に物語のギアに組み込まれた。私は反社会的勢力を、本書のような作品を通じてしか、知らない。そんな人間が「知らない世界」を描く上で留意していることがひとつある。それは「弱者からお金を巻き上げて少しも良心が傷まない人間性を失った不良」なんていうステレオタイプを排することだ。第12回の龍神の描き方で、そこが自分の中で明確になった(あの描写は終盤あの場面で浮かび上がったものだ)。どのような社会に生きる人間も、愛する家族がいて、仲間を思いやり、交差点で困っているおばあちゃんを見掛けたら手を取って一緒に信号を渡る奴もいるだろう。そうじゃない奴もいる。いろんな人間がいる。それは一般社会と何も変わらない。たまたま人生の流れが、ソッチに行っただけなのだ。逆に言えば、生真面目と思われている公務員集団にも、実際はいろいろある。やくみんは、そういうことを描く小説だ。

--------(以下noteの平常日記要素)

■本日の司法書士試験勉強ラーニングログ
【累積198h02m/合格目安3,000時間まであと2,801時間】
しまった今日は余裕があった筈なのに結局ノー勉強デーになってしまった。(しまったで始まりしまったで終わる文章)

■本日摂取したオタク成分(オタキングログ)
『パンチライン』第1話、勢いあるな。存在を知らなかったけど新作じゃなくて2015年なのね。『刀語』最終話、すんごい盛り上がりで大団円になだれ込む。いやー、本作全体面白かったわ。『漫画めし チャーハン&お好み焼き編』この回はまだ観てなかったんじゃないかな。相変わらずおもろい。『中国共産党100年 “紅い遺伝子”の継承』前後編を四回くらいに分けて視聴。私の青年期までとそれ以降の三十年で中国ほど様変わりした国はないなあ。超経済大国であり、同時に一党独裁国家という、日本からみれば不思議な存在。『クローズアップ現代+ 追跡! サイバー犯罪組織 コロナ禍で狙われる個人情報』これも恐いなあ。なかなかサイバー犯罪までは直接「やくみん!」で取り上げる余裕がないけれど、暗黒啓蒙を敵方の軸に据える以上、調べておきたい分野だ。

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