ちょっとしたセクシャルの話

えふです。えふのセクシャルの話を少しだけします。今の自分の認識を文章に残しておきたくなっただけです。ほぼメモ書き。

自認

えふはAロマAセクAジェンダーを自認しています。ざっくりどういう意味か説明しておくと、恋愛感情も性的欲求も性別もぜーんぶ無いってことです。そういう生き方をしています。
まず自覚したのはAロマAセク。小学校高学年くらいの時でした。同級生たちはいわゆる恋バナに花を咲かせ、「好きな人はいるか」と聞かれることもしばしばありました。えふはアイドルのオタクをしていることを公言していたので、とりあえず推しの名前を出すことで乗り切っていました。推しのことはもちろん好きなので好きな人という解釈で間違っていないと思います。
その少し前、だんだん違和感を感じるようになってきていました。クラスメイトが言っている「好き」がどういう感情かがまったくわからなかったのです。
その時は正直、恋愛感情という感情はフィクションのものだと思っていました。現実には存在しない、小説に漫画、ドラマ・映画などの創作物の中だけの、例えばドラえもんと同じようなものだと。みんなは恋愛感情を持っていると勘違いしているだけなんだと思っていたのです。だってえふには無かったから。
どうやらそれは思い違いでした。聞くところによるとみんな本当に恋愛感情を持っているらしいのです。好きな人を聞かれて適当に同級生を答えるのはどうやらまずいらしいと気付き、推しに逃げることになりました。
当時の日記があったのですが(今は捨ててしまいました)、そこにはどうやら私には恋愛感情がないらしいというふうなことを書いていました。Aセクという言葉を知る前のことです。
それからしばらくして、セクシャルマイノリティの存在を知り、いつの間にか興味を持って調べていました。きっかけは覚えていません。時期は小学校六年生の秋頃だったような気がします。
その中でAセクという言葉に出会いました。説明を読んだ時、私はこれなんだなとすぐに思いました。どこかに落としてしまったかのように恋愛感情が心のどこにも見当たらず、同級生との会話についていけなくなっていたことに理由があったことがわかって、なんだか安心したことを覚えています。

Aジェンダー(無性)だと自認したのは中学二年生の頃だったような気がします。それ以前から自分の体がなんだかしっくり来ない、けれどその反対の性別かと言われればそれもまた違うというような微妙な感覚はありました。
男女どちらかの性別であることが気持ち悪かったといえば伝わるでしょうか? 例えばアンケートなどで男女どちらかに丸を付けて回答する時にどうしようもない違和感を感じるといえばわかりますか?
言葉の意味としては理解できても「どういうこと?」と思う人が大半かと思います。そんなものだと思います。だってこれ、感覚の話ですもんね。
答えなくていいなら答えたくない。その他という選択肢があるなら真っ先にそれを選ぶ。どうしてもどちらかで答えなければならないなら、仕方ないから入れ物の性別に丸を付ける。そんな感じです。
男女どちらか、またはその間であるというような感覚はなく、そこにあるのは「無」です。しかし社会の仕組み上何かしらの性別に属していないといけないみたいなので、入れ物の性別に擬態して生きています。

そんなこんなで今はAロマAセクAジェンダーを自認しています。

今えふが自認しているセクシャルは、すごく証明が難しいものです。もしかしたら違うかもしれないけれど、今はこれに近いなとしか言いようがないです。なぜならこれを証明しようとすると悪魔の証明になってしまうから。無いものを証明するのは難しいことです。

苦しかったこと

現在、親ときょうだいにはカムしています。友達にもふわっと言ったことがある人は多少いるかなといった感じ。

AロマAセクもAジェンダーも、マイノリティの中でもマイノリティな立ち位置にあります。
Aロマ以外のロマンティックは恋愛感情があるし、Aセク以外のセクシャルは性的欲求があるし、Aジェンダー以外のジェンダーはジェンダーアイデンティティ(自分がどの性別であるかということ)があります。
めちゃくちゃ端的に言えばAロマはAロマ同士でしか感覚は共有できないということです。他のロマンティック同士なら恋心を抱く相手の性別に違いはあれど、恋愛感情という共通のものがある訳ですが、それが“無い”という面でAはマイノリティの中のマイノリティという位置に存在するんですね。
そのせいですごく他の方からわかってもらいにくいみたいです。

母親には早くからカムしていて、頭の柔らかい方の人なので一生懸命理解しようとしてくれています。すごくありがたいです。きょうだいはわかっているのかわからないですが、まぁ特に何か言われることもなく平穏に過ごしています。

問題は父親でした。
中学三年生の夏頃でしたかね、初めて父親にセクシャルの話をしました。一気に言うとあれなのでジェンダーの話はしませんでした。
恋愛感情を持ち合わせていないと伝えるとショックだと言われました。言葉が続きませんでした。
自分のセクシャルを告げてショックだと言われたことが一番のショックでした。未だにそれはトラウマで、それから父親にセクシャルやジェンダーの話をする気にはなっていません。
将来的になんやかんや言われるのが嫌なので説明しておきたい気持ちは無くはないのですが、今はまだ確実に無理です。わかってくれない人に無理に言う必要性はないので、今はもう何も言わないことにしています。

終わり

長くなってしまいました。これで終わりにしようと思います。セクシャルは流動的なものなので、しばらくしたら変わっているかもしれないですね。

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