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親知らず
人体はうまくできていて不思議、とか人体の神秘とかいうけれど、親知らずは大体斜めに生えてくるらしい。
で、大体磨き残しができて炎症を起こすらしい。
で、大体抜く羽目になるらしい。
何が神秘じゃ、と歯医者でも思っていたし、レントゲンを撮って「あーこれ埋まってるんで、歯削って歯肉切開しないとですねー」と言われたらもう、落ち込みながら怒りも沸いていく。
「ここに動脈通ってるのわかる?太いでしょ。これ傷つけたら天井まで血が噴き上がるよ」
なんでそんなん言うん?
とは言え、歯の炎症が喉まで広がって飲み込むのも辛かったし、今回の腫れが引いてもいずれまた腫れ始めるらしいので、抜く以外の選択肢がなかった。
1週間後、同意書を持って再び歯医者を訪れた。
なぜ同意書が必要かというと、骨を削ったり歯肉を開いたりで別の病気が併発したりするらしい。
そんなん言われたら緊張するに決まっている。
そんなわけでそれなりに、家を出て息を吸い、なんとなく空を見上げるくらいには覚悟を決めていたのであった。
「リクライニングしたときにそのままだと頭の位置がちょっと下になってるから自分から上に上がる必要がある椅子」に座る。
無影灯が顔を照らし、いやでも目を瞑ってしまう。
そして歯茎に麻酔が打たれた。
麻酔がかかっているかを確かめるために針で刺すらしいんだけど、できれば知りたくなかったよね。
「痛かったら左手で丸を作って合図してくださいね〜」
「◯」
側から見たら結構シュールだと思う。
そして頬の感覚がなくなって、顔に口以外を覆うシートを被せられたところで、口腔内に鉄の塊が入ってきた。
歯を掴まれる。
「ちょっと引っ張ってみるね〜」
医者が大根を抜くあの感じで、横に動かしながらぐりぐりと歯を引っ張っていく。
歯自体にはもう感覚がないのだが、骨伝導でゴリゴリゴリ!!!と重低音が響いていた。
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!!!!
大げさな、と思うかもしれないが、麻酔がされてるからこそ口のなかがグチャグチャでも気づかないわけで、緊張も相まった結果ほんとにびびっていた。
「大丈夫?」
「◯」
ゴリゴリゴリ!
「痛みはない?」
「◯」
ゴリゴリゴリ!!!
実際大丈夫ではあるし痛みもないのだけど、体感では死にかけているのでオッケーサインを出している左手に苛立ってくる。
ゴリゴリゴリゴリゴリゴリ!!!
あのー引っ張るのもいいんですけど、切開は?
の意味を込めた「◯」を出していたそのとき医者が、
「あ、ぬけた。」
!?
本当に突然、しかもなんか暇だから陰毛を引っ張ってたら抜けた、くらいの適当な感じで言ったので、
「〜〜〜!?」
と口を開けながら驚きの声を出してしまった。
じゃあ糸で縫うからね、と縫合を始めた時も、衝撃と緩和から少し体が震えていた。
この歯医者には家族でお世話になっているので、
「お父さんお母さんによろしくね〜」
と言って薬と共に帰されると、家を出る前にちょっと覚悟決めちゃった感じとかがとても恥ずかしくなっていく。
まだ午前にも関わらず今日は疲れた、と息を吐き、薬の袋を見る。
手書きの名前のうち、なぜか苗字が間違っていた。
「お父さんお母さんによろしくね」?
こんな親、知りません。
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