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文化祭

生徒に主権がある男子校に通っていた。

一年生の頃。文化祭の実行委員会に入っていた私は、他の実行委員たちと部屋にこもってパンフレットを作ったり、当日販売するグッズのデザインをしていたりした。

「パンフレット検閲通ったって」耳に入ってきたのは文化祭の2週間前ほどだった。パンフレットは毎年、校長に原稿の検閲を通してから正式な発行を行う。グッズデザインがメインの仕事だった私は、へえそうなんだ、くらいに思っていた。

パンフレットの印刷は業者に頼む。20箱ほどの段ボールで届く15000部以上のパンフレットは壮観だった。それから少し経って、ある話が入ってきた。

「校長がパンフの内容で激怒しているらしい」

聞けば、実行委員の紹介ページ(巻末)の紹介文に不服があるそうだ。

完全に男子校ノリの部分ではあるし、そもそも検閲を入れたのだから責任持てよと思ったが、なにか言う勇気はなかった。

それから時間が経って、別の話が入ってきた。

「パンフ担当が校長に直訴しに行った」

二年生のパンフ担当は婉曲していうとだいぶ変わった人間で、例えば朝登校したら木の前でひとり演説してたり、昼に空き部屋で、エスニックな音楽をかけて瞑想していたり、かなり癖が強かった。
しかも模試で全国一位を取るなど勉学に秀でていたので、一目置かれる存在であった。(私の友達にその人の弟子がいる)

それで、パンフ担当は校長に直訴していた。
「検閲を通したくせに後から修正させるのはおかしい」
という至極真っ当な意見でぶつかり合っているという。

私たちは天上人の戦況報告を聞きながら、だらだらしていたのだが、そのとき別の二年生が部屋に入って言った。

「今から『黒塗り』をします」

戦慄が走った。
私たちは、すでに部屋の風景と化していた大量のパンフ入りダンボールたちが突如「壁」として私たちの前に浮かび上がるのをはっきりと見た。

実行委員の部屋は戸締まりがあるため、段ボールを空き教室に持ち出して、なるべくたくさんの委員たちが集められた。

わずか2文字の過ちを、マジックの『太』で覆い隠す。
客からしても逆に目立つだろとか、黒塗りしても角度次第で見えるけどなとか、そんな疑問が消えるほどの作業の末、私たちはパンフ担当の一声で目を覚ました。

「半分校長のところに持っていこう」

どうやらパンフ担当は交渉の末、半分は校長に責任があるというところで合意したようで、パンフの処理の半分を校長が行うことを取り付けたようだった。

校長の作業は終わるのだろうか。
嬉々として箱を持ち出す実行委員たちの背中を見送って、私は校長の身を案じた。



長い作業が終わった。
段ボールを運んでいた台車たちも役目を終え、職員室前に返す。

暗い廊下に職員室の、蛍光灯の薄黄色い灯りが窓から漏れていた。

普段赤ペンを持ってテストを採点している教師たちは、黒マジックを持ち、校長から託されたであろうパンフの山に線を引いていた。

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