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【Redefine / Nebula 全曲解説】03. Nebula

20代の半ば頃、池袋パルコの中にあった喫茶店でバイトをしていた。
そこはコーヒー専門店で食べものはケーキしかない。
コーヒーは注文ごとに豆を挽いて、ネルドリップで丁寧に淹れる。
店長はこの道20年というベテランで厳しく指導していただいた。社長はグレタ・ガルボ似の年配の上品な女性だった。

当時私は、Yという音楽事務所から契約終了を言い渡され、事務所が用意してくれていたマンションから中村橋(といってもほとんど光が丘のあたり)の家賃2.8万という極貧アパートに移り住み、ようやく続けられそうな仕事としてこの喫茶店を見つけたところだった。

ちょうどレンタルビデオショップが全盛の頃で、中村橋駅前にあったショップで週に何本も映画を借りては観ていたものだった。その頃の自分の憧れはロバート・デ・ニーロとかアル・パチーノ、ダスティン・ホフマン、ポール・ニューマンなどアメリカン・ニュー・シネマのアンチ・ヒーローを体現するような俳優たちだった。

彼らの系譜のルーツにジミー・ディーンというカリスマがいる。当然自分もジミーに熱中していた。

ジミーが最も影響を受けた本として当時の解説本に挙げられていたのが「星の王子さま」だった。私もその話を知って「星の王子さま」を読み「本当に大切なことは目に見えない(キリッ」などと悦に入っていたものだった。

コロナの緊急事態宣言が出る少し前、2月頃だっただろうか、この曲はいま聴いてもらえるアレンジとほぼ同じところまでできていた。
しかし、いつものことながら歌詞が書けない。そもそもテーマ自体どうしたらいいのかまったく思いつかない。

仮ミックスを聴きながら、「これはなんか宇宙を独りで旅しているって感じだな」なんて漠然とイメージしていた。

そこでふと思い出したのが「星の王子さま」だった。

さっそく翻訳が新しくなったバージョンを読んでみたが、これがもう、ぐぐっと引き込まれてしまってほぼ一晩で読み切ってしまった。
あたらめて読むと自分の視点も20代の頃とはまた違ったところにあるのか、特に「王子さまとバラ」の関係性にとても惹かれるものがあった。

なんとかこれをベースに歌詞が書けないだろうかと四苦八苦してみたが、GWが過ぎ、夏が過ぎて秋になってもまだ書けなかった。しかしちょうどその頃、弾き語りのライブに呼ばれて出演することになり、これを機に歌詞を書き上げてライブで披露できるようにもう一度頑張ってみようと思い直したのだった。

歌詞はライブの一週間前になんとか書き終えた。そこに至るまではどうにも気に障る部分とか恥ずかしい部分とかいろいろあったけれど、とにかく「書き上げること」これを優先することにした。完璧主義では何も動かない。

歌詞はできたものの、今度は歌入れでも本当に苦労した。「What You’ve Done To Me」や「Redefine」のような曲は「意地悪爺さん」風に歌っていればなんとか様になるのだが、この曲は「意地悪爺さん」通用しない(笑)。

11月いっぱい掛けて何テイク録ったかもわからないくらい何度もやってみたけれど、どうにもこうにも納得できない。しかしこれも歌詞と同じ。完璧主義を捨てなければ前に進めない。そもそもそんな程度反復してみたところで劇的に歌唱力がアップするわけないじゃない。
膨大な量のテイクをかき集め、繋ぎ合わせ、上手くいっていないところは録り直したりしながらようやくボーカルトラックを作った。

ボーカルトラックは「もちろん」オートチューンを施しているが、元トラックとコピーしたトラックの2つのトラックを用意して、ひとつは強めにオートチューンし、もうひとつは浅めにチューンして両方のトラックをミックスすることにした。
こうするとナチュラルにショートディレイが掛かったような、コーラスが掛かったような効果が得られた。これは偶然の発見だったけどね。
平歌部分は浅めにチューンしたトラックをメインにし、強めチューンのトラックはそれを支える程度に混ぜて、サビではそれとは逆に強めにチューンしたトラックをメインに、とメリハリをつけてみた。
さらにAUXチャンネルに AegeanMusic Pitchproof を挿して3度のハーモニーを作り出して混ぜている。

ところで、池袋パルコの喫茶店だが、4,5年前「大ラジカセ展」という催しがあり、久しぶりに行ってみたのだが、喫茶店のあったフロアはすべてファッションのお店になってしまい、当時の面影は西武百貨店との連絡通路とか階段、エスカレーターの位置など、建物の構造などにしか残っていなかった。

あの厳しい店長は確か、埼玉の志木だったか朝霞だったかに自分のお店を出したと聞いたが、その後どうされているだろうか。優しかった社長、すでに鬼籍に入られているのだろうか?バイトの同僚たちも皆、いい人たちだった。彼らはいまどこでどうしているのだろう?

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Photo by Aldebaran S on Unsplash

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