これは、君に教えるわけにはいかない秘密。君が大切だから…だからこそ言えない秘密。こんな事言ったら悲しませてしまう。だからこそ…言えないんだ。


 ねえ、初めて会った日の事覚えてる? あれはそう…秋だった。山吹色のイチョウの並木道だったよね。僕が道端でこけて倒れてた時、君が助けてくれたんだったね。あの時さ…そうだった。あの時から、僕はもう…。

 それから、僕らはあの道のベンチで待ち合わせてはよく話してたよね。学校での出来事を話したり。互いの好きな物について語り合ったり。悩みも愚痴だって言い合った。あの時間が、今でもずっと忘れられないんだ。

 やがて、同じ大学を目指そうってなって…お互いに努力した。ファミレスに集合場所を変えて、二人っきりの勉強会を何度も開いた。お互いに全く得意分野が違ってたから、お互いの穴を埋め合うように教え合って…楽しかった。君は理系、僕は文系。僕がわかんない方程式を簡単に解いては教えてくれた君が、どうして英語の文法が覚えられないのか不思議で笑っちゃった事もあったっけ。別にバカになんかしてないんだ、でも少し可笑しくてさ…。

 そして出会って一年が経って…。僕らは幸い合格した。県立のH大。学科は違うから、お昼ご飯の時に会うのが楽しみだった。お互いに学んでる内容が違うもんだから、お互いの話が訳わかんなくて混乱…なんて、しょっちゅうあったね。同じカツカレーを食べながら、ああして笑い合った日々は今でも大切な思い出だ。

 やがて4年が経って、一年だって留年することなく卒業した。僕らはいつしか結婚を視野に入れ始めていた。まだ就職して間もない僕らには早すぎたけど、それだけお互いに意識はしてたんだよね。


 でも、実は…この頃からだった。いや、正確には『この頃ようやく分かった』って言った方が正しいのかな。僕自身、薄々感じてはいたんだ。自分の体の事。人より運動が苦手で、息切れも激しかった。病気をする事も、思い返せば多い方だった。だから…敢えて知る事を避けて来てた。…もう取返しは付かない所に来てしまった。

 

 僕はそれから…今思うと、本当に申し訳ないって思ってる。僕は君を避けるようになってしまった。君には僕がどう映ってたのかな…。いいや、聞かなくてもわかるよ。冷たかった。あんなに好きだって言ってた僕が、どうして急に避け始めたのかって。

 でも…言えないよ。君に悲しい思いをさせたくないから。だったら…僕が嫌われてしまえば…。君には、他に良い人が居ると思うから。




 ーーーーーあれから1年。僕は今、病院のベッドで療養生活を送っている。ついに昨日、余命の宣告をされたよ。…あと半年だってさ。っていうか、これでもよく持った方だと思うよ。もう戻れないレベルの体って言われて一年持ったんだから。

 …君にはもう会う事は無い。言ってないんだ、病気だとすら思ってないだろう。たぶん君は僕の事なんか…忘れてるよね。忘れてて欲しい。他の人と幸せになってくれてればそれでいい。…それで良いんだ。

 君さえ幸せになってくれれば…それで心置きなく逝ける。ただ…最期にそれだけ確かめたい。もうブロックされてると思いつつ、僕はLINEを開く。…って、なにを今更…もう関わっちゃいけないんだ。連絡なんかしたらダメだよな…。そっとアプリを閉じた。

 どうにかして、この気持ちを晴らしておきたい。でもさ…つくづくワガママな奴だよ。自分から勝手に離れておきながら、今になって追いかけようなんて。本当にバカだ。

  

 病室の窓から景色を見下ろす。季節もすっかり冬…いや、まだ秋だろうか。11月のどちらとも言えない寒さに体を震わせた。

 見下ろした目線の先に見える、あの日の並木道。あの日みたいなイチョウの鮮やかさに、僕はまるで心にまで寒風が染みるような感覚に陥る。心に開いた穴を、スッと風が通り過ぎるような感覚。その感覚に僕は泣き出しそうになるのを堪え、布団に潜り込んだ。だが布団で体をいくら包んだところで、心が暖まる事はあり得なかった。


「ねぇ…?」

 不意に聞こえた声に、僕は跳ね起きる。聞き馴染んだ声。…何で君がここに居るんだよ…?

「え…あ、あぁ…久し振り…。」

「なんで連絡くれなかったの…?心配したよ…。」

「ごめん…。その…忙しくて。てか、何で来てくれたの?まず誰に聞いたんだよ?」

「うん…親御さんに。もしかして実家に帰ってるのかなって。」

「そっか…。…あの二人、なんて言ってた?」

「…そうじゃないでしょ。何で連絡くれなかったのって聞いてるの。」

 …言えない。君にだけは言えない。どんだけ嫌われたっていい。真実を言えば悲しませる。それだけは…。


「君はさ。今…幸せなの?」

「はぁ?…もし…そうだって言ったら?」

「…だったら僕はそれで十分だ。」

 僕は彼女の手を握る。良いんだ、このままで。詳しい事を僕が知る必要もない。教える必要もない。ただ、君が幸せならそれで良いんだ。僕は最期に声を絞り出すように言い残した。

「君が幸せなら、僕も幸せだよ。」

 

 ごめん。僕はやっぱり、嘘しか言えないや。

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