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ハードボイルドノワール時代劇「開封府」がめちゃくちゃ面白い

最近見始めた中国時代劇ドラマ「開封府 -北宋を包む青い天-」がとても面白い。

中国古典の「三侠五義」がベースになっているそうで、視点人物は、有名な判官の包拯。包青天という通称の方が聞き覚えがあるかもしれない(私がそうだった)。包青天については放送しているチャンネル銀河で詳しく解説があるのでそちらを見ていただくとして。

最初このドラマのしらせを目にした時には、「ほーん、中国の大岡越前が宮中の事件を解決する時代劇……? 1話完結クライムサスペンスな……?」という、ふわっとした予想を立てていたところ、始まったドラマがとんでもねえハードボイルド開封ノワール群像劇で「どうするんだこんな面白いものを……」と頭を抱えている。

復讐者、探偵、そして

https://youtu.be/QFQ1CHn1nSM

このドラマは包青天がこの世に生を受けたところから始まる。実父からも捨てられた包青天は兄夫婦に育てられるも、その兄が腐敗役人によって不当に処刑されてしまう。世の悪への復讐を誓った包青天は、科挙を受けるため、首都の開封を訪れた。そこで出くわした事件を解決したところ当代の皇帝に見込まれ、皇帝から密命とともにある大きなものを託されることとなる。それはそれとして、悪人どもは跳梁し、豚のように利権トリュフを探しては肥え、権力の綱引きに興じて民を顧みることはない。そして、悪人どもは包青天が託されたものとしっかりと癒着してしまっている。この大手術を執り行う法の執刀医包青天を視点にした、長い探偵の物語が「開封府」である。

ちなみに、「宮廷権力ものだと、人がいっぱいで覚えられない……」という不安にもご対応済みだ。その回で初出の人物にはテロップが出るので毎回人を見失わずにすむのだ。あとは役職とか「あの、いたじゃん、耳削がれたクソ野郎」とかで通じる。おかげで人の顔と名前が覚えられないことで有名なわたしもちゃんと付いていっている。

演者にして手駒の人々が織り上げる緻密なシナリオ

開封府では、登場人物が老若男女、生きるために芝居を打ったり野心や殺意を隠して生きている。権力の近くにいるものだけではなく、妓楼の女や、捕方の中年男性や、年端もいかない子ども至るまで、皆がそうだ。包青天自身、皇帝からの密命を明かすのは序盤のクライマックス(まさに今日見た14話)である。
また、彼ら彼女らは、すべからく他の誰かに利用されている。互恵関係にある者、金で雇われる者、弱みを握られている者、本人はそうと気付かないものも含めて、皆がプレイヤーであると同時に盤上の駒なのだ。そうした人々が丁寧に描かれ、ストーリーに厚みを生んでいる。

このような、互いに笑顔を作りつつ刃物を隠し持つ危うい権謀術数の世界に、包青天は劇中の言葉を借りると「天を裂く」ように挑んでゆく。包青天はずば抜けた記憶力と洞察力で謎を解明してゆくのだが、推理の材料となる伏線は数回前まで遡ることもある。ピースが嵌る驚きと、「あの時のあれがまさか伏線とは」という見落としへの悔しさが毎回起こるのは頭を使うけれどとても気持ち良い。

画面と台詞で殴るハードボイルド武侠

開封の空は暗い。冬曇りの厚い雲が垂れ込め、雨や雪がちらついている。吐く息は白く、上着の襟を立てて歩くものもいる。秘密は昼間と対照的にきらびやかな夜に作られ、昼夜を問わず薄暗い妓楼では様々な男女の駆け引きが起こっている。このシチュエーションをおかずにご飯が食べられるうえに、キメのカットが異様なまでにノワールしている。たとえば、左利きの男(顔が良い)と右利きの男(顔が良い)が刀の切っ先を向け合うカットがある。そうするとどうなる? 武侠メキシカンスタンドオフ(顔が良い)が完成する。これが拳銃であれば鳩が飛んでいるところだ。(ちなみに劇中で鳩が飛ぶシーンは存在する)

さらに、これらの薄暗いシチュエーションで放り込まれる台詞の数々がとんでもないハードボイルド味をしている。

「捕吏に善人はいない。せいぜい、善人を虐げない悪人というだけだ」という熟練捕吏の苦い述懐があり、暗い隠れ家で「俺はいつ奴を殺せる」「今夜を過ぎたらいつでも」というやり取りがあり、「俺を悪党と呼んだな! 俺は子供の頃から悪党と呼ばれるのが夢だった!」と高笑いするのは娼館のオーナーにして皇太后の実弟だ。たまに、「どうしてこいつらはトレンチコートを着ていないんだ?」「なぜ人のライターで火をつけた煙草を吸わないんだ?」と思うことがある。男たちの挽歌とか、インファナルアフェアとか、あの辺の味が好きな人には特別美味しい雰囲気のドラマだ。

余談になるけれど、「緻密な脚本、美しい画面」は、開封府より前に制作されてめちゃくちゃヒットした、架空の王朝を舞台にしたブロマンス復讐譚「琅琊榜」のノウハウがあるのかもしれない。そういえば、開封府で包青天を演じている役者さん、琅琊榜ではめちゃくちゃいいヒールで出ていた。琅琊榜は加点方式で見ていくと1話ごとに1万点ぐらい加点されていくドラマなのでこちらもとてもお勧めです。

侠と法

北宋の時代、三侠五義が元ネタとくれば、江湖の侠客は外せない。三侠五義に登場する展昭(顔が良い)も、このドラマには登場する。彼は悪党を亡き者にし人々を救うことこそ、江湖の好漢(市井のヒーロー)であるという信念のもと、刺客として包青天の前へ現れる。しかし包青天は、展昭に言う。「本来、悪人を裁くのは侠客の仕事ではない。法の公正で民を守るべきなのだ」と。様々な横糸のある開封府というドラマで、この江湖のルールと包青天の信じる法の対立がどう描かれるのかも、今後とても楽しみなテーマだ。

うまあじなので見かけたら見てくれ

まあ、要はそういう話がしたかった。
中国の時代劇よく分かんなくてもハードボイルドが好きなら大丈夫。そうでなくてもミステリとしてもしっかりした作りなので、そっちから楽しむこともできる。顔が良い男のアクションもあるよ。まだ円盤にはなっていないのでCS放送で追っかけるしかないけれど、ザッピングしたりこのノートを読んで気になったらぜひ見てほしい。