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夜のお菓子屋さん

ストレスが溜まると菓子を焼く。おそらく、母がそうだったからだ。

母の菓子作りは、だいたいの家族が自室に引っ込んだ21時頃から始まる。自室で動画を見たり課題をやったりしている時、ふとバターときび砂糖の匂いがしてリビングに行くと、録画した水曜どうでしょうを流して何かの焼き上がりを待っている母がいる。

ザクザクオートミールのクッキー、抹茶のシフォンケーキ、新聞紙で作った型で焼き上げる20×20サイズのカステラ、カラメルを固めて食べる蒸しプリン、こってりニューヨークチーズケーキ。母のお菓子は、ごはんを作るよりずっと楽しそうに見えた。

夜更かしを咎められない年頃になったら、母が開く夜のお菓子屋さんを隣で眺めるようになって、そこで、何となく母子間のコミュニケーションを取っていた。その時、母のお菓子屋さんは有象無象のストレスで開店されるのだと知った。要は趣味に没頭するという事なのだけれど、そうか、食べてなくしてしまうんだな、と変な納得をしていた。

学校の話や姑の愚痴など言いながら、なんとなく流しているテレビに笑っていると、オーブンが呼ぶ。そうして、パウンドケーキの切れ端や焼きたてクッキーのお相伴にあずかり、後は明日の方が美味しいから寝ろと、お菓子屋さんは閉店する。

翌日、出来上がったお菓子たちは母の職場や家庭内で、瞬く間に平らげられる。それがなぜ生まれたのかは関わりなく、かーちゃんのおやつは美味しいのだ。

そんな母を真似て、こっちに来てから実際やってみたら楽しいうえに出来たおやつは美味しいのですっかり嬉しくなってしまった。その日の気分で混ぜ込む物を放り込んだパウンドケーキやらマフィンやらを美味しいものとして消費されるのも悪くない。手順も量も決まっているから、その通りにやればほとんど失敗もない(最初は油っぽい卵焼きみたいなパウンドケーキを焼いたり固まらないムースや固まらない蒸しプリンを作った)。

ひとまず夜のお菓子屋さん見習いとしては、蒸しプリンを上手に作れるようになりたい。冷やしたプリンの上にカラメルをかけて、固まったにがあまいカラメルでプリンが食べたいのだ。