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【Letter for XXX】#4 井戸洋希さん

こんにちは、Shihoです。独断と偏愛で他己紹介をさせて頂く3Minutesマガジン「Letter for XXX」。

#4 は井戸洋希さん。今回は、井戸さん自身だけでなく、彼が取り組んでいる「メンタル調律(メンタルチューニング)」についても掘り下げて紹介していきたいと思います。

■#4 井戸洋希さん/Status:友人経由で知り合って以来2回目

突然ですが、クレーム対応が好きな方・得意な方っていますか?大抵の方は苦手だし、出来ればやりたくありませんよね。でも井戸さんはそれが好きだし得意だといいます。

そのことに気づいたのは、大学時代に始めたコールセンターのアルバイト中。クレーム対応はもちろんながら、様々な問合せをこなしていくうちに、もともと自分は「悩み相談や人の話を聞く」ことが得意で、そしてそれには「価値がある」と気づいたそうです。それ以来彼の仕事の軸となるキーワードは「傾聴」。大学卒業後大手銀行のコールセンターのSV業務に数年従事した後、もっと深くコミュニケーションやメンタルケアに関する仕事がしたいと考えベンチャー企業に転職。そこでは「高齢者の方の話し相手やその方の“自分史”を作る」サービスに従事していたそうです。その「傾聴力」を活かして色々な悩みをつぶやく人にあいづちを打ちにいくユニークなTwitterアカウントも開設。それがきっかけでメンタルヘルスケアアプリを開発するスタートアップ企業に誘われるもその後すぐに会社解散…!という挫折を経て、現在は「メンタル調律師」というコンセプトで社団法人の設立を目指して登記の準備をしています。

今ではだいぶ変わってきていますが、自己理解や自己表現がカルチャーとしてもともと存在する欧米に対し、「察する」「和を尊ぶ」といった他者ありきの文化が根を張る日本においては、そもそも「自分」を理解して整えて外に発する土壌が整っていません。欧米を発祥とする「カウンセリング」「コーチング」は、「自分」を意識し理解し表現できる状態を前提とした手法。そもそも日本ではその状態がデフォルトではないため、少なからず弊害が生じていることを感じるそうです。

こうしたことで「問題」と「解決策」とのズレが大きくなってくると、人はその対象に違和感を感じるのでしょう。例えば、「解決を求めずにただ自分のことを話す」などのセルフケアでストレスが発散され、それで問題が解消される段階の方々に「カウンセリング」「コーチング」が最適な解決策として提示されていたり。例えば、それらの段階を既に過ぎた人に、耳馴染みの良さが優先されて「カウンセリング」「コーチング」が適用されていたり。私自身はセルフケアが出来るタイプなので、あらゆるメンタルケアの最適解が「コーチング」に集約されるような昨今の雰囲気にどこか違和感を感じ、踏み出す気が起きなかったのはこのためかなと気づかされました。

そこで井戸さんが現在取り組んでいるのが「メンタルチューニング」自身の性質・状態を把握し、ストレス発散を適切に行い、自分で自分を調律すること。そこをサポート出来れば、「自分で自分を調律できていない」状態に自分で気づく事も出来ますよね。そうすれば、誰かに「メンタル不調だ」と突きつけられるのではなく、次のフェーズ「メンタルリペア(=コーチング、カウンセリング)」へ進むことを自分で納得して判断することが出来ます。

※井戸さんが考えるメンタルヘルスケアの3段階はこちらの記事をどうぞ!

「自分で自分をコントロールする」大切さがより認知され当たり前になれば、メンタル不調を腫物扱いすることが抑えられるはず。その最初期段階としての「メンタルチューニング」に必要なのが、誰かに自分のことを話してすっきりしてもらう、その受け皿となる「傾聴力」。メンタルケアが抱える誤解や偏見が、「傾聴」というスキルによって少しづつ解かれていくような気がしています。

人の話を聞く事が好きな方って、私も含め様々なタイプがいると思います。何かをフィードバックしたい方。深掘りしたい方。ただ聞きたい方。私自身は、その話の中に登場するキーワードや想いの背景を読み解いて「物語」として捉える性質があるのですが、井戸さんは正反対で良い意味で「すぐに忘れてしまう」そうです。

「自分の話を、自分のことのように受け止めてほしい」と思う人もいるでしょう。友達に対しては、そうしたスタンスを求める傾向が強いかもしれません。でも、職業として1人の人間が複数の人の「心」を受け持つ時、そこでは「忘却」がなければメンタルヘルス市場として健全な循環は作れません。「話を聞く」は時に神聖視されがちな部分がありますが、それがスキルとして欲される社会では、一見「情が無い」と思われがちな「忘れる」ことがとても誠実なスキルとして浮き上がってくる、その矛盾がとても面白いと感じます。

男三人兄弟の真ん中に生まれ、兄にも弟にもなりきれない中途半端さが嫌いだったという井戸さん。自分の居場所を見つけられず、小学生の頃から「自分って何だろう?」「自分の軸がないと自分が壊れてしまうから、人間力をつけなきゃ」と感じていたそうです。決定打となったのは弟との喧嘩。初めて喧嘩に負けたことで唯一保っていた兄としてのプライドが壊され、自分がどうしたらいいのか分からなくなり、周りの目を気にするようになって自信を無くしてしまったそう。人と話すことに緊張するようになってしまった彼は、ショック療法として接客のアルバイトを開始。それが功を奏して、それまでの居場所の無さからも解放されたといいます。

そして転機は「1人旅」。高校2年生で初めて1人旅をして、そこで体験した様々な人とのあまりに素晴らしい「一期一会」。その体験は、「恩を感じてもその人へはもう返せないから、他の誰かのために何かしよう」という恩送りや循環の想いを彼の中に生み出しました。兄弟・家族という閉じた関係性に囚われていた当時の井戸さんはきっと、広い世界に散らばる無数の出会いと別れに救いを見出したのではないでしょうか。そこには、狭い関係での感情を覚え続けていることだけが人生の価値ではない、忘却を繰り返しながらも広い世界で様々な人生に耳を傾けるという自分なりの「得意」と合致した生き方への入り口がありました。その生き方で、きっと誰かがまた救われるはず。

「忘却はより良き前進を生む」 ー ニーチェ


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Letter for XXXは、不定期かつ独断と偏愛で随時更新していきます。


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