「さぁね
「さぁね、挨拶してぇ人でもいるんじゃねぇか?」何かを察した松本はそれ以上突っ込む事はしなかった。そんな松本に感謝しつつ、道中で買った土産を受け取り、勝は松本を労うのだった…。**********季節こそ巡れどその雰囲気は変わらない。まだ若き将軍が愛する庭は、相変わらず丁寧に整備され、変わった季節に彩られている。いつかのように木の上に体を預けた紫音は、優思明避孕藥後遺症いた。体力は元に戻った。未だに手は思うように動かせないが、旅の最中に松本がきちんと診ていてくれた為に、通常よりも治癒は早いと言っていた。木登りは少しきついが、上ってしまえばこちらのもの。木から木へと、うまく重心をかえながら、ようやく今の場所までたどり着いた。そよぐ風が気持ち良い。小春日和だ。しばらくすると、目的の人物が現れた。いつかのように小さな橋に。愛しい女子を横に連れて。二人の日課だからなのか、警護する者は誰もいない。好都合ではあるのだが、存在を知られていいのかわからず、様子を伺う事にした。「あら上様、髷に蝶々」「まだ寒いというに…この陽気に勘違いしたのかのぅ?」「ふふふ、上様が暖かいから出てきてしまったのかもしれませんえ?」鈴のような凛とした声が笑う。ところどころに京訛りが出ているのを聞いて、紫音はまた京を思い出した。髷にとまった蝶々が、姫の指に移ろうと羽をひらいた。が、ふわりとそよぐ風にのって、蝶々は行ってしまった。
「…まるで余のようじゃ」ぽつりと呟く声が、紫音の耳にも届いた。強く言われれば自分の意思など簡単に流されてしまう。抗う事も出来ぬ情けない自分を、蝶々と重ねてしまった。「上様」振り向けばその鼻を摘まれる。驚いて目を丸くすると、姫は楽しそうに笑った。「ふふふ、目がまんまる。…上様はお優しいだけ。蝶々は…仕方ないです、自然には敵いませんもの」蝶々も頑張っていますよ。姫の慰めに声を出さずに笑う。そんな紫音には気付かない家茂は柔らかな笑顔を向けて、姫の手をとった。「…ありがとう、ちかこ」不意打ちの笑顔に、姫は真っ赤になる。くるくると良く変わる姫の顔を見てるだけで、幸せな気持ちになる。そんな二人の仲睦まじい様子に、思わず紫音にも笑みがこぼれた。今日は邪魔せずにいよう、そう思い立ち上がったその時だった。…家茂の口から自分の名前が出たのは。「紫音は息災だろうか…」紫音のいる大樹を見上げ、家茂は呟いた。「いつか上様がおっしゃっていた忍の事ですね」「うむ…こうしていられるのも紫音が余の心内を聞いてくれたからじゃ。あの者が危険も省みず、外の世界を知らせてくれるが故に余はただの傀儡から抜け出せた。不思議な女子じゃ。言葉こそ丁寧なれど、態度は余と同等…しかし何故か嫌な気持ちはしないのじゃ」一度しか会っていないのに、忘れられない。家茂の中で紫音の存在は暗闇に刺す一筋の光だった。初めて会った日の事を思い出し、家茂は微笑む。
そんな家茂の肩に頭を預けて、姫も大樹を見上げた。「ちかこもお会いしたい…」「…一度会わせてみたいのう。…紫音は神出鬼没じゃ。もしかすると大樹の願いすら叶えにやってくるかもしれぬな」「クスクス…私は神様じゃありませんよ、家茂殿」去ろうとしていた紫音だったが、二人の会話にいたたまれず、樹上より声をかけた。
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