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黒塚の事

2019年四月大歌舞伎、歌舞伎座ではおもだか屋の大切な舞踊「黒塚」がかかっている。三景からなる安達ヶ原の鬼女の物語。いつもなら中日すぎには複数回見物してるはずなのだが、4月は千穐楽を含めて2度しか観られなかった。逆にから千穐楽までの変遷の大きさが見て取れた。

猿翁十種(えんおう じっしゅ)の一つであるお家の大切な演目「黒塚」澤瀉屋・市川猿之助家のお家芸。この演目は四代目猿之助さん自身がお家の芸として襲名興行から大切に大切に踊っているもの。襲名の時の阿闍梨祐慶は十二世市川團十郎。襲名を寿ぎ祐慶を踊って下さった。阿闍梨は大きくおおらかで十二世の包み込む様なオーラを感じた。岩手は緊張が見られ歌声は低く、二景で月岩手は戯れるのだが、当時の月は今の月とは違っていた。襲名なので三代目を全て踏襲していたそうだ。正体を見破られた鬼女も悲しみよりも怒りが強かった。
何度も何度も踊っている「黒塚」その度毎に少しずつ背景や演出、そして何より解釈を変えてる様に感じる。
解釈の違いは対峙する阿闍梨祐慶を演じられる俳優さんでも変わるのでないだろうか?私の記憶にもれが無ければ、十二世市川團十郎、中村梅玉、中村勘九郎、市川右團次、藤間勘十郎、そして今回の中村錦之助さん。それぞれの阿闍梨に対して異なる岩手の表情が垣間見える。

実は8日の見物後に書き始めたこのリポート。腑に落ちず悩み悩み下書きのまま放置していた。千穐楽でようやくあぁ、この人と阿闍梨チームは1ヶ月かけては今回の黒塚を完成させたのだと合点が行った。
阿闍梨達が訪ねくる時岩手の顔におや?化粧が違う。岩手の頬の皺が薄い。眉間の皺は濃いものの頬にはうっすら赤味さえ感じられる。
そこは千穐楽も同じ。岩手の心情に変化をもたらしたのか?

この安達ヶ原の鬼女は都に住まう女であったが父親の罪で一緒にここまで流されてきた。都人である愛する人と一緒のはずが恋する人は都へ帰ってしまって無しの礫。捨てられた女はいつしか時を経て人をも喰らう鬼となりしや。

高貴な都人の恋人であった過去が垣間見える風情。糸繰り歌の声も話す声もほんの少し高い。老女であるが女を感じさせる声音。
人間的な岩手。祐慶に乞われて昔を語ると祐慶は仏の教えで悟りの道に入ればどんな罪人も成仏できるという。餓鬼道に落ちた岩手であっても絶望から解放されると知り安堵する。喜びに満ちた岩手は阿闍梨達の為に薪を取りに出かけるのだ。閨の一間を見ないで欲しいと一言を添えて芒ヶ原へ向かう。ふと振り返り必ずごご覧にならないでくださいと念を押す。以前はここで疑り深い鬼の形相を見せるのだか、今回は控えめ。岩手の心が満ち足りてるせいだろうか。

二景、
芒ヶ原を足音も立てず現れる岩手。人非ざらる姿をかいま見せる。
阿闍梨の言葉にあら、嬉しやと月明かりで薪を降ろした老女はつい踊り出す。月明かりに照らされて振り返ると自分の影が動く。驚いてみたり、愉しんでみたりと幼女に戻った様に影と戯れる。初演の頃は斬新と言われた部分も今は愛らしい振付と感じる時の流れ。
猿之助岩手の真骨頂を観る思い。8日は影と戯れる岩手のステップは少し重さを感じたが岩手の心に呼応する様に少しずつ変化する三日月の色と輪郭。素晴らしい照明。千穐楽は心軽やかに足取りも軽やか。背に負う薪に添えられたら一輪の白い桔梗は老女の中の乙女心か。
そこへ猿弥強力の登場。瞬時に月が消える。
岩手は閨(ねや)の一間を覗かれた事を悟る。
怒りは強力の前で鬼女の正体を露わにしてしまう。「あら憎や 腹立ちや さしも頼みし聖にさえ偽りのあるからは我が発願もこれまでなり」その目には強力等目には入らない。
悲しみと怒りの表情は正に鬼の形相。人を喰らう赤い舌。舞台中央で決める。人非ざる跳躍で怒りの激しさを見せ芒ヶ原に消える。

三景
千穐楽に「祐介」と声がかかった。猿之助さんといつも共にある長唄三味線の杵屋祐介さんを始め、唄、三味線、お琴、笛、小鼓、大鼓、太鼓、尺八と豊かな音楽も黒塚の魅力。場面場面で様々に変化するが三景は長唄と囃子方。

華やかで激しい地方を聞いていると阿闍梨達が鬼女を探して黒塚の前を通りすぎようとする。
怒りに滾る鬼は阿闍梨達を呼び戻す。
「固き誓いのあればこそ偽り人とも知らずして…」鬼は阿闍梨と激烈に対峙する。
猿之助鬼女は悲しみは深く怒りは大きく
阿闍梨祐慶は祈り伏せるとばかりに山伏達と数珠を持って相対する。
祈りは鬼の力を徐々に封じ込め最後は静かに失せにけり。
8日の猿之助さんと千穐楽の猿之助さんは確実に違う。袴の捌きも軽やかで舞台中央で廻るのも速い、長い。

そして若き山伏達は成長著しい。鬼女の妖力何するものぞとばかりの所作。太く力強く祈り伏せる。
対する鬼女ももてる力を振り絞るが阿闍梨達に祈り伏せられ花道仏倒れ。前回は暗転が長くどうしたのかと思ったが、今回は倒れてからの態勢立て直しが素早い。体力、気力が充実している様だ。体全体で鬼の心模様を表現する。

拍手は幕が降りても鳴り止まない。言葉にならない感動と余韻に包まれる。

襲名の頃黒塚を躍り終えたTVのインタビューで「踊り終えた後にこれで良かったのかな。(中略)自分は力不足葉それとしてそれに対して後悔とかでは無くて…見知らぬ所へ行って本当にここあってんの?この道で本当にいいの?そんなの感じです」とこたえている。

それから7年の歳月を経て黒塚と言う見知らぬ道は確実に四代目が考え工夫する革新と言う道になった。私達はその道に導かれていつも「黒塚」を心新たに観られるのだ。

襲名興行後は大切な時期に「黒塚」踊る。新開場歌舞伎座にようやく出演した新年も「黒塚」右團次御襲名も「黒塚」で寿いだ。昨年9月には大阪の地で歌舞伎の為に一肌脱いで踊ったのも「黒塚」
あの大怪我から1年と半年で「黒塚」を歌舞伎座で観られるとは何という喜びだろう。「黒塚」を踊ると聞くと矢も楯もたまらず観たくなる。
曾祖父から続けられる足りない何かを見つける「黒塚」の旅。
開拓者猿之助さんは紡ぎ出す新たな「黒塚」は令和へと続く。

#市川猿之助 #黒塚 #四月大歌舞伎


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