われ絵画講師なり その1

絵画講師って言葉って変じゃ無いですか、とずっと思っていますが、その変なところを加味して名乗るようになりました。

絵画教室の講師をしていて何が面白いかと言えば、教えた事≪種子≫がどんなものを生み出すか、というところです。

ただし、種子には栄養も必要でして、ただ教えただけでは育たないことの方が多い気もします。じゃあ、その栄養はどんなものなのでしょうか。

そもそも何が栄養になりうるのか。そういうことをよく考えています。難しいです、本当に。自然物の植物のように水をあげれば大きくなるとか、そういうのではないと思ってます。

今のところ感じていることは、ズバリ、栄養分とはその人その人で形が違うってことです。ってことは、どういうことか、ですね。

つまり、その人その人、各々の栄養の形を探っていく必要があるというわけです。

それは他愛のない会話の中で、それはその方の姿勢、それはその方の目標や指標、それは達成感の感じ方、と色々な側面からヒントを得て考えていかなければなりません。そして、私の直感を用いて形にして過剰に投与していきます。

それが絵画教室だと思っています。私は各々が示した形をワクワクしながら見るのが大好きだし、そのワクワクを生徒に伝えておくことも事前におこないます。実はこれが私の教室の特徴です。

講師が生徒の完成予想をしないという事。ただし、教える過程である程度の予想をすることはあるのですが、本当にその通りになるかなんてなってみないとわからないものでして。そしてそれが、生徒の目標にどれだか沿ったかをみてまたその生徒の栄養を考える。

ここまで書いてみてよくわからない教え方だな、とつくづく思います。でも、こんな教え方をする教室の話はあまり聞いたことがない。特に、私の教室に通う前に別の教室に在籍していた方々のほとんどは、口を揃えて、こんな教室聞いたことがない、とおっしゃいます。

次回も絵画教室の話をしてみたいと思います。

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