良いと思える写真の条件


※個人の意見です

前回の投稿で今後の写真の在り方についてある種の未来視を試みました。今回は、SNSやその他の機会で写真を見つめる時に、評価している、良いと思える写真の条件をお示ししたいと思います。

結論から申し上げますと
①内向きの表現であること
②独自性があること
この2点に集約されます。

内向きの表現であること


写真を撮影するという行為を分解すると、
・被写体を決める
・構図を決める
・結果をイメージする
・撮影する
こんな感じかと思います。
3点目、これは何だと思われるかもしれんませんが、私の取り組みで例えると、フィルターワークやSSの設定によって最終的なアウトプットのあり方を調整するためのイメージを行う、といったものです。構図決定に含めても良かったのですが、若干異なる趣旨のため、別枠で記載しました。
このような撮影フローのひとつひとつで、必ず個人の感性に基づく判断が行われることになります。それらの判断に、写真に決して写ることのない個人のこれまでの人生や想い、培ってきた感性が含まれていると考えます。
言い換えると、写真を撮る時、人は必ず自分のために撮影しているはず。これが本来あるべき写真の姿と確信しています。

しかしながら、昨今はSNS全盛の世の中。
写真の在り方も変わりました。以前よりも何らかのツールとして写真が使われるようになったと思います。
どのような写真がそれに該当するのかを皆まで言及するつもりはありませんが、ざっくり言うと、何らかの利益をもたらすために撮影されている写真を指します。
かつては写真を他者に示す場は限定されており、ほとんどの場合、良い意味で自己満足のために撮られている写真が多かったと考えます。(このためか、過去に撮られた写真は魅力的なものが多いように思います。)

SNSで写真を他者に無制限で提示することが可能になり、フォロワーを増やすため、金銭を得るために自分を曲げて撮影されている写真が含まれるようになった結果、写真の位置付けがシフトしたように感じています。
そのような写真は、あまりにも一貫性がないためか、側から見ているとすぐにわかりますし、個人的には見る価値がないと考えています。

独自性があること


一貫性があり、独自性が高い写真は私の中では高評価です。
一例としては、皆が撮影しているようなスポットで撮影した写真の否定です。
以前に投稿した「いい写真ってなんだろう」に記した内容が私の気持ちになりますので、以下に抜粋して再掲します。

“私は皆が一様であることを好意的に思っていません。日本人はそれを好む傾向にありますが、個々人が個性的に自身を表現できる社会になることを望んでいます。
それは私の単なる思想でしかありませんが、自身が行う写真活動としては、それを体現していきたいのです。
SNSでよくある、訪れれば誰もが一様に美しい撮影を行える、いわゆる撮影スポットで撮影した写真で稼いだいいねとフォロワーでフォトグラファーや写真家になった気でいる人は個人的にはどうなんだろうかと思います。”

改めて過去の投稿を読み返しましたが、この気持ちに変わりはありません。
自身が高く評価している写真は、言い換えると自分が撮影したい写真です。そのような条件を満たせる写真を、今後も追求していきたいです。




〜ここからはちょっとした愚痴です〜
日本はカメラメーカー大国と言う土壌のためか、利益誘導できるような写真や人物が特別に重視されているように思います。
そのためか、SNSもそういった趣旨のインフルエンサーが幅を利かせているように思います。SNSの使い方は自由ですし、目的が異なる点は理解しているので、本当にただの愚痴ですが、写真を見る場の主流がSNSになっている以上、そのような方々が幅を利かせていると、本来あるべき姿の写真が片隅に追いやられてしまうため、如何にかならないものかと思う昨今です。

私としては、新しい世界に常に接続できるよう、アンテナを張っていきたい所存です。また、私はインフルエンサーではないですし、なるつもりもないですが、素敵な写真を撮影される方を見つけたら、積極的にご紹介したいと思います。


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