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鬱になった瞬間。僕は社会不適合者の道へ転げ落ちた・・・・・・。

僕「動機はズバリ、遊びたいからです!!」

???「ひゃはははwww、こいつ頭おかしいwww」

僕が鬱になった瞬間である。

夢も希望も打ち砕かれ、抜け殻となってしまった。

本音を言ったら大笑いされたのだから・・・・・・・。

これは大学2年生のゼミ入試の面接のことであった。

行政学を担当し公務員志望者が多く募集するゼミで、狭き門であるため圧迫面接だとは聞いていたが、これは教授のほうが拍子抜けしたであろう。

教授「なんで東京を目指すの?地元ではなくて?」

僕「東京だと遊べるからです。地元じゃ遊べないし、だいたい地元嫌いなんで」

こんな受け答えじゃ真剣に公務員を目指す者にとっては笑うしかないだろう。ゼミ生は一同大笑い。今の僕でも「超アホだな」と思ってしまう。

なぜ僕は公務員を目指してるのか?

そもそも僕は何になりたかったのか?

高校生の頃を振り返ると、独学でHP作成をしてたくらいインターネットが好きだったので「パソコン関係の技術者」になりたかった気がする。ただ漠然とである。

当時は職業名は知らなかったが、システムエンジニアやプログラマーといったところであろう。後に本当にこの業界に入って挫折を感じたのは運命の皮肉に感じる。

エンジニアになるために工学部の情報工学科の大学を目指していた。だから文理選択では理系を選んだ。

しかし勉強に熱意を持てず、化学や物理で赤点を取る。

一方で文系科目の、社会科の地理は常に学年トップクラスだった。

そして高校3年になり身を滅ぼすプライドが生まれてきた。

「僕は偏差値の高い有名な大学に入らないと生きる価値がない」と。

「このまま理系だと3流大学にしか行けないが、文系だったら目標とする有名大学に入れる可能性が高い」と考えるようになった。プロ野球でいうなら投手じゃ大成できないと見切って野手に転向するような心境かもしれない。

将来なりたい職業を無視して文系の有名私立大学を受験したが現役では全敗、1浪して一応有名な文系私立大学に合格した。

上京して母方の祖父母の家に下宿しながら予備校に通い、大学入学後もその生活が続いた。

同居していた祖母によく言われたのは・・・・・・

祖母「あんたに向いてる仕事は公務員。東京の役所でもいいけど、生まれ故郷の役所(市町村でいう町役場)に入ればいいかもね。地元だし。」

祖母「公務員に『向いてる』というのは消去法よね。あんたみたいな人(つまりは社会不適合者)は民間じゃとても無理。仕事できなくても解雇されない公務員になるしかあんたが生きる道はないのよ。」

ひどい言われようであるが、納得できる。祖母も僕のことを本当に心配してこのような言葉をかけたのだと思う。

エンジニアを強く志望していたわけじゃないので目標を公務員に切り替えた。しかも東京の区役所に。

地元には戻りたくなかった。

僕は小学校時代に問題を起こして隣の自治体の学校に転校した過去がある。過去の僕に非があるのは認めるが、因縁がある地元の、しかも役所には勤めたくないと思った。

東京ではいくらでも選択肢があるのに、なぜわざわざこんな地元に戻らなければならないのか。

そう思って東京の役所への志望動機を考えた結果が冒頭で述べた「遊びたいから」である。

「故郷だから」でも志望動機としては不十分であるのにこのような動機は正直公務員を舐めていると思うが、20歳当時の僕にはこの答えしか出てこなかったのである。

もちろんゼミは落ち、その後は「地元の役所に勤めたい」と本音を隠しながら第三志望のゼミになんとか入ることはできた。

このとき思ったのは公務員試験では仮に筆記は通ったとしても面談では落とされる。志望動機を考え直さなければならない。

だけどいくら考えても公務員の仕事より「昇給あり、解雇なし、安定」の特権しか目標が見えてこなかった。いかにもそれらしい動機を考えても本心が見透かされるようでモチベーションが下がっていった。

大学入学してからは僕は祖母の指示を受けて動くようになる上下関係が顕在化してきたように思う。

「行政研究所」といういわば学内にある公務員予備校に2年次から通うようになり、アルバイトを辞めて祖母がお金を払ったからだというのも大きい。

僕の母方の親戚に公務員が多く、叔母2人が23区のうちの某区の職員だった。だから公務員信仰が祖母の中で強かったのだろう。

とはいえ僕の父は自営業者であり、後継者として僕を選んでた可能性を鑑みて「この子を公務員にさせてください」と祖母は父に説得していたらしい。これをよく「許可まで取ったのに」と嫌味を言われる。

僕のことを本気で心配していたのだから今となればありがたく思えるのだが、さすがに過干渉には感じる。

筆記試験もやる気をなくし、さらに実際の試験を模したディベートでもボロボロに論破され、僕は公務員になるのは無理だろうと悟った。

抜け殻になった。魂がぽっかり抜けたようだ。

4年生になり特別区と国家一般職、さらに地元の都道府県を受けたが全部筆記で落ちた。

父の仕事上の付き合いがある第三セクターの機関も受験して、筆記は通ったものの面接で落ちる。

もう民間の会社しか受けられなくなったがときすでに遅し、内定がないまま大学を卒業する。

コネまであったのに面接で落ちた理由は今考えると明白である。典型的な社会不適合者の受け答えだ。

面接官「あなたの目標はなんですか?」

僕「御社で出世することです!!」

我ながら本当にアホなことを言ったものである。

権力や権威に憧れ、「偉くなりたい」とばかり考えていて会社ではとにかく高い職位をもらいたいと考えていたのである。

僕が面接官だったらこんな受け答えは絶対に落とす。アホだから。

僕が「偉くなりたい」と考えるようになったのは、体育会系臭の強いサークルで上下関係で辛酸を舐めたからだと思う。

上下関係がある以上、上であればいいのだ!!

下位の者は上位の者に敬語を使わなければならないが、上位であればタメ口で構わない!!

下位であれば上位に物申すことはできないが、上位であれば叱責することもできる!!

気に食わんヤツは職権で左遷などの処分を下すことができる!!

「小学生の妄想だろう」と思うかもしれないが、これが20歳を過ぎた青年のリアルな精神状態であった。

公務員を目指す時も市町村長とか、都道府県だったら知事、国家だったらそれこそ内閣総理大臣になりたいとか考えてたくらいだから。

この時点で首長になる器はない。あえて言うなら超絶下位互換の麻原彰晃だろう(こんな犯罪者に互換性もないとは思うが)。

いくら企業でトップになってもお金の流れがある以上はお客様や株主に頭を下げなければならないし、役職こそ全てと考えてるようでは部下からの反感を買って逃げられる。

内閣総理大臣もあれだけ批判を受け叩かれながら政治を行ってるのだから「偉くなりたい」とばかり考えてる人間なんかに務まるわけがない。

僕がよく「優等生」として毛嫌いしてるようだが、生徒会長や部活のキャプテンを経験した人は立派だと思う。

組織を取り纏めることの難しさや、会や部で問題が起こるとまず責任追求のため非難を受けるのはその代表であろうし、自ら組織を良い方向に導いていかなければならないため企画力や提案力も培われている。

学生の頃にこの経験をした人は軽々しく「偉くなりたい」なんて言わないだろう。いやぁ、僕はアホだった。

30歳目前になって思うのは、見栄やプライドは本当に身を滅ぼす。

いくらお金があっても、たくさんの人を従える権力があっても、どんなに立派な肩書きを手にしたとしても「幸せ」には到底なれない。

自分の置かれた状況に満足できればそれでいいかなということ。もし自分が病気で余命を宣告されたとしたら、今悩んでることなんて本当にくだらないことだ。

身の丈にあった向上心を持って、比較するのは他人ではなく過去の自分であること。成長を感じたらそれでいいということ。

そして、「社会不適合者であることは不幸ではなく、神から与えられた試験であり、人生イージーモードよりはハードモードでクリアしたほうが達成感が大きい」ということだ。



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