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みんな"さびしい"ということ 2O24.O6.O4 essay

朝起きてリビングに行くと、風が吹き込んでいて空気がさむかった。最近は気温の上がり下がりがはげしい。半袖の日もあれば今朝みたいに裏起毛トレーナーを着てちょうどよかったりもする。

昨夜は目がらんらんとしてなかなか寝付けず、結局4時くらいまで起きていた。キョトフリックスドラマこと"TRUE KYOHEI SAKAGUCHI SHOW"の最新話をながし聴きしていたらもうほんと涙が止まらなくて、最後は泣き疲れて眠ることができたのかもしれない。ドラマ内容は先日、阿佐ヶ谷で行われた水道橋博士とのトークイベントの様子を一部切り取ったもの。(ノーカット配信は別であり)
まるで餅つきみたいなテンポだった。恭平さんがついてついてつきまくり、その間にするっと博士のひっくり返す手が入る、そして観客がその様子にどんどん賑わっていくというような……。画面越しにも恭平さんの熱はあつあつと伝わってくる。みんな寂しいんだよね。これからは寂しさにタッチする時代。スマホなんて寂しさのかたまり。ほんとそうだと思う。

ほとんどの人の問題はさびしい時にさびしいって言ってないこと
みんなの共通は"さびしい"なの
さびしいのにさびしいって言えない、そのまま大人になったら子どもにもさびしいって言わせない。もうなんもかんも、自分がパニックになってるの

https://youtu.be/tDSsO4fL0wA

13年間個人の電話番号を公開して自殺志願者の電話に出続けている恭平さんが出した結論……。そっか、そうだよね、親がさみしがってるのも見たことないし、わたしもこのまま行ったら同じ道な気がする。泣いてない人に「泣いていいんだよ」って言われても泣きづらいし、やっぱりまずは自分が変わることだ。
もっと人前でぼろぼろ泣くようなことをしていっていいんだ、というか、むしろしていったほうがいいんだと思った。自分も周りもさびしさの吐露がどんどんできるように。この後に続く恭平さん考案の"paypay"ならぬ"sabishii"システムの話も優しくて面白すぎるので、ちょっとすきま時間ある方は冒頭の25分くらいぜひ見てみてほしいです。"さびしい"の話は2O:4Oあたりから再生するとちょうどいいです。

カメラマンの小宮さんにも本当に感謝だし、無料でこんなすごいの見せてもらって……。ちゃんと感謝と応援を形にしよう。わたしは…熊本に行って恭平さんの生活をルポルタージュできたらいいな、凄い経験だろうなと思う…でも文字っていうか言葉じゃ追いつかない気もする。だからもう実際に恭平さんに付いてカメラ回して全撮りしている小宮さんは本当にすごいなと思う。小宮さんだからこそ、恭平さんも「撮りたければどうぞ」ということが成り立ってるんじゃないかなと、画面越しに人柄を感じて勝手に思ったりしている。ほんとに今一番最高なドラマ。

聴きながら泣いてしまった時、思い出したのは去年熊本現代美術館で行われた坂口恭平日記のことだった。あの時はじめて恭平さんを生で拝見し、パステルを描いてるのも生で見て、いのっちの電話まで生で見られたのだ。女性が一人、か細い声で悩みを打ち明けているのに相槌を打ちながら、描く手を動かし続ける恭平さん。電話はスピーカーになっており、わたしを含めて展示を見に来た他のお客さんも一緒に女性の声に耳を傾けている状況。その瞬間、なぜだか涙が止まらなくなった。悲しいのではない。なんだろう、優しすぎて泣いたのだ。その場が、そこを流れる空気が、あまりにも優しすぎて、どこもかしこもみんなこんなふうだったら戦争なんて起きないのに……。今回"さびしい"のところを聴いていて流れた涙も、この時のと同じ種類のような気がしたのだ。

さびしさに気づくと、きっと人は涙が出るのかな。でもそれは不思議とつらい涙じゃなくて、泣きたいから泣く、ができて嬉しいという喜びも混じっているように感じる。そういえば最近泣いてなかったなと思い出し、前は月に一回くらい大泣きする日があったことも思い出した。
もっと泣きたい時は泣いていこう、そう思えた。


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