海老で母を釣る

 明け方の霧深い森、安条沙苗は銃を片手に狙いを定める。視線の先、木に実った丸いドングリを青白く光る海老が齧っていた。
(半分齧るまで、待つ)
 俗に陸海老と呼ばれるそれに対する知識を沙苗は思いだす。大変動以降、陸と海の生物の分布が入れ替わっても、陸海老は貴重な存在である。ここ数日森を探索し、ようやく見つけた獲物を取り逃したくはない。
 半分以上齧ったと確信した沙苗は引き金を引く。しかし弾丸は当たらず陸海老は彼女の視界から姿を消した。思わず舌を打つ。
 甲高い、笛のような音が三度響く。陸海老の放つ訴求音。沙苗は即座に近くの木によじ登った。
 霧の向こうから大きな影が接近し、果たして陸を泳ぐシャチが現れる。それは木々をなぎ倒しながらその場を周遊すると、沙苗のいる木に向かって飛んだ。
 その横腹に向かって沙苗が引き金を四回引くと、シャチは空中で姿勢を崩す。仰向けになったそれを横目に彼女はなぎ倒された木々の中心に目を向けた。青白く光る陸海老がそこにいる。
 木から飛び降り、陸海老を掴む。手中の海老はおとなしかった。亜音速で跳ねることも訴求音を放つこともそう何度もできない。呼ばれたシャチの経験が浅くて助かったと沙苗は思う。
 不意に頭上に影が差した。振り向けばシャチが大口を開けて飛び込んできている。反射的に銃を構えると、シャチの体が空中で仰け反り、彼方へ飛んで行った。
「餌を半分以上食べるまで撃つなと言ったろう」沙苗の前にスーツ姿の男が姿を現す。
「師匠?」沙苗が言う。「どうしてここに?」
「我慢弱い弟子が海老を仕留め損なう気がしてな」
 沙苗は視線を逸らし、顎を引く。「でも、捕まえました」
「それが彼女の好物か」
「はい。これなら母をおびき出せるはずです」
 大変動の二つの元凶、陸鯨と海狼。
 数年前、彼女の師が陸鯨を殺し、わずかな陸地を人類にもたらした。
 残るは海狼のみ。彼女を見つけ、殺すことができるのは海狼の娘である沙苗だけだ。

つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?