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「そこに、君の死体が埋まっている」番外編③「そこに、僕の死体が埋まっている」前編

 いつからそこにいたかなんて、そんな昔のことは忘れてしまった。始まりはなんだっただろうね。気づいた時にはそこにいた。ただ、それだけだよ。自分が何者かなんて、知りはしない。ただ、そこにいた。ずっと。多分、この場所に名前すらなかったずっと前から。ずっと、ずっと、そこにいた。

 いくつも時間が流れて、誰かがここに住み始めた。それから、死んで、埋められたり、放って置かれて、鳥や虫が彼らをついばんで、腐って、溶けて、土になる。風に流れて舞い落ちて、雨が降って、固まって、揺れて、流れて、踏まれて、重なり合って。新たな命が生まれては朽ちて……そうして何年、何十年、何百年、何千年の時が流れて生まれたのが、多分僕だった。

 いつの間にか、この場所は人間と呼ばれるものたちが増えた。草も花も木も、いつの間にかその人間がなくしてしまって、この町ができた。僕はずっとここにいたから、ずっと彼らの声を聞いていたから、なんでも知ってる。見たもの、聞いた音から知った。
 彼らに憧れて、姿を真似て見たことがある。だけど、何かを間違えて、化け物だって嫌われたこともある。それでも、僕は彼らになりたかったし、彼らの仲間になりたかった。

 そうして、ある日のことだった。

 何十年か前に真似た子供と、よく似た顔の子供ともう一人、小さい子が、もう使われなくなった小屋に来るようになった。僕はどうにかして、彼らと友達になりたくて、ずっと近くで見ていた。タツキくんとオサムくん。二人は小屋の中で、何度も裸で遊んでいた。その光景が忘れられなくて、とても楽しそうで、気持ちが良さそうに見えて、美しく思えて、僕は羨ましかった。

 僕も混ぜて欲しい。
 その遊びに、僕も混ぜて欲しい。
 僕も触れたい。
 あんな風に、溶けあってみたい。

 僕の中で生まれた願いが大きくなった頃、突然雨が降って、二人でいたはずの小屋から、一人で外に出て来たオサムくんが、穴を掘った。
 大きな穴を掘って、掘って、掘って、掘って、雨に濡れて重たい土を何度も何度も掘って掘って掘って掘り続けて……そこに、動かなくなったたつきくんを埋めた。埋めて隠して、一人で山を降りていった。

 タツキくんは死んだ。
 死んだ。死んだ。
 すぐ近くに、人間だったものがある。埋まってる。

 僕はタツキくんの体をよく観察して、前よりもっと人間に近づいた。
 上手にできたことが嬉しくて、オサムくんに見せようと山を降りた時、突然、大きな鉄の塊にぶつかった。全部、タツキくんと同じように作った体が動かなくて、痛くて、痛くてたまらなくて、気がついたら僕は病院のベッドの上にいた。
 たくさんの人が目を覚ました僕を見て泣いていたけど、誰だかわからなかった。

龍起たつき、わかるか? 父さんだぞ?」
「とう……さん? って、何?」

 僕がそう言うと、大騒ぎになった。見て覚えた言葉と知識だけじゃわからないことがたくさんあって、僕は記憶喪失だと言われた。記憶喪失ってなんだろうと思ったけど、今の僕の状態だと言われた。それから、いろんな人が僕の記憶をどうにかしようと、いろんなことを教えてくれた。家族の名前、友達の名前、どれもこれもピンとこなかったけど、教えられたから覚えた。思い出したわけじゃない。でも、どうしてだろう。
 そこに、オサムくんがいない。

 僕はオサムくんに会いたかった。僕は龍起くんになったから、オサムくんと、あの時みたいに遊びたかった。でも、町のどこを探しても、オサムくんは見つからなかった。
 一人で山に戻って、そこに、僕の死体が埋まっている場所までいって見たけど、もう、僕はいなくて、少しだけしか記憶を盗めなかった。おさむくんが転校して来た頃の記憶くらいしか、もう残っていなかった。あとは全部、他の人から教えてもらった。

 僕の部屋にあったパソコンっていうものの使い方を教えてもらって、不思議なものだなって楽しくて、しばらく遊んでいたら、不意に見つけた、理くんと僕の動画と写真と日記。理くんと僕が愛し合っていた証拠。たくさんたくさんあった。僕は理くんが好きで、理くんも僕が好き。二人は愛し合っていた。誰にも邪魔をされない場所で、毎日毎日体を重ねて、愛し合った。この夏が、ずっと終わらなければいいのにと、小学五年生の僕は願っていた。ああ、なんて素敵なものだろう。
 本当に、可愛らしくて、愛おしくて、君を思うたたび胸が苦しくなる。体が熱くなる。疼く。君に会いたい。その肌に触れたい。

 僕は君を探しに行こうとした。でも、なんでだろう。遠くの町へ行こうとすると、僕が埋まっている場所から離れようとすると、僕は龍起くんの姿を保っていられなくなる。だから、遠くにはいけない。君がいる場所へ行けない。帰ってきてよ。早く、早く僕に会いにきて。
 ずっとずっと、僕は君だけを待っているのに、君だけが、この町に戻ってこない。

 悲しくてたまらない夜は、君と愛し合ったあの時の動画を何度も何度も見直して、僕は自分で自分を慰めるしかなかった。

 いつか君が戻って来た時、すぐに僕だってわかるように本当は小学五年生の僕のままでいたかったけど、また化け物だと言われるのが怖くて、少しずつ、大人になった。人間がどういう風に年をとって死んでいくのかは、たくさん見てきたから知っている。全く同じでいなくていいということは、僕が僕じゃないと誰かに知られる不安からも遠ざかって行った。

 そうして、やっと君が戻ってきた。

「転校生の山中理くんです」

 少し大人になった君は、僕より背が伸びていた。驚いたけど、顔はあまり変わっていなかった。あの頃のまま、君は可愛い。可愛くて、愛おしくて、たまらなく好きだ。愛してる。愛してる。
 そして君も同じように、僕のことが好き。

 だって、再会したその日から、君はずっと、僕を見つめていて、僕の後をつけるようになった。でも中々、君から僕に声をかけてはくれない。恥ずかしいのかな?
 だったら、僕から声をかけよう。

 だって、僕らは愛し合っていた。
 あんなに激しく、強く結ばれていたんだ。

 それなのに————

「やめろ! 何するんだ」

 君は僕を、否定した。

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