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「そこに、君の死体が埋まっている」番外編④「そこに、誰が埋まっていたか」後編

 私は怖くて、その後、どうやって家に帰ったのか覚えていません。

 そのことを誰にも話せずにいました。それまで、兄が羨ましくてつい、辛く当たっていたこともあったのですが、私は態度を改めました。
 兄は、あんなことをして、あんなことをさせられて、私たち家族の生活を守ろうとしているのだと知ったからです。できるだけ、兄には優しく接するようになりました。

 けれど、兄は高校二年生の時、突然死にました。警察は遺書が残っていたので自殺と判断しましたが、その内容は嘘ばかり。私はすぐに兄の字を真似て書かれた偽物だとわかりました。
 兄は誰かに殺されたんだと、私だけがわかっていました。きっと、犯人は町長か、その周辺の誰かだと思います。兄が死んでから、町長から父が務める建設会社への依頼は、パタリとなくなってしまったのです。そして、その兄の死とほぼ同時期に、兄をおもちゃにしていた町長も亡くなりました。

 兄が死んだ後、それまでの生活が変わりました。父は会社を突然解雇されて、仕方がなく別の建設会社に就職しました。以前より食べて行くのは大変になりましたが、他に兄弟のいない私は大した家でもないのに婿養子をとることになりました。父は、山中の名前を残したかったのでしょう。そうして、私は結婚して、娘を生みました。その娘は、東京に働きに出て結婚して、年に数回程度しか帰って来ませんでした。
 孫も生まれて、おさむという名前の元気な男の子です。

 そして、理が小学四年生の秋に、娘は旦那をつれて実家に戻って来ました。
 それまで、私はすっかり兄のことは思い出さないようにしていたのに、その理が、不思議なことに兄に似ていることに気がつきました。色が白くて、可愛らしい顔をして、周りの子達より小さくて、細くて————
 このままではいけない気がして、私は理のためにたくさん料理を作って食べさせました。早く大きくなって欲しくて……あの時の兄のように、力の強い者に負けたりしない、おもちゃになんてされないように、丈夫な体になるように願って。
 でも体質なのか、理は小さいままで、クラスでは一番前です。何か運動部にでも入れてみたらどうかとも思っていましたが、新しい仕事先が決まって、娘夫婦は理を連れて翌年の夏の終わりにまたこの町から出て行きました。理の成長が遅いことが心配でしたが、新しい学校で運動部に入って、身長がかなり伸びたと聞いて安心していました。

 それから六年。今年の五月、つい先月のことです。高校二年生になった理を連れて、娘は帰って来ました。離婚したそうで、私はこの町で、この家で、理とまた一緒に暮らすことになりました。
 久しぶりに会った理の姿は、兄にそっくりになっていました。もし、生まれ変わりというものが本当にあるのなら、きっと、理は兄の生まれ変わりなのではないかと、思わすにはいられないほどに、そっくりで……理の姿を見る度、兄のことを思い出すようになっていきました。

 理が行方不明になった日、実はその前にクラスの他の男の子二人が理を連れて家に来てくれて————気を失っているその姿に、私は一瞬、どきっとしました。兄の死に顔が頭を過ぎったのです。今思えば、あの時、婦人会の会合になんて行かないで、一緒にいてあげればよかった。
 私は、兄のことを思い出すのが辛くて、理は具合が悪かったのに、そのまま放っておいてしまった……私が悪いんです。娘も夫もすぐに帰ってくるだろうと思って、一人にした私が————

 最初に警察の方から、理の死体があの山で見つかったと聞いた時、私、本当に後悔しました。どうして、止められなかったのか……
 理と一緒にいなくなった、あの子。
 龍之介さんの孫の龍起たつきくん。
 きっと、あの子が理を殺して、あんな場所に埋めたんですよ。そして、逃げたんです。だって、あの子はまだ見つかっていないんでしょう?

 それに、あの子も似てるんですよ。そっくりなんです、兄をおもちゃにしていた、町長に。
 龍之介さんの奥さんは、婦人会の会長ですからね、会合をあのお屋敷でやったこともあって、私、大人になってから何度かあのお屋敷に入ったことがあるんです。その時、歴代の当主の肖像画とか写真とか飾ってある部屋があって————
 みんな同じ顔をしているんです。本当に、気持ちが悪いくらいに、全員そっくりなんですよ。あの家の人は、もう、顔を見ただけですぐ堀さんだってわかるくらい。

 兄をおもちゃにしていた町長も、その孫の龍之介さんも、その孫の龍起くんも、みんなおんなじ顔をしているんです。遺伝ですよ。人殺しの子供ですもの。その龍起くんがまだ見つかっていないのが、何よりの証拠でしょう?
 私の孫を殺したのは、堀龍起くんです。堀さんの子供です。堀家の子供です。兄だって、兄だって堀家の人間に殺されたんです。

 理の埋まっていた山の、その下から見つかったっていう子供の骨も、きっとその龍起くんがやったんですよ。同じところに埋めたんです。人殺し。人殺し。あの家の人間は、人殺しです。
 龍之介さんが院長をしているあの病院だって、町に唯一あそこしか病院がないからみんな仕方がなく通っているだけです。私は病院だけは隣町の病院行くようにしているんです。人殺しの家がやっている病院なんて、怖くて行けませんよ。
 本当は今すぐにでも、こんな町から出て行きたいんです。この町で生活するには、どうしたってあの家と関わることになってしまう。でも、この家と……あと、主人が動こうとしません。だから仕方がなく、ここで生活していくしかなくて、今までずっと堀さんとの関係をこれ以上悪化させないようにしていました。でも、もう限界です。
 孫も、兄も、あの家の人間に殺されたんです。

 だからね、刑事さん。
 理の下に、そこに、誰が埋まっていたかなんてどうだっていいんです。そんな他人のことなんて知りません。早く、龍起くんを見つけてください。殺人犯を捕まえてください。

 私の孫を、理を殺して、山に埋めた犯人を捕まえてください。
 そんな変な冗談はやめてください。

 理の下に一緒に埋まっていたあの骨が、龍起くんのものなわけがないじゃないですか。理は土曜日に、同じクラスの子達とカラオケに言ってるんですよ?
 そこに、堀龍起くんも一緒にいたそうじゃないですか。どうして、その龍起くんの骨が、理の下から見つかるんです?
 ありえないでしょう。
 私は何度か、龍起くんを見ているんですよ?婦人会の会合の時もそうだし、道ですれ違うこともありました。身長は龍起より少し低いか同じくらいだったと思います。
 それがどうして、高校二年生の堀龍起ではなく、小学五年生の堀龍起の骨が見つかるんですか?

 大きさも、骨になる速度もおかしいじゃないですか。

 どういうことですか?

 え?

 堀龍起は、小学五年生の時に死んでいた?

 は?

 何を言っているんですか?
 じゃぁ、今行方不明になっている龍起くんは?
 あの子は一体、誰なんですか?

 そんな冗談はやめてください。
 早く、堀龍起を見つけてください。

 私の孫を殺した、人殺しを。

【了】


本編第1話はこちら↓


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