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日常を愛すること

『ありがとう、でもごめん、3年目は考えていない。』

その言葉は水曜日の朝8時に万里のLINEに届いた。一週間前は彼と一緒にイタリアとクロアチアを旅していたことはもはや遠い過去に思えた。
『わかった、でも理由は聞いておきたい。』
・・・出勤前にこんなメッセージをもらっても、もはや涙すら出てこない。もう3度目の別れ話だ。30歳にもなって失恋するなんて思ってもみなかったがもはや現実はこんなもんなのだな、とピリオドを打つ決心はついてしまった。

万里と肇は正式には2年付き合っていたわけになるが出会いはもともと東京で、お互いに地方の出身だった。万里と肇の出会いはネットだ。お互いに寂しさもあってか恋人がいない空白時間を埋めていたような感覚で正式に好き合って付き合っていた関係ではない。
そんな中で肇が海外勤務となり、アメリカのシカゴに渡ってからもニューヨークで現地集合して一週間程度濃密な時間を過ごし、肇が日本に一時帰国するときも、万里が転職を機に東京から大阪へ引っ越しをしても時間を作って会っていた。

4年間ほどそれが続いてついに耐えきれなくなって万里が関係を白黒つけようといったところ、正式な恋人となったのだ。それから間もなくして肇は帰国して地元九州に転勤となり、大阪との遠距離を頑張った。
2年の間には肇から別れ話もあったが万里は穏やかに相手を説得させ別れを乗り切った。
30歳になる2カ月前には彼へプロポーズの話を仄めかしたが、結婚は断られていた。
今となってはわかる。彼は万里を愛したことがなかったのだ。
万里もだいたいの予感はしていた。繋ぎとめていたのは肇のスペックだったのであろう。ここに女性に対して積極的な要素と、喜怒哀楽の感情が入ったらまさに彼はハイスペックで高嶺の花だ。
 
「なにそれ、あり得ないでしょっ・・・」
友人にその別れ話の話をようやく出来たのは土曜日の昼下がり。海外旅行の話を聞きたいと誘いがあり、万里の好きなフレンチのランチを前々から予約していた。ちなみに彼からの返信はない。

「ってか更新制かよっ!」
友人ながらなかなか面白い返しだ。彼女は大学時代からの友人で今は職場結婚を機に大阪へ住み渡り、1歳になる女の子がいる絵に描いたような家族だ。
「ほんっっっとに腹立ってくる!もうさ、理由なんて聞かなくていいから万里が言いたいことを全部書いてやって送ってLINEもブロックして終わろうよ!」
休日のおしゃれなフレンチレストランでこんな会話をするのも気を引けるが、目にも美しい野菜パレットの一皿はそれでも万里の心を掴んで離さないから友人との豪華なランチはいつもこの場所だと決めている。数十種を品よく円状に並べ一つ一つが拘りを持った一品になっている。それを説明するのも途中で忘れてしまうのだが、ホールの男の子が一生懸命に説明してくれるのは感心する。ここは完全予約回転なしのお店なのでしっかりとお店ごと堪能できる空間であるのもうれしいポイントだ。
 
野菜は万里の大好物でもあり主食である。普段から炭水化物や肉や野菜を自然と食していないが決してビーガンとかでもなく、ただ野菜が好きなだけだ。お肉も魚ももちろん食べるをするなど身体に関して周りからストイックに見られている。
「でもさ、最後はきちんとしておきたいかな。」
万里は最後に出てくるこの店のグレープフルーツのプリンが大好きだ。グレープフルーツの皮から絞り出したほんのり苦い果汁も入っており、最後のデザートまでこだわっている店はそんなにない。
「そっか・・・。万里ならすぐに次の相手が見つかると思うから最後ガツンと言ってやろう!」
友人は万里の気持ちに共感してくれるし万里以上に彼を怒っている。女は共感の生き物だ。彼女もそれを分かっているし、彼女との意見の衝突はこれまでなかった。どちらかの悩みがあればそれを聞くし余計なアドバイスはしない。決して心に土足で入ることをしない。ある意味、それは表面かもしれないが長く続く友人関係というのはこういうところもあってこそだと思っている。
「一人旅でもしよっかな~。フラッとシンガポールとか行こうかな、なんてね。」
「何いってんの。旅でもしている暇があれば婚活しないとだよ!家の近所に結婚相談所があってさ、その看板曰く、『今が一番若いんやで!』ってあって、通るたびにいつも妙に響くんだよ。」
「あ~、そっかぁ。今一番若いか…それ私も今納得したよ…」
「うん、だからお金を注ぐなら旅より婚活だよ!」
「よし、分かった!あ~、あっちゃんに会ってここのフレンチ食べたら元気出た!失恋がなんだ!30歳、まだまだこれからだよね!」
 
その夕方になっても肇から連絡はなくて、万里からLINEを送った。
・・・メッセージで終わりか。味気ないけど遠距離で淡白な私たちには似合っているのかな。
『言いたいことも言えないまま終わるのは辛いんだよ。私もこれまで追いつめてしまった部分もあってごめん。お互いに話し合って乗り越えていこうって思ってたけどそれも無理なんだね。今までありがとう。』

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