ピンクのふわふわ

好きなひとのことは書きたくなる、描写しておきたくなる。
わたしに気づいたときの表情とか、わらったときの顔のくずれ方とか、
話し方とか、身体のラインとか、そのときの雰囲気とか。
忘れたくないから、憶えておきたいから。
何度も何度も頭の中で記憶をリピート再生して、
勝手にその情景を言葉で残そうとしていることに気づいたとき、
あたしって「このひとのこと好きなんだな」っておもう。

あの子はいつも仕事中はこわい顔をしている。
年齢は知らないけど、わたしよりはたぶんずっと歳下なはずだ。
接客業のくせに、つめたく距離のある表情をしていて、よそよそしい。
目に感情がない。
武装している、とおもう。
アルバイトにも客にも心をゆるしていないんだろうなとおもう。
まあ、それも仕方のないことでアルバイトは頼りにならないし、
下手をすればかえって問題をややこしくしてしまう。
客は何をいちゃもんつけてくるかわからない。
そういうひりひりしたところで気を張って
店を回しているのがあの子だった。

そんな風だからお店に行ってあの子を見つけたときは緊張する。
息がつまる。
知らない人、に見えてどきどきする。
すべてシャットダウンされているような感じ。
だからわたしに気づいてびっくりした顔をしたとき、
ばかみたいにほっとする。元にもどった、ってうれしくなる。
素になったときのあの子はちょっともたついて幼くて、
というよりたぶん年相応で、すこし可愛い。
一瞬だけかもしれないけど、
少しだけあの子の心を軽くすることができたような気がしてうれしくなる。
何かしてあげたくて行ったはずなのに、
帰り道、あたしの方がうれしくさせられている。
むねが風船みたいにぱんぱんに膨らんで、はずみだしそうな気もちで帰る。

恋、なのだろうか。

なかなか会わないし、ほぼほぼ接点もないので、親しくはない。
親しくなる予定もない。
年齢も出身地も学歴も素性は何も知らない。
ただただ顔が見れるとどきどきして、
うれしくてファンタジーみたいな感じだ。
だからなのか、どうこうなりたい、みたいな欲望はあまり湧かないし、
何としてでも私生活を知りたいみたいな執着もない。
単純に「うわあーすきー!!」でいっぱいになる。
犬が飼い主を見つけて嬉しくて尻尾をぱたぱた振るような感じ。
その駆け引きや計算のない感じが新鮮で苦しくなくてたのしい。

普段よく感じてしまう「この人を好きにならなきゃいけないのかな」
みたいな無理さが一切ないことも、
素性を何も知らなくても気にならないことも、
自分でも意外で「わたし、こんなにピュアなところがあったのか」
って驚くとともに、「恋ってそんなもんよね」と妙に腑に落ちたりもする。

「恋」にしてはあの子に悪いな、申し訳ないな。
でも、そんな風におもっているからあの子のことは友達には言わない。言ってしまうともうふわふわできなくなる、途端に重くなってしまう。

「また会えないかな」「会えたら何を話そうかな」
滅多に会えないくせにそんなことを思っている時間がたのしい。
そういうふわふわした時間があるだけでうれしくなったり、
もうすこし頑張ろうと思えたりする。
おもちゃの宝箱をときどきこっそり開けては
お気に入りの宝石をうっとりながめて明日の糧にする、
そんな感じで記憶をもてあそんでは、
やわらかいやさしい気もちにさせられている。



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