センチメンタルジャーニー

土日に入っていた予定が急になくなってヒマになり、
そして外には桜。

時は満ちた、今だ!
とおもったので決行した、センチメンタルジャーニー。

他の用事のついでではあるのだけれど、電車を途中下車して
好きだった人がいた工場(つまりはわたしと出会った場所)に行ってきた。

こんなの不健全だし、ストーカーみたいで気もちわるいし、
かっこわるいし、ふられて3年経つのに未練たらしいのはわかってる。

ただ転職してからも、ときどき用事があってその方面に行くときには
電車越しに見えるその建物と大きな看板(線路の近くなので目に入る)を
見ながらずっとなつかしく思っていて
「いつか行ってみたいなあ」と思っていたのだ。

あのころ、わたしには叶えられなかったことがいっぱいあった。
仕事で会う時はいつも作業着でろくにお化粧もできなかったし、
ガチガチに仕事に固められていて、自由じゃなかった。

好きな服を着て、好きな化粧をして、ただの女の子として
もういちどあのひとのいた場所に立ってみたかった。
もうあのひとはそこにいなくっても。

最寄りの駅は快速は止まらなかったので
途中で普通に乗り換えて、目的の駅で降りた。

電車が目的の駅に近づくにつれ、
まるであのひとに会うみたいに心臓がどきどきして、
どきどきしすぎて逃げ出したくなって
「ああこの感じひさしぶりだな」っておもった。

あのとき、わたしはあのひとの顔色ばかり見ていて
言いたいこと何も言えなかったけど、
今もしも会えたなら言いたいこと全部言えるだろうか。
言えないとだめだな、あんなに苦しんだ3年間の意味ないな。
もしも会うことができたなら
思っていたこと全部言えるくらい強くならないと。
外見ばっか頑張ってもだめだな。
あのひとじゃなくて、もしも今後新しく好きな人が出来たとしてもそうだ。
今度は「好き」とか「一緒にいたい」とか全部ちゃんと言うんだ。
そんなことを考えながら改札を出て歩いた。

今日は日曜日だし、あのひとは異動になっているから
絶対会わないはずだけど万一出くわしたらどうしよう。
あのひとじゃなくても、わたしの顔を知ってる他の社員の人が
休日出勤していたら??
そんなことを考えたら「もうあたし何しているんだろう??」
って思ったけど、ここで引き返すのも間抜けすぎる。
絶対引くものか。
すがるような気もちでエンドレスリピートした
ウォークマンの大森靖子ちゃんの「君と映画」を聴きながら
精いっぱい普通の顔をして歩いた。

そのあたり一帯が工場地帯で大きなお店などもないので
日曜日の今日は特に人がまばらだ。
トラックは全然通らないものの、休日出勤が普通なのか
どこの工場も出入り口の門扉は空いていて守衛さんがいるようだ。
うらさびれた道を一人歩くわたしは端から見ればかなり浮いていたと思う。

あのひとのいた工場が近づくにつれなつかしい匂い、なつかしい景色。

もっと感極まるかとも思っていたけど、ちょっと違って
ただ単純になつかしいだけだった。
当たり前だ。
工場はあのひとと出会った場所なだけであって、あのひと自身ではない。
だから動揺なんてしたりしない。

せっかくなので工場の周りを1周ぐるっと回って帰ることにした。

外周をぐるっと回るのは初めてだ。
分かってはいたけれど広い。そして古い(ぼろっちいとも言える)。
高いグレイのコンクリートの壁(もうわたしは中には入れない)、
錆びた有刺鉄線やタンク、トタンの壁、松や夾竹桃の木、伸び放題の草。
殺風景ではあるけれど、どこか荘厳な気がした。
あのひともよく見限ったような、えらそうな口調で
まるで自分の持ち物のように言っていた
「うちの工場はもう古いからダメなんですよ」って。
でも改めて今ならわかる、
あのひとは自分の仕事も会社も誇りに思っていた。
改めてそんな風に自分の仕事に愛着を持てるっていいなあっておもった。
わたしは前の仕事も今の仕事もそんなに愛着ないや。
相変わらずわたしはだめだなあ。

歩きながら他にもいろいろ考えた。
あのひとがいなくなってから、ひどいこと嫌なこといっぱいあった。
あのひとの職場の事務員に嫌がらせをされたこともあったし、
既婚者の上司やべつのお客さんに言い寄られたこともあった、
友達のふりして近づいてきたレズに怖い目に合ったこともあった。
人ってこんなに他人に失礼なことできるんだ、って衝撃だったし
こんなに他人の気持ちとか倫理とか無視して
自分のやりたいこと押し付けてくるんだ、って呆然とさせられた。
怖かった。ずっと苦しい3年間だった。
でもあのひとがあたしにしたことはあたしの元を去っただけであって
それ以外のことについてはあのひとは知らないだろうし、
あのひとは無関係だ。
だからあたしの苦しさについてあのひとを責めることはできない。

工場のそばにあった、いつ通っても閉まっている占い喫茶とか、
園児の姿を見たことがない幼稚園とか、そういうところも歩いた。
工場はわたしを拒絶しているように感じたけど、そういうものたちは
わたしのことを覚えてくれていて味方のような感じがした。
ちゃんとわたしたちが心を通わせていたことを証明してくれる
保証人みたいな。

前の仕事を辞めてからはずっと好きな人のいた工場に行くのは
自分の中でタブーだったんだけど、
行ってみるとそんなに難しいことではなかった。
もしもまた来たくなれば来てもいいのだ。
そう思えると、それだけでこわばっていた心がすこしほっとする。
気持ち悪かろうが、未練たらしかろうが、
すがれる場所があるのは大事なことだ。

好きだった人に対しては、
素直に幸せでいてほしいとは思えないけれど
不幸でいてほしいとも思えない。まだ複雑な感じだ。
でもあのひとは絶対踏みはずさない人だからたぶん大丈夫だろうと思う。
わたしよりも賢く、大人だったし
あのひとが失敗しているところなんて想像できない。
そういう「大丈夫な感じ」だから好きだったのだ、たぶん。
さて、わたしはこれからどうやって幸せになろうか。
そっちの方が問題だ。まだ全然ビジョンが見えないなー。
そう思いながらまた最寄り駅の改札に入った。

工場は好きな人と出会った場所であって、好きな人ではない。
そんなことを思っていたけど、でもやっぱり行ってみると
くすんでいた好きな人の記憶が少しだけきらめいたような気がして
うん、やっぱり行ってよかった。
自分にたりないものとかまだ未熟なところとか改めて気づくことができた。
もっともっと内面から強くなろう。




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