喫茶店ロイヤル

ショックだ。
職場の近くのお気に入りだった喫茶店が
知らない間に閉まってしまった。

お店の入り口には写真付きのメニュー表がまだ貼ってあるし、
ママの字で「しばらくお休みします」と貼り紙も貼ってあるけれど
人の気配はなく、今週店の前を通ったら
不動産会社のポスターと「For Sale」のチラシが追加されていた。
もう開ける気はないのだろう。

ときどき娘の元カレらしい男の子がバイトで入ったり、
(娘と別れたけどバイトは辞めなかったの、ってママは笑ってた)
友人らしいおばさんがお店を手伝ってはいたけれども
基本はママ一人でやっている喫茶店だ。

わたしと同い年くらいの娘がいると言っていたので、
年齢もわたしの母と同じか少し若いくらいだったのではないかと思う。

今の職場に転職したばかりで仲のいい子もいなかった頃、
よく一人で通っていたせいか、ママには可愛がってもらっていて
わたしは内心、勝手に「大阪のおかあさん」と慕っていた。

当時、職場の女子は怖かったし、仕事はよく分からないしで
毎日びくびくしていたけれど、
ここに来ると穏やかで時間の流れがゆっくりで
ほっと一息つくことが出来た。

仕事に慣れてからもロイヤルは大好きな場所で
ママと話すとリフレッシュできた。
ピークが過ぎた後にゆっくり世間話をしてもらえると
特別扱いされてるみたいでうれしかった。
よく帰り際にお菓子をもらって帰った。

それなのに閉店なんて。

どうしよう、何から書けばいいだろう。
ママのこと?喫茶店の雰囲気のこと?ママの作るランチのこと?

ひとつずつ整理して書いていきたい。

ママはまっすぐの黒い長い髪をしていて、
いつも営業中は頭の上の方でひとつにまとめていた。
いつもしっかりと化粧をしていて、美人なのだけれど
色が白いとことか細身であること、髪の毛の様子なども手伝って
どこか雪女を連想させた。
美人って何も苦労していないでのほほんと生きてきた美人と、
傷だらけになりながらもいろいろな面倒事を倒して、死守して
全てを糧にしてきた美人と2種類あると思うのだけど、ママは後者で
芯の強さというか、有無を言わせない気迫のようなものがあった。
ママは強くてきれいな人だった。

喫茶店は古くて小さなビルの1Fで(あまりにもひっそりとしているので
普通に歩いていると見落としてしまうと思う)、
2Fは居住スペースらしかった。
というのもときどき、カウンター横のドアを開けて
ママのお母さん(つまりおばあちゃん)が降りてくるからだ。

ママが常連客と話していた情報などによると
おばあちゃんは以前に脳卒中かなにかで倒れたらしく、
ずっとママが介護していたらしい。
今はだいぶ良くはなったものの、
足は不自由で杖を突きながらゆっくりでしか歩けないし
外出する際は車いすのようだった。
すごいのがそのおばあちゃんで、歩くのもやっと、
身体もかぼそくて壊れそうなのに、いつ見てもばっちりきれいにお化粧して
つば広の帽子なんかもかぶってめっちゃお洒落だった。
ママはおばあちゃんのことを「我が強くて大変で」とこぼしていたけれど
その血は確実にママにも引き継がれているな、とわたしは思っていた。
例えば毎日ばっちりお化粧をしているとことか。
身ぎれいであることにママもおばあちゃんもすごく気を遣っていたと思う。

わたしがママについて知っていることは
・子どもの頃片親で育ったこと(片親だからと言われないように、
 母親から書道やお花などたくさん習い事をさせられたと言っていた。)
・ママ自身もシングルマザーだったけれども最近再婚したこと。
・喫茶店は所有のビルで、閉めるに閉められずに仕方なくやっている
 らしいこと。(これは同じ職場の人から聞いた、母親から引き継いだの 
  だろうか?)
・猫が好きで飼っていること。

喫茶店のメニューはサンドイッチが何種類か(ハムとか玉子とか)と
小倉トースト、ジャム付きトースト、ピザトースト、
ナポリタン、オムライス。
全部のメニューにドリンク、サラダ、フルーツ(オレンジとバナナ)
つきで、オムライス以外はゆで卵もついた。

わたしがロイヤルを好きになったきっかけの一つがフルーツで、
わたし自身、普段そんなに果物は好きではないのだけど、
ランチが運ばれてきたときに小さいお皿にちょこんと乗っている
カットされたバナナとオレンジ(食べやすいように切り込みが入っている)が幼稚園とか小学校とかの給食みたいでなつかしくて、
すごくうれしかったのを憶えている。

わたしが特に好きだったメニューは
甘いデニッシュトーストのサンドイッチ。
トーストしたデニッシュ食パンに粉チーズ入りのからしマヨネーズを塗って
ハムといっぱいのキャベツがサンドしてあるやつだ。
食べているといつもキャベツをこぼしてしまうので、
膝にハンカチを広げて食べた。
飲み物はつめたいミルクコーヒー。
シロップを多めに入れて飲むのが好きだった。
サンドイッチは二切れにカットされているので、
一切れ食べたら間にゆで卵をはさんで、またサンドイッチに戻って
最後はフルーツで締めるというのがわたしの食べ方だった。
サラダにかかっているすりおろしリンゴ入りのドレッシングも
ママのお手製でとても美味しかった。

メニューには載っていないのだけど、
ときどきかぼちゃの煮つけとか
具だくさんのお味噌汁(お味噌汁なのにスープみたいな味がする)とかもサービスしてくれて、ママの料理はどれも美味しかった。
「ママは料理が上手でいいなあ」って言ったら
「あたしはこれしか得意じゃないから」なんて言ったりして、
ママ、めっちゃいい女だなあって憧れた。
冗談で「教えてあげるわよ」とかも言ってたなあ、本当に教わりたかった。

ママが出してくれるランチは
お皿やカップもいつもきれいなお花模様のもので
わたしはロイヤルできれいなお皿で食事をすることの嬉しさみたいなのを
教わった気がする。

お店のメニューはすべてママの手書き(もちろん達筆)で
BGMがわりに小さなブラウン管のテレビから
いつも海と動物の青っぽい映像(シロクマとか魚とか)が
ピアノ音楽と一緒に流れていた。
猫モチーフの置物とかもたくさん飾ってあったけれど、
「それらは全部お客さんからもらったものだ」と言っていた。

まだ閉店したなんて信じられないけれど、
いざ閉まってしまうとロイヤルに通っていたあの頃、
あの空間、ママの存在すべてが夢だったような気もしてくる。
そういう非現実な感じがロイヤルにはあって、
そこにわたしはいつも癒されていた。

あんなに可愛がってもらっていたのに、
ママの名前も連絡先もわたしは知らないんだな。
いつだってそこに行けば会えると思っていた。

ママのこともお店のことも、ママの作るごはんも大好きだったから
もうあの空間に入れないこと、
ママに会えないことがすごくかなしいけれど、
ママが死んでしまったわけではないし、
ずっと今まで毎日頑張って仕事をしてきたのだから
旦那さんとのんびり楽しく暮らしていると信じています。

またどこかで会えたらいいな。






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