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水木一郎さんのこと

(Facebookからの一部加筆 転載です)

水木一郎さんは 私にとって 「アニソン界のアニキ」 の前に
大尊敬する「うたのおにいさん」でした 。おかあさんといっしょの二代目の お兄さんだった水木一郎さんとはファミリーコンサートでよくご一緒させて頂きました。


1980年代は、まだまだ「子どもショー」と呼ばれるファミリー向けイベントが全国各地で開催されていた時代。

「デパートの屋上・催事場」
「遊園地の野外ステージ」
「市民会館や公民館」など、色々な場所で
 このようなイベントが毎週のように行われていました。

その出演者は、NHKの子ども向け歌番組出身の
歌のおにいさん、おねえさんがペアを組まされることが多く、
水木さんとも何回もご一緒させて頂きました。

水木さんはどんな会場であっても、歌の迫力はもちろん!なんですが、それに加えて観客を引き込むトークや、ちょっとした歌遊び手遊びなどの引き出しがとんでもないレベルで、いつも圧倒されてました。


少しでも、「この観客を楽しませる技術を学びたい!」
「見習えることは全部見習おう!」と
毎回意気込んでました。
たくさんたくさん勉強させて頂きました。


私がお役に立てた事はほとんどなかったと思いますが
それでも当時、まだDTMもシーケンサーもなかった時代でしたが、オープンリール4トラックマルチを持っていて多重録音で音源を作れたので、

ステージで使う簡単なカラオケ(季節の歌のメドレー)などを何曲か制作させて頂いたことがありました。

A-3340 画像は「オーディオの足跡」さんからお借りしています


つたないアレンジでしたが、歌って頂けて光栄でした。

下の写真は1979年に初めてご一緒させて頂いたファミリーミュージカル「魔法のステッキ」のポスターの1部です。

北海道の全地域を1ヶ月かけて巡演しました。


水木さんの隣に写っているのは、4年前に亡くなられた体操のお兄さんの
瀬戸口清文さん「セトちゃん」です。
セトさんにも本当にお世話になりました。

きっと今頃水木さんと「おかあさんといっしょ」時代の懐かしいお話しをされているのではないでしょうか。

素晴らしい先輩方の哀しいお知らせが続く日々ですが、自分自身、教えて頂いた数々の学びを忘れず、感謝の気持ちで真摯に生きていきたいと思います。


当時 水木さんがよくサイン色紙に書かれていた言葉
「我以外 皆 師なり」を胸に
心からご冥福をお祈りします

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