兵庫県知事選挙、金沢和夫候補の三宮個人演説会について

7/1に三宮行われた、兵庫県知事選挙のかなざわ和夫候補の個人演説会です。Hyogo15さんに書き起こしいただいたものをここに掲載させていただきます。大変胸を打つ演説です。ぜひご覧ください。

兵庫県知事選挙 かなざわ和夫 個人演説会https://youtu.be/-KKkcv3I6IE


かなざわ和夫です。
声がこういう状態になっておりまして、日頃の私をご存じの方は、「かなざわさん、けっこういい声してるよね」って思われている方は大勢いらっしゃると思うんですけど、今はこの状態です。もう治療を始めてますので、徐々にこれから、また元の美声に戻っていくと思います。今日はこの状態で我慢していただけるかと思うんですが。


私、今までいろいろお話しいただきました。兵庫県で15年間、副知事11年でしたけれども、これだけ仕事をさせていただいて、本当に私の人生のなかで素晴らしいものを、この兵庫県でいただいた。これが今回の立候補のスタートラインになっています。


よく「五国の多様性」と言われますけれども、実際にそれぞれの五国の各地域を訪れてみて、五国だけじゃない、五国の内側でも、いろんな地域に素晴らしい違った魅力がある。素晴らしい違った可能性がある。そういうことに、知れば知るほどはまっていきました。言わば、はまっていきました。こんなに豊かで多様な魅力のある地域っていうのがあったのか。私、知れば知るほど、この兵庫県のことが好きになりました。


もう一つ、人も同じです。それぞれの素晴らしい多様な地域のなかは、ものすごく魅力的で素敵な人がいるんです。そういう人たちが、それぞれの地域のなかで活動していて、いろいろ悩んで、子どもの未来をどうするのか、っていうようなことを一生懸命考えている。私がお目にかかると一生懸命語ってくれる。「県、どうしてくれる」「私はこう思う」「こうしてくれないか」。こういう議論を本当に真剣にやって、たたかわせてくれる人が大勢いました。


それが、それぞれ地域も多様ですけど、人間も多様です。でもそれぞれ、ものすごく魅力的で、私にとっては、すごく素敵な人々だと映りました。これも、兵庫県の人、知れば知るほど好きになった。この地域も人も、この兵庫県にあるもの、本当にこの15年、ある意味では短いですけど、ある意味では長い、この間に知れば知るほど、私も兵庫県を愛するようになって、まさにここは、ふるさとにしたい。そういうふうに思うようになりました。


県議会の退任あいさつのときに申し上げたのですが、私は、生まれは兵庫ではないんです。生まれは神奈川でした。ただ、この生まれた場所っていうのは、私が選んだわけじゃないんです。親が選んだんですから。たまたまなんです。その後、いろんなところで勤務をし、いろんなところで暮らしました。

この兵庫では合計15年、暮らすことになって、まさにこの兵庫をふるさととして、私のふるさととして受け入れる、というか、ふるさとにしたい。このふるさとである兵庫で命を終えたい。そういうふうに思うようになりました。それは自分で選べますから。私は、この兵庫県を、私の最後の地、ふるさとの地として選ぶことにしました。これがあるから、今、知事選挙に立候補する。そういう土台があるんです。


私自身は今回、いろんな候補者がいるなかで、私こそ兵庫の候補者だと思っています。兵庫の候補者。大阪の候補者でもない、東京の候補者でもない。純粋な兵庫の候補者。実際に、出陣式のときから、私の応援にいろんな先輩が立っていただきました。いろんな方々が立っていただきました。全員、兵庫で活動されている、兵庫を愛する、兵庫を大切にする、そういう応援の皆さまだけです。

別に、東京からタレントや、大阪から高名な政治家や、そういう方たちが応援に来てくれるということはありませんでした。今もありません。他の人にはあるかもしれませんけど、私の応援をしてくれる人は、すべて兵庫の人。兵庫を愛する人。これは、私にとってはものすごく大きな誇りです。私はあくまでも、兵庫の人たちから支持される、兵庫の人たちから応援される、兵庫の候補者として勝ちたいと思っています。

今回の知事選挙。他にもいくつかポイントがあるかもしれません。私の立ち位置について、「改革なのか、継承なのか」、報道機関などではそういう位置づけを問われることがあります。「かなざわは継承だ。したがって改革ではない」「改革はこちらだ」というような印象が多くの人たちに伝わっている。そんなイメージがちょっとあります。報道の切り口の仕方で、二元対立で「改革か、継承か」、どちらか一つ。「かなざわは井戸知事の副知事だから、井戸知事の継承」「もう一人は違うから改革」、こうなってしまう。しかし、本当にこの切り口が正しいか。正しいわけはないと思います、私は。

私自身、15年間、兵庫県庁で仕事をしてきました。その間だって、兵庫県庁はずーっと改革しつづけてきました。行財政改革やりっぱなしです。同じ知事でも、同じ井戸知事のもとで、改革はちゃんとやり続けるんです。ですから、改革はすべての組織に、県庁だけじゃないです、おそらくどこも、民間企業の組織だって同じだと思います。改革はやっていかなかったら、時代に合っていかないです。だから、必ず改革はやるんです。でも、何を改革するのか、何を改革しないのか。これを見極める。これこそ改革の神髄だと思うんです。


行財政改革もそうでした。兵庫の行財政改革は、阪神・淡路大震災のときに負った膨大な負債、これをできるだけ減らしながら、時代に合ったものに、時代に合った行政に変えていく。ですから、コスト削減、歳出の抑制というのはずっとしなければいけないんです。借金ずーっと返し続けるわけですから。

それを耐え忍ばないといけない。でもそのために、県民サービスを切って対応するのであれば、これ簡単な話です。借金を返すために仕事をしない。こんなことをやるんだったら簡単です。でも、そんなことできないです。したらいけない。それがわかるから、じゃあ改革するときに、兵庫県政のなかでどの部分は抑える、歳出抑制することができるのか、どの部分は抑制したらいけないのか、これを見極めることが必要です。

これをやってきたのが井戸知事であり、私であり、県庁職員みんなです。ですから、改革のいちばん大切なことというのは、改革すべき県政なら県政、その内容をしっかり知って、どういうところは守るべきもの、どういうところは直すべきもの、それをしっかり知った上で、ちゃんとその内容に応じた判断を下すこと、これこそが真の改革者。改革というのは、そういう見極めをした上で正しい選択をするのが「真の改革者」です。


ですから、「継承と改革」というのはいつもセットだと私は思っています。そして兵庫県のなかには失ってはいけない大切なもの、これからも語り継いでいかなければいけない、これからも受け継いでいかなければいけない大切なものっていうのがいくつもあると、私、かなざわ和夫は感じています。この15年の間に。


たとえばさっき知事がおっしゃいました。(9:48)五国それぞれ、兵庫の五国、いろんな違いがあります。摂津の国というのは比較的経済力もあり、人口もあり、声も大きい。但馬や淡路というのは人口も少ないし、端っこのほうにあるし、なんとなく声も小さい。但馬の人なんかほんと奥ゆかしいです。大声をあげません。それでも、そういう地域こそ兵庫県を構成する、大事なメンバーの一つなんだということをしっかり認識して、これまで兵庫県政は取り組んできました。これまで、歴代の知事は淡路や但馬を決して軽んじることなく、軽んじるどころか大切にして、そういうところにこそ投資をして、光を当てなければ、兵庫五国全体として輝かないんだ、そんなつもりで県政が組み立てられてきました。これはものすごく大きな兵庫県の宝だと思います。


私が、兵庫県がめざす姿として「どの地域も共に輝く兵庫」、こういうイメージ、これがめざすべき姿だと思ったのはそこにあります。これこそ、歴代ずっと兵庫県に人たちが受け継いできて、兵庫県の人たちが今も大切にすべきだと、おそらく思っている大切な価値観。だから、これをちゃんと受け継いで目標として掲げ続けなければいけない。これが私の思いです。これ、継承すべきものです。


もう一つ。井戸知事がずっとやってこられました。参画と共同という、この理念もあります。それぞれ、歴代の知事の表現方法は違います。ただ、本質的に見据えているのは、県民の皆さんの生活レベル、この生活レベルというのが県政の最後の目的です。これを維持する、これをよくするために県民の皆さんと一緒になって取り組む。これが必要だ。この感覚というのは県政歴代ずーっと受け継がれています。だから、県民運動というのが非常に活発で、阪神・淡路(大震災)のときにはボランティア、これが日本のなかでは真っ先に芽生えた。

その後もNPO、NPO法人が活発に活動している一番の県が兵庫県です。こういう活動に結びついている。この、県民と一緒に県政を作り上げていくんだ、行政だけが突っ走るんじゃなくて、一緒にやって初めて県民のためになる、より県民のためになるような県政、地域を作っていくことができるんだという、この感覚は、この兵庫県が持っている大変大切な宝物だと思います。


全国、他の地域のなかでも、やはりこの兵庫県こそそういう感覚に基づいて、これからも地域づくりに取り組んでいく。お互いに共生し合いながら、お互いに助け合いながら、それから県と県民というのも、いつもコミュニケーションを取る必要がある。市民と行政がしっかりタッグを組む必要がある。そういう感覚を持ちながら努力していかなければいけないという、この目標、この感性というのは今後も守り続けていかなければならないものだと思います。


こうしたところを一つひとつ、他にもいろいろあると思います、守らなければいけないもの、もっと細かいレベル、具体的な政策でもあります。絶対切ったらいけないもの、あるいはこれは見直したほうがいい、時代と共に、時代に合った形に見直したほうがいいと思うもの、もちろんいろいろあります。ですからそのいろいろ、いろいろをしっかりと知って、知った上で、価値判断をして、判断をした上で対処する。これが新しい知事の、これまでの知事もそうしてこられました。新しい知事も、これこそちゃんと自分でそれをおこなうことができる知事でなければ、これまで積み重ねてきた兵庫の流れ、兵庫の歴史、兵庫のいいところ、ズタズタになります。それであってはならない。私はそうあってはほしくない。


私はやっぱりこの兵庫が好きですし、大切ですし、これまで兵庫が受け継いできたいいもの、これはぜひ守りたい。そういう思いで、私が知事の立場になって、皆さんと一緒にその見極めと対処をやり遂げたいと思ったんです。
ぜひこの私の思いを大勢の人たちと分かち合いたい。大勢の有権者の皆さんから「わかった。かなざわ、頑張れ。県知事として一緒にやっていこう」そう言ってほしい。心の底から願っています。


状況は楽ではないんです、実は。根拠があるのかないのかはありますけど、いろいろ感覚的に捉えた限りでは。候補者も5人います。結構有力です。一般的なコロナのもとで、みんな我慢している。ずーっとつらい目に遭ってきている。ここらで世の中ガラッと変えてほしい。そんな気分もおそらくあるんだろうと思います。ですから、私の置かれている状況というのは決して楽なものではないです。


私がここでいくら偉そうなことを言って、これが次の知事のあるべき姿だと言ったところで、実際に私がその責任を果たす立場にならなければ、ただしゃべっているだけです。何の意味もありません。別の知事が別のことをやるだけです。でも私はそれは嫌です。私はこの兵庫県のために、私のこの感覚をもって、これから兵庫県づくりをしたい。皆さんにもそうしてほしい。


ですから、状況は厳しいですけれども、ぜひこうした私の考え方に賛同いただける方は、私を押し上げてほしい、その立場に。責任を果たさせるように。「言ったことをちゃんとやれ」と。「責任をもってお前がやれ」「やります」。そういう立場に押し上げてほしいと思います。


残りの時間はあまり長くありません。でもまだ間に合うと思います。今日、こうして話を聞いていただいた皆さん。そして、その周りの皆さん、友達、お知り合いの方、ご家族、いろんな方々。さらにさらにその輪を広げていただいて、私を、こうやってしゃべっている、あるべき兵庫の姿を追い求める者としての、知事の座に押し上げる、そのお力をぜひお貸しいただきたいと思います。その力を持っているのは私ではないんです。私はしゃべることはできます。でもその知事の座を本当に得させていただけるのは、有権者である皆さんがその力を持っています。その力は私ではなくて皆さんの方にあります。

ぜひそのお力を私にお貸しいただきたい。その力をもって私に「知事の責任を果たせ」、そういう意思表示をしていただきたい。より大勢の皆さんにそのお持ちの力をもって私を押し上げてほしい。
今日、この素晴らしい場を設けていただきました。大勢の皆さんに私の話を聞いていただくことができました。この貴重な場、私としては今申し上げたような皆さんの力をぜひお借りしたい。これを最後、どうしてもお伝えしたいメッセージとして、させていただきたいと思います。


どうかお力をお貸しください。切に切にお願いします。どうかお願いします。

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