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入手: Thomas de Hartmann, Op. 51

先日(2024年3月上旬頃)米国のとある古書店から入手したトマス・ド・ハルトマン Thomas de Hartmann(以下、TdH)のヴァイオリンとピアノのためのソナタ Op. 51のスコアとパート譜だが、自分はこれがほぼ日本国内における唯一のコピーであると想像している。もちろん絶対とは言えないが、おそらくそういうことになると思う。以下、どうしてそのようなことが考えるのかの理由を説明する。

TdHが一連の「グルジェフ作品」における共作者(ピアノ・アレンジャー)としてではなく、彼自身の名義で作曲された作品が取り上げられ始めたのは割とまだ日が浅く、The Thomas de Hartmann Project(以下、Project)としてピアノ曲、歌曲、室内楽をカバーするアンソロジーが発表され、いったんの完成を見た2016年である。(もちろん1950年代など、彼の作曲作品がメジャーな出版社から発表されていたのであるから、生前から一定の認知のあった作曲家ではある。)このアンソロジーは、TdHの代表作を時系列に並べて集めた7枚組のCDとして発表されたものだ。TdHの音楽が21世紀になって再評価され始めているとすれば、それはグルジェフ・スクールのピアニスト、Elan Sicroff氏がほぼ70〜100年振りにTdH作品を取り上げて録音を大々的に開始したからに他ならず、それ以前には録音されたものが存在しない。(カザルス・スクールのヴァイオリニスト、Alexander Schneiderが1952年に演奏したという記録はあるが、録音物は少なくともリリースされていない。)

Discogsで調べても明らかだが、グルジェフ関連の音盤は今日1000を超えており、グルジェフ作品として知られる音源のこれだけの急速な増大を考慮すれば、一過性のブームを超えて、明らかにひとつの確固たるジャンルを成している。だが、作曲家TdH自身の作品の録音は、上に述べた「Project」という形でSicroff氏が発表するまでは、「ほぼ皆無」であった。(厳密には、Sicroff氏自身によって録音されたグルジェフ作品の2枚目のCD (2000年)にTdH初期ピアノ作品、Op. 7の内の3曲がひっそりと収録されているのを除いては、皆無。)

私は「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ Op. 51」を知った時、圧倒的なまでのその求心的な磁力と自由奔放な精神、そして波状に迫ってくるいくつもの山場に魅了された。この曲は他のTdHの秀逸な作品と比べても、頭ひとつ飛び出しているような例外的なエポックメイキングな作品であると諒解できたし、彼の人生の重要なエッセンスが詰め込まれたような音楽であることがわかった。それで、すぐにでもその楽譜を見てみたいと思ったのだった。

そこで試みたことは、桐朋音大のライブラリーを訪れ、「Thomas de Hartmann」の楽譜が国内にないかを調べることだった。日本国内のすべての音大のライブラリーはデータベースを共有しているため、国内のどこかの音大図書館に楽譜が存在していれば、桐朋音大のライブラリーの検索機でもそれはヒットする。桐朋の図書館司書の助けも得ながら調べたのだが、グルジェフとの共作で知られる一連の作品の楽譜以外は、何ひとつとして存在していないのだった。何ひとつとして、だ。ここから言えることは、1950年代までにBooseyから出版されたことのあるTdHの楽譜は、「ひとつも日本に来ていない」ことになる。その時代に米国でTdHの音楽を聴いて、譜面を購入して個人的に日本に持ち帰るというような人がいない限り、日本にはその譜面は存在しないのである。万が一、日本に持ち帰った人がいたとしても、それが国内で演奏されたという史的記録はない。グルジェフ・ワークや、グルジェフの思想や音楽に関心がある一部の人々を除いては、TdHは日本国内ではかくも「知られていない作曲家」として21世紀を迎えてしまったのである。

今回、このヴァイオリン・ソナタの譜面を個人輸入できたのは、TdHの名前でその譜面が中古市場に出回っていないかどうか、定点観測的にチェックを怠らずにきたからだが、初めて同曲を聴いて以来、すなわち2017年からずっと強い執念をもって探してきたが、今年に入るまですべて絶版になっている彼の楽曲の楽譜は、一向に市場に出てくる気配さえなかった。その探索の中で、ヴァイオリン・ソナタではないが、私は1つの古書の譜面をすでに個人輸入している。それはやはり同Projectでも網羅されている美しい歌曲「ある詩人の愛〜プーシキンによる9つの謠(うた) Op. 59」というもので、ヴァイオリン・ソナタと作曲時期が近い。これも狂喜しながら入手したのであった。

この譜面が入手できたことによる副産物的な効用があった。それはその譜面の背表紙に出版済みの40余りのTdH作品のカタログが印刷されていたことだ。「声楽」、「ピアノソロ」、「チェロとピアノ」、「室内楽」、「オペラ」、「ヴァイオリンとピアノ(!)」、そして交響曲を含む「管弦楽」という風にカテゴリー分けされて印刷されているのだった。ここに、はっきりとヴァイオリン・ソナタの譜面が出版されていたという記録が記載されていたわけである。この日からいつか絶対にヴァイオリン・ソナタの譜面を見てみたいという強い願望がさらに堅固なものとなった。

そして今年の2月についにそれをネット上に見つけた。

日本におそらく唯一存在しているこの譜面の演奏をすれば、日本初演になるに違いがないのだが・・・

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