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鉄道貨物倍増計画 : 10年で何ができるか?

鉄道貨物倍増計画

2023年9月30日、こんなニュースが報道されました。

国土交通省は、トラックドライバーの労働規制強化による輸送力不足問題(いわゆる「2024年問題」)の対策として、鉄道・船舶の輸送量を10年でそれぞれ倍増させることを目標とするとのことです。

鉄道は、かつて陸上貨物輸送の主役といえる存在でした。
幹線だけでなく地方のローカル線でも、貨物列車が駅ごとに貨車を繋いだり切り離したりしながら走っていたのです。
しかし、トラック輸送のドアtoドアの便利さにはかなわず、主役の座はすっかり自動車に取って代わられてしまいました。

国鉄分割民営化によってその貨物業務を引き継いで発足したJR貨物は、当初はその先行きに悲観的な見方も多かったようですが、長年の経営努力が実り、最近では黒字を出す年も現れるようになりました。
しかし、この経営改善は輸送量の少ない不採算路線や、復路が空車になる専用貨物列車などの不採算列車を廃止したことの寄与が大きいもので、鉄道による貨物輸送量自体の減少傾向は変わっていません。
その鉄道貨物を倍増させようというのですから、相当な困難が予想されます。

ニュースが出てからのんびり書いていたらこんな時期になってしまいましたが、この記事では、日本の鉄道貨物を代表する大動脈である関東ー関西を例に、鉄道貨物輸送量倍増の困難さを紹介し、10年で目標に少しでも近づくには何ができるのかを妄想していきたいと思います。
なお、本記事で考察に用いるダイヤについては、特に断りのない場合コロナ前の平成31年3月改正ダイヤを用います。

輸送量の構成要素


貨物列車の最大輸送量は2つの要素の掛け合わせで決まります。
すなわち、
「1列車あたりの最大輸送量」と「列車の本数」です。
実際の輸送量には「積載率」も関わってきますが、この記事では理論上の最大輸送量について主に取り扱うこととします。

方策A 1列車あたりの最大輸送量を増やす

東京ー博多で最も輸送量の多い列車は、コンテナ貨車26両を用いた列車重量1300トンの列車です。

列車重量とは、貨物を積載した状態での貨車の総重量です。
列車重量1300トンのコンテナ列車の場合、貨車本体・コンテナを除いた貨物そのものの重量は、積載されているのが鉄道貨物で一般的な5トン積み12フィートコンテナである場合、約半分の650トン程度になります。
最大輸送量を増やすには、貨車を増やして列車を長くするのが最も効果的です。

しかし、貨物駅のホームの長さ、駅の待避線の長さは簡単に引き上げられるものではありません。
特に東海道本線では駅周辺の都市化が進んでおり、拡張用地の確保は極めて困難です。
実際、国鉄民営化当時1200トンであった最大列車重量を引き上げるため、1993年から2011年まで18年の歳月と185億円の費用をかけて東京ー福岡の設備の改良が進められましたが、引き上げることができたのはわずかに100トン(コンテナ貨車2両分)でした。
また、現在JR貨物が保有している機関車も最大牽引重量1300トンを前提に設計されており、列車重量を増やそうとするとスピードを落とす必要があります。
こうした理由から、貨物列車の増結は現実的ではなさそうです。

より現実的な対策としては、第一に12フィートコンテナが複数必要な大ロット貨物を31フィートコンテナに切り替えることが挙げられます。
12フィートコンテナは5トン積載でき、コンテナ貨車1両に5個載せられます。
一方、31フィートコンテナは13.8トン積載でき、コンテナ貨車1両に2個載せられます。
すなわち、12フィートコンテナでは1両あたり25トンの貨物を輸送できるところ、31フィートコンテナでは27.6トン輸送できることになり、貨車を増やすことなく輸送量を約1割向上することができます。

第二に、機関車牽引の高速コンテナ貨物列車の最高速度を100km/hに統一することがあります。
東海道本線の高速貨物コンテナ列車の最高速度は
130km/h 高速貨物電車スーパーレールカーゴ
110km/h 列車重量1200トン以下の電磁自動ブレーキ使用列車
100km/h 列車重量1200トン超の電磁自動ブレーキ使用列車
95km/h 電磁自動ブレーキ非使用列車
の4種類があります。
このうち、110km/h列車は増結し輸送力を増強、95km/h列車は電磁自動ブレーキを使用し高速化して、スーパーレールカーゴ以外の列車を100km/hに統一すれば、列車同士の追い抜きが最小限となり列車間隔を縮めることができます。

方策B 列車本数を増やす

①新たな時間帯に増発する

貨物列車が東京を出発する時間は、夜に集中しています。
昼間に工場を動かし、操業後に製造した製品をコンテナに積み込んで貨物駅に送ると、ちょうど夜になります。
旅客列車も夕方のラッシュが終わると本数が少なくなるので、貨物列車の走行に都合が良くなります。

逆に、貨物を受け取る時間としては朝が都合がいいので、東京に到着する時間は早朝に集中します。

これらの需要の高い時間帯、特に下り深夜帯は10分に1本程度貨物列車が発着しており、増発余裕はありません。
より早い時間に下り列車を発車させると、東海道貨物線の終わる小田原以西で旅客列車がまだ多い時間帯にかかってしまいます。
より遅い時間に発車させようとすると、現状わずか3時間程度である保線作業時間をさらに削ることになってしまいます。
3時ごろ、保線作業が終わってから発車すると、後述の理由により最もダイヤに余裕のない名古屋地区を朝ラッシュ時に通過することになってしまいます。
実際、この時間帯には7本の下り列車が設定されていますが、朝ラッシュ時にに名古屋を通過するのは1055列車(東京貨物ターミナル→福岡貨物ターミナル)1本のみで、他は静岡地区で長時間停車するなどして時間調整を行い、名古屋を9時以降に通過します。

他の時間帯より増発余裕があり、現実的なのは昼間です。
しかし、需要が少なく貨物が集まりにくいことが想定されます。
対策としては、現在列車設定の少ない昼間や休翌日などに人気時間帯よりも割安な運賃で利用できる列車を設定することが挙げられるでしょうか。

②線路容量を増やす

名古屋地区の貨物線問題

東海道・山陽本線の貨物列車は、首都圏では東海道貨物線(東京貨物ターミナルー小田原)、関西圏では複々線の快速線(草津ー吹田貨物ターミナル、尼崎ー西明石)および北方貨物線(吹田貨物ターミナルー尼崎)を走行するので、比較的ダイヤに余裕があります。

しかし、名古屋地区では複々線区間は名古屋ー稲沢のみであり、複線区間には旅客列車も多数走ることからダイヤに余裕がありません。

国鉄時代には、大府ー名古屋貨物ターミナルー名古屋というルートの貨物線(南方貨物線)を建設することでこの問題を解決する計画がありましたが、地元住民の反対と国鉄の経営悪化によって未完成のまま建設が凍結されました。
地元住民からしてみれば、貨物列車が走ったところで自分たちには何の得もなく、むしろ昼夜にわたり騒音や振動をまき散らす災難でしかなかったのです。

もう一つ、名古屋の東側を迂回するルートとして路線を建設する計画もありました。
こちらは岡崎ー高蔵寺が愛知環状鉄道線、勝川ー枇杷島が城北線として開業したものの、貨物列車が走ることはありませんでした。
一応「城北線については2032年以降に貨物列車が走行できるよう改良工事が行われるのではないか」という噂もありますが、あくまで希望的観測に過ぎず、実際に工事が行われるにしても10年後には間に合わないでしょう。

③既存別路線を活用して増発する

東海道本線に余裕がないなら、それ以外の路線を活用することはできないでしょうか。

中央本線ルート
東京貨物ターミナルー府中本町ー立川ー塩尻ー名古屋ー稲沢
東京ー名古屋ならば、まず中央本線を経由するルートが考えられます。
2014年10月に台風災害により東海道本線が不通になった際、実際にこのルートで迂回貨物列車が運転されたこともあります。
このルートの問題は、線路容量と地形です。
全線が電化されているものの長野県内には複数の単線区間があり、多数の列車を走らせることができません。列車は行き違いのたびに停車が必要になり、加減速性能の低い貨物列車では所要時間の大幅な増加を招きます。
また、険しい山岳地帯を通ることから高速運転が困難で、さらに所要時間が増加します。
土砂崩れなどの自然災害に対しても脆弱です。
機関車も強力なEH200形が必要で、現状の配備数では不足することが明らかです。

上越線・日本海縦貫線ルート
隅田川ー南長岡ー金沢貨物ターミナルー京都貨物ターミナル
東京ー関西間ならば、日本海側を通るルートが考えられます。
こちらも2014年10月に迂回貨物列車が運転されました。
中央本線ルートと比較すると、全線複線電化で、山岳地帯も上越越え区間のみとなるので難易度が低いといえます。
問題としては、南長岡で方向転換が必要なことと、豪雪地帯を通ること、中央本線ルートと同じく所要時間ががかることが挙げられます。

関西本線ルート
稲沢ー名古屋ー亀山ー柘植ー草津
または柘植ー奈良ー百済貨物ターミナル
名古屋ー関西では、関西本線・草津線を通るルートも考えられます。
こちらのルートは亀山ー加茂が非電化であるため、活用はかなり難しいと考えられます。
亀山ー柘植には25パーミルの急勾配もあるので、JR貨物最大のディーゼル機関車であるDF200形でも単機では500トン程度しか牽引できません。
電化しようにも亀山ー柘植には明治期に建設された狭小トンネルがあり、大規模な改良工事が必要になります。

この中で最も現実的なのは、全線複線電化である上越線・日本海縦貫線ルートと思われます。

東海道ルートよりも所要時間がかかることは問題ですが、始発駅を越谷貨物ターミナルや熊谷貨物ターミナルとし、北関東ー関西の輸送を担当させるならば、所要時間の増加を最小限にとどめることができるでしょう。

例えば倉賀野ー吹田貨物ターミナルの所要時間を確認すると、

東海度ルート 4066レ(5057レ)
倉賀野 19時25分発
吹田貨物ターミナル 翌5時18分着
所要時間 9時間53分

日本海ルート 6099レ・4058レ
倉賀野 19時55分発
南長岡 23時12分着 翌0時6分発
吹田貨物ターミナル 翌6時54分着
所要時間は 10時間59分

と、所要時間の増加は約1時間に抑えられます。

また、北海道ー関西の貨物列車には関東を経由するものがあります。
東海道本線では
下り2本
北旭川→百済貨物ターミナル 5087レ(月曜運休)
札幌貨物ターミナル→広島貨物ターミナル 8059レ(臨時)
上り2本
百済貨物ターミナル→札幌貨物ターミナル 5086レ(日曜運休)
福岡貨物ターミナル→札幌貨物ターミナル 8058レ(臨時)
があります(列車番号は東海道本線区間のもの)

これを日本海縦貫線経由に切り替えれば、東海道本線に増発余裕を作ることができます。

輸送量の試算

では、これらの取り組みでどのくらい輸送力が増えるのか試算してみましょう。
関東ー関西下り貨物列車一覧(臨時列車を含む高速コンテナ貨物列車のみ、列車番号は東海道本線区間のもの)は以下のとおりです。
今回取り上げた列車には「福山レールエクスプレス」など、貸切列車も含まれていますが、ここではその他の列車と区別しないものとします。

なお、記号は最高速度を示し、
◎130km/h ◯110km/h  △95km/h 無印100km/hです。

電車列車 1本
スーパーレールカーゴ
東京貨物ターミナル発
◎51レ 1本

機関車牽引列車 33本

東京貨物ターミナル発 18本
◯53レ ◯55レ ◯61レ ◯63レ ◯65レ ◯67レ 1051レ 1055レ 1061レ 1067レ 5053レ 5055レ △71レ △1071レ △1089レ △5073レ △5075レ △7085レ 

新座貨物ターミナル発 2本
◯69レ 2063レ

越谷貨物ターミナル発 3本
1053レ 2061レ 5061レ

倉賀野発 1本
5057レ

仙台貨物ターミナル発 4本
△1081レ △1085レ △5071レ △5085レ 

陸前山王発 1本
2059レ

宇都宮貨物ターミナルまたは札幌貨物ターミナル発 1本
8053レまたは8059レ

北旭川発 1本
△5087レ

合計33本
1列車あたりの牽引重量を
電車列車
スーパーレールカーゴ 550トン
機関車牽引列車
最高速度110km/h 1200トン
最高速度100km/h 1300トン
最高速度95km/h 1200トン
とすると、総列車重量は40350トンとなります。

すべての機関車牽引列車の列車重量を1300トンに引き上げ
7本に2両増結 +700トン

日本海ルートへの振り向け3本
日本海ルートの最大列車重量は1000トンなので +3000トン 
平行ダイヤによる運転間隔短縮での増発
1本増発するとして、+1300トン

さらに、2割の貨物が12フィートコンテナから31フィートに転換したとして、輸送効率が2%上昇

すべて合わせると、45350トン
これは+12.4%に相当し、ここに102%を掛けると、最終的な輸送量増加率は
+14.6%
となります。

倍増という目標には遠く及びませんでしたが、線路や駅などのインフラ投資を行わずにこれだけの増加が可能というのは予想以上ではないかと思いました。

さらなる輸送力増強のために

今回の試算では扱いませんでしたが、インフラ投資なしに輸送力を増やせる方法はもう1つあります。
それは、「曜日運休列車の運転」です。
かなりの列車が多くの向上が休業する土日祝日やその翌日は運休になっています。
これを稼働させれば輸送力増加が見込まれます。

しかし、休日の機関車運転手、貨物駅係員の大幅増員が必要で、人手不足の厳しい現状では難しいと考え、今回は試算対象にしませんでした。

また、ラッシュ時と比べ旅客列車の少ない昼間時間帯も貨物列車を運転すれば更なる上積みが見込まれますが、需要を高めるためには割引が必要になり、収益性の面から優先度は高くないでしょう。

参考文献

「2019貨物時刻表 平成31年3月ダイヤ改正」 2019年 公益社団法人鉄道貨物協会
「レールウェイマップル 全国鉄道地図帳(第2版)」2023年 昭文社


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