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坂東巡礼記14 中禅寺(札所18番)

日光山 中禅寺

札番通りなら17番満願寺の次は、18番中禅寺なのですが、中禅寺から19番大谷寺までの街道(下り)は渋滞しているとの情報を得ていたため、先に大谷寺に参拝しました。

下道では、日光で少し渋滞にはまりましたが、下りの大渋滞に比べれば比較的スムーズに、大谷寺から1時間半程度で中禅寺に着きました。

中禅寺は、栃木県日光市の中禅寺湖畔・歌ヶ浜にある天台宗の寺院で、世界遺産に登録された日光山輪王寺の別院。

寺伝によれば784年(延暦3年)、日光山の開祖である勝道上人が船で湖を遊覧していた際に、湖上に千手観音の姿を感得し、桂の木に立木のまま千手観音像を刻んだことが中禅寺の始まりとされております。

この立木千手観世音菩薩を本尊として、中禅寺が開かれたようです。

本尊の千手観音(十一面千手観音)像を安置する本堂です。

波之利大黒天を祀る御堂。波之利(なみのり)と書いて「はしり」と読むようです。勝道上人が日光山を開いた時、中禅寺湖の波の上に現れた大黒天を祀っております。

「波の上を走る」が「安産」を連想させ、安産の御利益があるとされたり、「波に乗る」「波の上にとどまる」が「足止め」と解され、出征者や家出人の帰還、恋人や配偶者の浮気防止の御利益があると云われております。

五色堂から眺める中禅寺湖。

男体山。中禅寺は、もともとこの中腹にあったようです。

立木観音

中禅寺は、当初、二荒山神社の神宮寺として、男体山登拝口近くに建立され、「補陀洛山(ふだらくさん)中禅寺」(現在の日光二荒山神社中宮祠(ちゅうぐうし))とされておりました。

本尊は、その本寺観音堂に祀られておりましたが、1902年(明治35年)、大山津波により壊滅的被害を受けてしまいます。

このとき、観音堂が男体山から湖上に押し流されたが、本尊も行方不明となりましたが、後日、無傷のまま湖上に浮かび上がったのを契機に、現在の観音堂に祀られることとなったようです。

これにより、苦難や災事を乗り越える力を与えてくれるとの信仰を集めるようになりました。

実際に参拝すると、何故か立ち尽くして感動するほどの、素晴らしい観音様でした。(国指定重要文化財)

中禅寺本尊千手観音(木像)と大谷寺本尊千手観音(石像)は、日本一の千手観音像と言っても過言ではありません。


評価 ☆☆☆(3つ星)

参拝直後の評価は、3つ星(☆☆☆)でした。現在の中禅寺は、まだ百年程度の歴史しかありませんが、やはり、本尊の千手観音が圧倒的でした。

中禅寺湖一体が、中禅寺の賑わいによって栄えたことを考えても、この一帯の神気というか清々しさを体感するためにも、中禅寺は、お勧めです。

宗派 天台宗
本尊 十一面千手観音菩薩
開基 勝道上人
創立 延暦三年(784)
住所 栃木県日光市中禅寺歌ケ浜2578
駐車場 あり(無料)
拝観料 500円
電話0288-55-0013


閻魔堂

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