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民主主義の利点、または多数決の恐怖

イギリスのEU離脱を問う国民投票で思わず離脱派が勝ってしまい、離脱派さえ慌ててるという面白い状況になってますが、この結果を受けて、国民投票って怖いねとか、直接民主主義の限界、といったこともニュース解説なんかで聞きますけど、そんな単純に言い切っていいのかしら?とも思います。

ということで、今回はこういう投票システムや多数決といったものはまずいのかまずくないのかという点を考えてみたいと思います。

▶︎将来を決めるのに年寄りも若者も同じ一票なのはおかしいか?

まず最初の考えたいのは、長期の将来を左右する選挙なのに、年寄りの意見が優先されるのはおかしいと、若者たちが反発していることです。

今回のEU離脱の是非に関して言えば、

【地方、年輩者】
大英帝国の栄光みたいな昔のイギリスを取り戻したい
EUなんてものの傘下で負担ばっかり大きくて制限があるのは嫌だ
移民に仕事を奪われるし自分はだからって今更あちこちへ移動できないよ

【都市、若者】
若い頃から欧州全体に移動できる自由を知ってる
友達にも周りにも多国籍の人々がいるのが当たり前
自分の能力とチャンスを求められるう自由があるEUの方がうれしい
世界経済の中でのイギリスの勢力を維持するための必要性を感じる

まぁ、この2つに傾向が分かれた感じですよね。

さて、この時に若い人々が自分たちの将来を年寄りが奪うと反発するのはわかるとして、一票の重さとしては将来が長い確率の高い若者の意見が重要視された方が望ましいといえるでしょうか。
そうとも言えるし、そうとも言えないでしょう、っていってしまうとずるいですかね?

若い人々は不定な未来に対する持分がある代わり、年輩の人々は今までの経験に対する評価を持てるわけで、それを等価と見られれば一票は等しいはずです。
つまりは、年輩者の評価と判断が若者の将来をマイナス方向にしか押しやらないといえるかですが、これって結局はそれがわからないから、一票はすべての人に等しくなっているといえるのではないでしょうか?

▶︎みんなが等しい一票の理由

極端な言い方をすれば未来はわからないことも含めてすべての人が等しい権利を保有するのが民主主義の原則なのだといえます。

これを例えば、投票日の平均余命(それより長生きしている人はなんらかの値)に合わせて各個人の票の重みを持たせて投票すれば平等になるのか、と考えてみると、明らかに生きる経験値とのバランスは取れなくなりますよね。さらに、人によって考え方のばらつき、もっというならその人が生きていく上で考え方が変遷していくことも踏まえて、結局はみんな一票なのだとしかいえないのではないでしょうか。

ここで効いてくるのはもし年齢層によって意見に偏りがあるのなら、その年齢層ごとの人口で多いところが有利になる、ということだけです。それが今回はイギリスでは年輩者側に有利に働いたということですね。

これに類することは日本の国会議員選挙でも言われてますよね。人口比として少ない若者向けの政策よりも、老い先短い年寄り向けの政策が重要視され、結局、負担は先送りされて今の若者が背負うことになるのは、人口比率=票数からいっても不公平ではないか、ということ。
高齢化が激しいところほど、この傾向は強くなるので、もし政策に年齢層による賛否が大きく影響するものがあれば(まぁいえば特に社会保障関連)それの賛否が投票結果に影響しやすいといえそうです。

これはどうしようもないのか、というと、この点ばかりは政治家側の態度にかかるとしかいえません。単にそんな票の取り方をしてたら、国家経営がダメになると認識してるか、もしくは認識できる人を選ぶしかない、としかいえません。

こう考えると、やはりみんなが等しい権利を持つ民主主義はとても危うく感じられますか?

▶︎民主主義の利点

上であげた事柄は年齢層依存の事例ですが、きっと物事によっては性別依存であったり、地方と都市の対立であったり、職種による意見の相違といったものが様々あります。

たとえばアメリカでは職種や学歴によって、共和党、民主党支持の傾向というのは、地方による差と同様に明確にあります。
大学関係者は民主党支持が多いとか、金融はやや共和党よりだとか、農業畜産は共和党側とかね。

日本ではたしかに農村部票は自民党、みたいな時代がありましたが、それでも職種、学歴といったものによる政治傾向の差は小さく見えにくい方だといえるでしょう。
その点ではこのエリアだからこっちでなければならないという個人への圧力はある程度大きなエリア(特に都市部)ではかかりにくくなってます。(以前ほど会社でどうこうとかも減ってるでしょうし)

逆に言えば、それだけ自分で判断できるチャンスがあるといえます。そして、それこそが民主主義の一番の大事な点であり利点です。

本当は、ネットのような様々なの情報に触れられるシステムはそれを促進してくれるはずですが、この点は実は微妙で、同じ方向の意見ばかり見てしまうという偏りを個人の中に作る心配があります。
それと似た現象は、民主主義としては誰でも同じ一票なのですが、誰々が言ってるから的な扇動の効果がネットなどによって高まることです。

有名人やタレントがこっちを支持するとか、こういう意見だから、で引っ張られやすくなる環境をネットまたはメディアの発達は推進してるリスクです。
正直いって、有名人だから正しいことをいうという確率が高まるわけではないし、これがノーベル賞受賞者であってもそうです。
だから識者の意見、というのは、そういう環境下においては、単なる個人以上の力を持ってしまうので、ちょっと怖いものなんですよね。。。
みんながそれも一個人の考え、意見と冷静に見られないなら。

もちろん、支持してもらいたい側は、そういう引っ張られる人がいっぱいいることを望んで、有名人やらタレントやら学者やら連れてきて意見を言わせたり、支持を表明させたりするわけですが、はっきりいって、そんなものには意味はない、とみんなが思って、自分で考えるようになれば、民主主義はもっとよく機能するはずなんですけどね。
ま、考えるってのは面倒ですけど、それも背負うのが民主主義社会の一員とみんなが思うかどうか、、、それができないと、実は民主主義は危ないわけです。

▶︎多数決の恐怖

イギリスの国民投票のように、思わぬ結果が出てしまうこともあって、二択みたいな投票は怖いねぇ、というイメージを持たれてしまいそうですが、それよりも実は多数決の怖さというのは、自分たちが勝つためには数を集めなくてはならない、ひいては、それって危ないなと思っても支持してくれるなら、まぁとりあえずいいか、になってしまうことです。

たとえば、原発反対にしても、それを支持してくれるのはありがたくても、とんでもない情報やらデータを垂れ流す人々もいて、それを信用しちゃう人々もいるわけですよ。保守層にとっては、支持してくれるとはいっても、ネトウヨの人々は煙たいことには変わりないでしょう。これがまだ、ごく少数ならいいですけど、今のようにネットで大声をあげて目立ったら勝ち、のような環境下ではその少数がどれだけの影響(悪影響含めて)するかわからないわけです。

でも票はほしいし、選挙には勝ちたい、となったときに、その極端な人々が下手するとキャスティングボードを持ちかねない、これが多数決や投票にとって怖いことです。
そして反対する側からは、そのとんでもない人々を相互で非難することで、足の引っ張り合い起きるわけで、とんだ泥仕合いも起きかねません。だからってその人々を切り捨てると負けるとなったら、、、いやな選択ですよねぇ。。。

民主主義、そして多数決における大原則は、みんなに等しい権利があることと、マイノリティの意見も尊重されることです。

勝ったからマイノリティを拉いでいいわけではありませんよね。しかし、民主主義に危機が来てるとするなら、システム的なことで一部の極端な人々に大きな声を与えバランスが崩れ、そこに影響力を与えてしまうことなんじゃないでしょうか?

▶︎民主主義を見直す

以前から私が主張しているのは、人間というのは性能が低い生物だということです。

はっきりいって、頭のいい悪いがあるとか判断力の優劣とかいいますけど、その差って、その人それぞれの得意不得意を考え、均してみれば、誤差範囲に収まると思ってます。そして、そのレベルはけっこう全員低い。この認識はとても大事だと思います。

つまり人は間違いまくるのです。

プラトンの哲人政治とかちゃんちゃらおかしいというか、理想的過ぎて人間には無理ですw

その間違いまくる性能の低い人間たちにとっては、全員に等しく権利を与えて、判断させて、選ばせるというのはとても理にかなっています。そして間違いまくるのですから、定期的にはやり直して、選び直させて、行きつ戻りつさせるのも正しいのです。人によっては冗長に感じられるかもしれませんし、修正するのに時間がかかると思うかもしれませんが、大間違いをしないためにもよい方法です。(そうしててさえ、大きな戦争しちゃったり、独裁しちゃったり、大間違いをすることもある程、人間はダメともいえますが)

つまりは、人間は性能低いからこそ、粛々と民主主義をしてた方がよくて、急がば回れの気分で、やってくのがよい、ということを再点検してみてほしいと思うのです。

どうやら、今はそこにどうしても経済を中心とした社会のスピードを求めたがるわけですが。そしてその求めたがる人は、自分はできると過信するわけですが(そういう人に自分も含めて性能悪いのよ、って納得させるのは大変そう)。

その意味で私は、簡単に民主主義の限界来ているとか、最近世間では言われがちですけれど、ちゃんと民主主義を機能させているのか、個々人が民主主義としての自分は一人分の権利だけ考えてるのか、といったことを見直した方がいいんじゃないかと思います。

少々時間がかかっても、急がば回れなんだと、言い聞かせられれば、全然民主主義はOKだと思うのですが、どうでしょう。

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