[徹底解説] Faber-Castell TK-matic前期型
Ver.3.0
23.10.15 図・説明を追加し、一部を訂正しました。
23.12.10 故障時の復旧方法に関する内容を追加しました。
24.03.31 リンクが間違っていたため、正しいものに差し替えました。
24.04.02 チャックセットの内部を撮影し、画像を追加しました。
24.10.29 alpha-maticに関する情報を追記しました。
画像追加等の要望はコメ欄へ。
本記事は、自動芯繰り出しシャープペンシルの元祖「A.W.Faber-Castell TK-matic」に関する詳細解説である。記事末尾に故障時の対処法を追記したので、参考にしていただければ幸いである。
[1].参考資料、引用元
1.ファーバーカステルの特許S54-14823
(ボールチャックの動作と戻り止めの構造に関する記述あり)
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-S54-014823/594D06F73048492B7669025742F108BB2EC03FAAF67EA107A77BF3915D6B99E2/11/ja
2.ファーバーカステルの特許S58-201696
(オートマチックシャープの動作の詳細と樹脂製チャックの製造に関する記述あり)
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-S58-201696/F67519C09E50B473DA37776708B4C790243247D32C6838F469ABEB97A928ED3C/11/ja
ファーバーカステルの特許(実際に搭載された戻り止めの詳細な図)
3.第一化学工業 硬質クロムメッキとは(TK-matic と直接関係があるわけでは無いが、加工技術の参考資料として提示)
https://daiichi-kagaku.com/about/about01/
4.ファーバーカステル 伯爵コレクションhttps://www.graf-von-faber-castell.jp/
[2].基本情報
※重量と重心は芯1本を装着した状態での計測
概要…ドイツの老舗筆記具ブランドであるファーバーカステルが販売していたシャープペンシル。ボールチャックを用いた形式のオートマチック式シャープペンシルとしてはこれが世界初のようである。
開発者であるOtto Katz氏は他のオートマチック式シャープペンシルも手掛けていたようであり、1981年頃にフルオートマチック式シャープペンシルを開発している。
メーカー…
Faber-Castell
開発者…
Otto Katz
時期…
1979年発売
品番…
9725
(当時のファーバーカステルの日本代理店はKOKUYOであったため、KOKUYOの製図用具の品番であるTZが頭につくパッケージ(TZ-9725)が存在する)
定価…
ノーマルモデル9725…4500円(Pentelの資料によれば、発売当時3000円だった可能性がある。真偽不明。)
金属軸モデル9725L(TK-matic L)…6000円
付属品…
箱、硬度表示用シール一式、説明書
種類…
シャープペンシル(0.5)
機構…
ノック式・オートマチック式(ハーフスライド)
※ガイドパイプロックは非搭載
重量(前期型)…
19g
重心位置(前期型)…
前から約62mm(43%)
バリエーション…
| チャック体 | チャック保持部
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
前期 | 真鍮(クロムメッキ) | 真鍮
後期 | プラスチック | プラ(POM?)
後期型TK-maticのチャック体はGFRP(ガラス繊維強化プラスチック)製である可能性が高い。
(※実際に確認が取れているわけではないのであくまでも可能性として)
他にも、消しゴムの色(前期赤橙、後期緑)や、箱の印字の違い、表面仕上の微妙な差(よくわからん)がある。
後期型に変わった時期は不明だが、1983〜4頃なのかな…?(詳細不明)
ちなみにプラスチック製ボールチャックの特許は1983.03に出願されている。
海外のオークションサイトを見ると、軸が黒のプラスチック製のTK-maticの存在も確認できる。
同社の類似品…
・alpha-matic(機構部に関して、先端を収納可能なもの・収納不可能なものなど複数バリエーションあり。赤色プラ、青色プラ、灰色プラ、ブロンズ、チタン、エグゼクティブ等軸のバリエーションも豊富だった。発売年、廃番年不明。1991年に創業230周年記念モデルが発売されている)
・DS 75(金属軸、チャックセットはalpha-matic等と類似のもの)
・PORSCHE-DESIGN classic line(1981以降の製品であり、フルオートマチック式のもの(4104x、xには1,2,3が入り表面仕上の違いを示す。金属チャック)とオートマチック式のもの(alpha-maticと類似の機構)が存在する)
・CONTURA MATIC(詳細不明)
[3].レビュー
今回購入したものは、グリップが真鍮製、軸が樹脂製のノーマルモデルである。上位機種としてTK-matic Lという金属軸のモデルがあるが、それも機会があれば購入したいと思っている。
ファーバーカステル特有の緑色に、銀色にメッキされたマット調の金具が映える。この配色渋くて好き。
特徴的なグリップは程よい滑り止め効果があり、デザイン上のアクセントにもなっている。金属特有の臭いがあるが、メッキされているため私はそこまで気にならなかった。
GRAPHLETやAutomac、NEWMANの500円製図用など、類似のグリップを持つ後発品があるので、機会があればそれらと比較してみたい。
TK-maticは、前部に高精度な金属パーツを多用しており、程よい低重心を実現している。ガイドパイプの安定感はパイプスライド式のペンでは最高クラス、"製図用"に相応しいスペックとなっている。
長さ4mmのガイドパイプ。ペン先周りの視界は良好。先端は丁寧に研がれているが、筆記の滑らかさではオレンズネロの方が上だと感じた。オートマチック機構を利用して筆記するのも良いが、芯を出して書くと凄く良い(語彙力)。単なるノック式シャープとして見てもかなり実用性が高い部類に入るのではないだろうか。
※追記:金属磨きクロス(硬質金属用、製品名:ミラクロス)でガイドパイプ先端を丁寧に研磨したところ、オートマチック使用時の書き心地が圧倒的に向上しました。やったね。
クリップの挟持力は比較的強め。繊細な刻印が施されており、ファーバーカステルの風格を感じる。このマークは(多少の変更は加えられているものの)伯爵コレクションに受け継がれている。
参考:https://www.graf-von-faber-castell.jp/
私の持ち方ではクリップは手に当たらないので、クリップがあることによる不利益はなかった。
スタートボタン(ノックボタン)はシンプルな形状で比較的押しやすい。ISOで0.5を示す茶色・樹脂製の天冠がはめ込まれているのみで、無駄な装飾はない。オートマチック式ということもあり、ノック感は独特である(重め)。
芯タンクは金属製・大容量で、0.5芯20本程度なら問題ないと思う。
消しゴムのクリーナーピンは太めで、強い力にも耐えられそうだ。
弱点
個体差はあるものの、軸とキャップの衝突音がやや気になる場合があるので、マスキングテープを巻く必要がある。ここは残念。
また、芯の硬度の許容範囲が狭いため、2B等が使えない。この点では汎用性に欠けると感じた。
総評.
細部まで作り込まれており、開発資金や製造能力面での強さが垣間見える。高精度に加工された金属部品を贅沢に使った内部機構は、見るだけでも楽しめるものだと思う。
ただ、使用可能な硬度の範囲の狭さ等、欠点があるのは否めない。経年劣化には勝てないのだろうか…これに関してはよりよい解決策を模索中である。
2023.12.10追記
本記事の最後に解決策のひとつの案を参考として示したので、併せてご覧いただきたい。
[4].内部機構(機構の構成)
内部イメージ図と分解画像を以下に示す。
内部イメージ図。ボールチャック摩擦保持部は芯タンクと連結されており、スタートボタン(ノックボタン)に連動して前後動可能。
ボールチャック摩擦保持部の保持力は、ノックスプリングより弱く、戻り止めの保持力より強く設定されている。
TK-matic前期型は、ボールチャック摩擦保持部に削り出しの真鍮を採用している。
(類似の構造のオートマチック式シャープペンシルに関して、PILOT S30ではメッキ仕上げの真鍮、orenz ATではポリアセタール樹脂が採用されている)
なお、TK-matic後期型では樹脂製に変更されているようである。
[5].内部機構(各部の詳細と全体の挙動)
ここでは、このシャープペンシルの心臓部であるボールチャックとガイドパイプについて示す。
TK-maticのボールチャック
ボールチャックとは、オートマチック式、フルオートマチック式、先端ノック式、FFmatic等に用いられるチャックセット(芯保持ユニット)のことである。
TK-matic前期型のボールチャックでは、ボール脱落防止リング、チャック体に真鍮が使われている。真鍮は加工しやすいため精度が出しやすく、弾性があるためチャック体に最適である。締具の材質は不明、見た感じではステンレス?ボール本体の材質は鋼材だが詳細不明。チャックセットは筆圧を直接受けるユニットであり、シャープペンシルの部品の中でも特に負担が大きい。そこで、チャック体に硬質クロムメッキ仕上げを施すことで表面硬度を上げ、繰り返し加わる圧力・摩擦に耐えられる耐久性を確保している。
硬質クロムメッキ仕上げは、電気的なメッキ仕上げの中で最も硬い表面が得られる。また、下地材との密着性も優秀である。
ガイドパイプ
口金に挿入されたガイドパイプは、前スプリングによって前方に押されている。
芯を軽く保持するためのパーツ(戻り止め)が中に入っているが、前期型TK-maticの口金は、戻り止めを含めて全て金属製である。
上図で示したように、TK-maticでは芯を金属製ワイヤーの弾性によって保持している。地味にコストがかかっている部分だと思う。
TK-maticの動作原理
TK-matic の動作は、大きく分けて4つの段階に分かれている。
A.チャックが開く
1.ノックボタンを押し込むと、ボールチャック摩擦保持部が、チャックセットの締具部分を保持したままノックストロークの分だけ前進する。
2.さらに押し込むと、チャックセットはこれ以上前進できない(図のバネ蓋部分に当たっている状態)から、ボールチャック摩擦保持部材のみが前進し、チャック体(青色で示した)の後端を押す。これによりチャックが開く。
この状態のとき、芯タンクから筆記芯を供給する。
チャックボールは受け皿の底に位置している。チャック体は芯から完全に離れている。
3.ノックボタンの押し込みを解くと、ボールチャック摩擦保持部材はチャックセットを引き連れてノックストロークの分だけ後退する。チャックセットはこれ以上後退できない。
4.さらにボールチャック摩擦保持部材が後退すると、ボールチャック摩擦保持部材がチャック体から離れる(チャック体がチャックスプリングによって軽く締まっている状態となる)
B.チャックが軽く締まる
チャック体が後退することでボールは転がり、受け皿の底からXの位置まで移動する。芯を軽く保持している。
C.チャックが強く締まる
筆圧が加わると、チャックがさらに微小量後退し、チャックが強く締まって芯に食い込み、芯は固定的に保持される。この状態で筆記が可能である。
チャック体がさらに微少量後退することで、ボールは転がって受け皿の底からYの位置まで移動する。
D.芯が引き出される
↓
筆圧を解除すると、前スプリングによってガイドパイプと芯が前進する。
芯に連れられ、チャックが微小量前進すると、ボールは→の向きに転がり、2で示した位置(底からXの位置)まで戻る。
芯がチャックで掴めなくなるまでB→C→D→B→C…のようにループすることでオートマチック機構が成立する。
[6]alpha-maticについて
※写真のアルファマチックはブロンズである。
外装は全て真鍮製で、表面仕上げはガンメタルのような色味となっている。
TK-matic前期モデルとalphamatic(時期不明)の違い
・口金内のバネ押さえパーツ
ワッシャー状のパーツが口金内に埋め込まれている。この部品の円筒面は、
TK前期→無地
alpha→溝入り
となっている。普通の10円玉とギザ10の違いのようなものだと考えればイメージしやすい。
溝入りの方が口金内に固定するときに外れにくくなるため有利であると推測される。
・チャック
TK→真鍮に硬質クロムメッキ処理
alpha→プラスチック(ガラス繊維強化?)
チャック周りの細かい違いはまだある(チャック収容筒の素材、形状が異なるが互換性のあるバージョンが複数存在する)ため、上記の差はあくまでもチャック体の材質に限った話であることに留意したい。
[7]故障例と復旧法/画像集
動作不良の例
故障例1.書こうとすると芯が引っ込んでしまう。
・40年前の製品であるため、経年劣化によって部品の挙動がスムーズではなくなってしまっている。
・前期型TK-maticのチャックは、真鍮製であり、芯をしっかり掴むために芯に食込むような歯が形成されている。柔らかい芯を使うと、この歯によって芯が必要以上に削られてしまうためきちんと保持できなくなる(オートマチック機構を利用して筆記しているときに中途半端な引っ込みが起こる症状)。HB芯を使うのが無難。
・後期型TK-maticは、チャックがプラスチック製である。プラスチック製のチャックには金属チャックのような鋭利な歯が形成されていないため、保持力が足りなくなる(ノックで芯が繰り出されるが、筆圧をかけると引っ込んでしまう症状が出る)可能性がある。
故障例2.部品が欠落している。
・メルカリにて、ボール脱落防止リングが欠落してしまっている個体が確認されている。このリングがない状態でペンを分解すると、チャックボールが脱落する可能性がある。通常使用においては問題ない。チャックボールは直径1.2mmであり、市販品で補うことができる。
対策
チャックセットをまるごと交換する手法で上記のような問題の解決を図る。※完全に解決していない工程です。完全な修復方法が確立され次第記載します。
以下に示す工程ではファーバーカステル製ではない部品を使用する。完全に自己責任で行うこと。
準備するもの
・カッターナイフ
・ノコギリ(金属用、百均のものでOK)
・金属に筆記可能な筆記具(細字の油性マーカー等)
・寸法計測器具(定規でもなんとかなる)
・金属磨きクロス
・棒ヤスリ(百均のものでOK)
・テープ(曲率半径の小さな円筒に巻き付けても剥がれにくい補修用テープを用いる。今回はアルミテープを用いた)
・uni クルトガの芯タンク
・外径5mm、内径4mmの金属パイプ(参考:長さ1mの真鍮管で800円程度)
・PILOT S30のチャックセット
記事中で使用した画像をまとめてこの項目に貼り付けました。この記事で使用した画像は、メーカーの持つ各種権利を侵害しない範囲であれば撮影者に無断で使用して構いません(筆記具の知見を深める以外の目的での使用は厳禁)。
TKmaticのボールチャックは分解不能なので、別のオートマチック式シャープペンシル(no-noc)に搭載されたボールチャックの分解画像を参考として以下に示す。
※分解できたので、この項目はいずれ消します。
分解前。向かい合わせになったチャック体が、チャックスプリングによって後ろ向き(画像右)に押されている。チャックボールは左側の不透明なリングの内側にあるので見えない。
分解後。チャック体外側にはチャックボールが収まる受け皿が、チャック体内側には芯を掴むための細い溝があるのが分かる(2つあるチャック体のうち、上はチャック体内側が、下は・チャック体外側が見えている)。
断面図。締具は、筒状の部分と、後方に行くにつれてすぼまった形のリングによって構成される。
金属で締具を制作する場合、締具は一つの塊から削り出して作られる。
テーパ面(ボールが当たる斜面)は非常に平滑である。
金属製のチャックは2つに分けず、一つの部品に途中まで切り割りが入れられた形状をしている。