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芸術の定義

さて、9月もあと少し。
鈴虫から蝉へと受け継がれたBGMのバトンも、もう興梠の時期へ変わってきた。
昼は暑く夜朝は寒い。風邪が蔓延する時期だろう。例外なく僕も喉風邪をこじらせてしまった。

今日のお題は芸術の定義だ。
僕は幼少期の頃から感受性が豊かだと言われていたというちょっとした自慢がある。 人が気づけないことに気がついたり、物語の解が独特だったりと、片鱗はあった。そして今ではクリエイターの端くれとして仕事をさせてもらっている。
才能と言われると違うのかもしれないが、そんな僕は美術、芸術が特に好きだ。
昔から、幼少期から、美術品や美術館に足繁く通っていたし、親や親戚も例外なく美術が大好きな家系も手伝って僕はどんどんとひたって行った。

特に好きなのはルネサンス中期。

まぁそんなことはいい。今日のお話は芸術に魅せられた女の子と、彼女に魅せられた男の子のお話。



「一円玉と、一万円札。あなたはどちらのが価値があると思う?」

彼女は一円玉でひょいひょいと遊んでいる。目の前にある一円玉と一万円札。当然、ものを買える、物的価値として高いのは一万円札だろう。
しかし彼女はそんなことは気にしてない。僕がどう価値をつけるかを聞いている。

価値というのは不思議なもので、人によって変わるし、時代によっても変わる。変なものだ。
価値基準とは明文化されて一定ではないし、観測者によってより変わるものだ。

「僕は一円玉の方が好きかな」
「どうして?」
「一万円札を作る時には三万円が使われる。しかし一円玉というのは作るのに十五円ほど使われるそうじゃないか。単純なコストパフォーマンスに優れる一万円はそんなに好きじゃない」
「ひねくれてるのね。私は1万円札が好きよ」
「それまたどうして?」
「より多くのものが手に入るからよ」

彼女は手にした一円玉を校舎の下へと飛ばしてしまった。
あーあと顔を見ると、にこりと笑ってこう続けた。

「一円玉を無駄にする人は一円玉に泣くのよ」


ある日また彼女を見ると、一枚の絵に見とれていた。
凄まじい集中力で、凡人がモナリザを見るように。

「その絵の何が惹き付けるんだ?」
「この絵、よくあるでしょう?学校とか。水辺とか鳥とか魚とか木とか森とか書かれている」
「まぁそんなに価値がないようにも見えるな」
「そうなのよ。ないようにも見えるの。でも筆遣いやら色彩やら構図やらはどうしてもその一線とは画すわ」

言うが生やし。あるいは林。彼女はその大きな絵を手に取って壁から下ろそうとする。

「おいおい…」

仕方なく手を貸すと、簡単に壁掛けから離れ地におりた。
彼女はすぐさまに裏蓋をあけキャンバスの裏をめくる。
その裏側には数字や英語が書かれた張り紙が多く貼ってあった。どれも古びているが。

「ほらね。言ったでしょう?」
「なんだこれ。御札?」
「バカ言わないでちょうだい。これは展覧会や美術展での掲載記録。今は知らないのだけれど、一昔前は絵の裏側にこういうものを貼って価値を一定にしたのよ。そのむかし適当に書いた絵にゴッホのサインを入れて裏に同じように捏造した記録を貼ったら0円から1000万円になった絵だってあるのよ」
「芸術ってよぅわからんな」
「みんな分からないわよ。だから表現するんじゃない」
「素晴らしい見方だ。でも割に合わないな」
「芸術に割に合う見方なんてあるのかしら?」
「あぁあるさ」

颯爽と踵を返してやった。

僕は芸術なんて知らない。経緯なんて知らない。興味がないまである。しかし、芸術が分からないからみんな芸術を描く訳では無いのだと思う。

僕の目に触れる芸術品なんてそれこそ有名なものばかりだろう。でも明らかにわからないからと表現しているものでもないと思うのだ。

「私、絵を書くのよ」
「幾何学か?」
「またバカにする」
「すまんな」
「謝るんだったらしないでちょうだい」
「今後気をつけるよ。それで?」
ある日、彼女を追って入った美術部での話だ。
「私絵を書くのよ」
「そりゃ美術部だからな」
「でもあなたは書かないじゃない」
「俺はお前に興味があるだけで絵に興味はないからね」
「そう。気持ち悪いのね」
「キモさは俺の専売特許だ」
「それで、私の絵を見て欲しいの」

そこにあったのは一枚の血。血というか、赤黒いものの中に人型の光が刺している。
「なるほど」
「感想は?」
「俺はこんなに光っていない。ハゲてないしな」
「そっ。二度と見せないわ」
「ごめんごめん。冗談だ。それで、これを書いた後の君は書く前の君とどう違う?」
「なぁにそれ?どういう意味?」
「見たとここれは僕と君の中のように見える。君があかぐろいという僕の偏見も混じっているけれど、でも僕はそう思う。光はきっと異分子だ。その異分子を君の中でどう解釈している?」
「私は、だから、その…」
しばらく沈黙が続く。

「芸術ってモノについて僕はしばらく考えていた。そして今確信した。芸術というのは正当化なんだよ」
「ん」
「数ある美術、芸術。その全てが正当化のように見える。僕は間違ってない。私は合っている。芸術家は君のような変わり者が多いと習う。それは社会において間違っているからだ。人格という難しさを社会に弾かれてしまうから。だからせめて自分の子供だけは合っていると叫びたい。自分は合っていると認めたい。自己満足と言うと聞こえは悪いけれど、僕は芸術とは正当化で、自分を、自分たちを、自分の信じているものを、正しいんだと叫びたいものが作品のような気がするんだ」
また暫くの沈黙のあと、彼女は徐に筆をとめた。

「よく分かったわ。ではこの絵の題名は告白ね」
「よく出来たプロポーズとかの方がいいんじゃないか?」
「あなたの顔面を押し付けて完成よ」

そう言って彼女は躊躇いなく絵を僕に押し付けた。逆じゃね。

「これがアートか?」
「私の言い訳よ」
「よく出来た回答だな。的を得てる」

顔をアルコールで拭きながら、僕は未来を案ずる。