愛なんて

4月も半ばに差し掛かっている。
こんな日は専ら心が荒む

それを少し文にしてみた。

「好きになれない人ってあなたの周りにはいる?」
「あぁ。もちろん。それがどうしたんだい?」

セックスをして、お互い落ち着いたような、恥じらいの捨てたようでもある僕とセフレの話だ。

「そういう人のどこが好きになれないの?」
「そうだね。性格、顔、態度、表情。理由は月並みだが多くあるよ」
「顔もあるの?容姿で好き嫌いを決めない貴方にも?」

彼女の問いかけはどこか鋭い。
目は細まりゆっくりと裸体の僕を見つめて、返答を待っている。

「あぁ。君の問は好きになれないだったはずさ。そういう顔がいるんだ。好きになれない顔、とでも言えばいいかな」

僕は嘘はついていない。容姿で人を判断しないことも事実だし、太っているから、不細工だからなんて理由で人を拒絶したりはしない。
ただ、一定数いるのだ。
生まれ持った顔が僕の趣向にそぐわない人は。
別にだからなんだという訳では無いが、どうしても距離を測ってしまう。

「そうなのね。では私はその好きになれない顔、という訳なの」
「え?」

どこか諦めた目で僕の顔から目を逸らした彼女はホテルの天井を色褪せながら見つめていた。

「私とあなたの間に愛なんてないの。あなたは私の体で何かを埋めようとしてた。私は…わたしは……」

そこで口ごもってしまった。ゆっくりと目を閉じ深呼吸を繰り返す彼女の顔をまじまじと見てしまう。
女と言うものは酷く敏感で繊細なものだと思う。どんな人でも些細なことに気づくし、こうした会話の裏を読もうとする癖もあると。
だから僕の深層心理にも気づいたのだろう。

「私はあなたが好きなのよ。あなたがそうさせたの。それに気付かないなんて幾らか罪じゃない?」

重い口から放たれた言葉はまるで弾丸のように僕の心を貫いて、全身に虫酸を通わせた。
僕は興味のない人間からの愛は気持ち悪いと思ってしまう。
だが興味がなくてもセックスはできる。そこに愛なんてないと分かっているからこそ。
自分の嫌いな場所を適切に、埋めてくれる。
だけどそれはガラスではなくて氷なんだ。
同じく透明で、割れやすい。でも氷は溶けてしまう。
埋めたつもりでも、次の日の朝には溶けてゆく。

そしてそれをまた埋めようとする。
それを他人で繰り返す。

僕は彼女の問いにハッとしてしまった。

彼女は繊細で、敏感だったのだ。

キスの仕方、愛撫、前戯、性交、後戯、その後の全てで僕という人間を"視て"いたのだ。

まるでカーテンから透ける夕日のように僕の心は見られていた。その夕日が落ちて往く感覚が僕の全身をつつみベッドの中に埋もれていく。

「私たちに愛なんて、愛なんてなかった。あなたはただ、好きになれない顔の女とセックスをして自分に満足した、だけなの」

彼女は言葉を続けようとしたが、これは八つ当たりだと思ったのか口を閉ざした。

「そんなこと言うなよ。僕の言動1つ見て全てを測るなんて冷静な君らしくない。定説としてあるだろう?セックスを先にした男女は結ばれない。僕達はそれの一例に過ぎないのさ。見掛け倒しな愛なんて見せてない。セックスをした時点で、僕達のシナリオに続きはないのさ」

言っている途中で気がついている。
彼女も目で訴えている。
そう。これは僕の大嫌いな『詭弁』だと。

捩じ伏せるための虚言で、欺瞞を重ねて僕はまた氷を詰める。本物なんて見たくない、触れてしまって壊したくない。だから氷を探してた。
だけどそのうち周りには氷しか無くなってたんだ。

目に見えていた本物のダイヤが、
君ではなくて、
僕は残念にも思わなかった。
当たり前だったからね。

彼女の目を見つめ返して、静かにキスをした。

偽物の愛を込めて。

彼女は僕の腕に絡みついて

「私が悪いのね」

と腕に嘆いた。
僕はただ、

「僕も悪いさ」

と言った。 もう一度針が出てこないように発射口を塞ぐことが精一杯だった。

唇を離したあとの言葉はどこか綺麗な黒だった。