恋愛航空宇宙同盟 -Aerospace Alliance Of Love -

 今から諸君は一つの奇蹟を眼にする。
 人類の総力を結集した、それは、奇蹟である。
 だから、それは、これからも可能なのだ。

 火星危機(かせいきき、英: Mars crisis、中: 火星危机、露: Кризис Марса)は、XX年X月からX月にかけて、当時火星を管轄していた地球連合環境省宇宙庁惑星開発局火星支部の行政能力が停止し、これを火星臨時政府なる任意団体が代行、地球当局との交渉により人類初の宇宙戦争寸前まで達した一連の経緯、期間を言う。第一次内惑星危機とも。本件に関する機密資料は「この事件と関連する無実の人々が被害を受けないよう保護するため」という理由で政府により20XX年まで封印されている。

 さて諸君。
 本文に入る前に少しばかりお付き合いの程を願う。
 まず本稿に目を通されている少しばかり奇特でお暇を持て余している読者諸賢に於かれては上記、紀元前のキューバ危機に比して語られる事も多い、人類航宙史黎明を騒がせた一大イベント、火星危機について少なからぬ智的好奇心並びにそれに見合う諸条件、つまり智性、理性、悟性、稚気に一滴のウィットも持ち併せておられる事と存じ期待しているのでそのつもりで。
 人類初の、漸くにして同種族間での内戦を制し母なる揺り籠、地球という1惑星からまず内海、太陽系という沿岸を離れ恒星間世界に足を踏み入れようというその矢先、またも愚かしい同族双撃、宇宙戦争を演じるとあっては出オチもいいトコ、悲劇転じて笑劇、ファルス、コメディもいいとこだ、人類史の通例としてもあんまりというものだ。
 幸い危機は回避された。
 しかし、だ。
 実は何も解決されてはいない。
 この人類史に特記されるべき本件は、原因、経緯、結果、現代に至るまで何一つ不明、百家争鳴の状態なのだ。
 紀元前末、関係者全員死亡で漸く機密解除、総てが詳らかにされた白昼堂々の凶事、当時の大国アメリカ合衆国現職大統領ケネディ大統領暗殺事件、衆人監視の暗殺とか言語矛盾も甚だしいがともかく、それに続いて人類史の暗部が生じてしまった、もにょる。
 その元凶が上記機密指定情報、俗称「禁則事項」にある事は論を待たないが、はて、それだけだろうか、というのが、つまりは本稿の趣旨である。
 こうして今、航宙黎明から恒星間黎明を迎える現代、もしかして、私達は人類が持つ一つの大きな特質を喪いつつあるのではないか、一私人としてそれを危惧するものでもある。
 超光速、時間遡行、慣性制御に反重力、不老不死。
 かつて人類が夢見、総て日常と化した現代。
 それでも尚、或いは喪われつつあるかもしれない、それは。
 そう、想像力に根差した、創造力だ。
 我々は進化の頂点を極めつつあるのか、人類は限界を迎えつつあるのか。
 その寂寞の中、結局は自暴自棄。
 銀河大戦を自ら招聘し、自滅を望むのか。

 ちょっと、待って欲しい。

 ほんとうに、真実そうか。

 世界は既に既知なのか、ノウンスペースなのか。

 だって、ホラ、人類史にすら、未だまだ謎はあるのだ。

 未曾有の危機を始祖は回避し、今に至るのだ。

 そのヒントは、ここにある。

 私はその謎を解く。

 今から諸君は一つの奇蹟を眼にする。
 人類の総力を結集した、それは、奇蹟である。
 だから、それは、これからも可能なのだ。
 
 で、
 
 本稿が拠って立つのは過去類例の無い新説にして奇説。
 との表現は過剰か。
 本稿は、トンデモの代表である、「火星支部・臨時政府共謀説」を採用し、補強する事で立論、演繹する。
 本件終了直後、臨時メンテ明けから短期稼働再開の後急遽解体、後継基地が新造された「マリナー11」の存在に着目し、歴史上の新たな役割を演じさせる、因みに当基地の通信履歴の開示は過去も現在も事実関係は無く記録も実在しない、本稿の完全創作である。

 加えて本稿ではやはり史料上裏付けの無い、数多の事件関係者の内面にも触れる。
 
 本稿は論文では無い、あくまで1ラノベである事をここに再度表明する。

 物語はだからまず、公文書から追える範囲の、当たり障りのない火星危機の外部視点、ある視点からの概要を追う事から始めようと思う。

 宇宙を巨大な「ちくわ」が飛んでいる。

 この文章には二つの課題がある。
 まず、通例として巨大な、恐らくは1メートル以上場合によって数百メートル規模の「ちくわ」が大気圏内飛行能力を持つ事は、不可能ではないが非常に困難。
 翻って高真空、自由落下の宇宙空間であればそれがはんぺんだろうがコンニャクであろうが移動は可能だ、ので、わざわざ宇宙と但し書きする必要性は薄い。
 次に、飛んでいる、とあるが、宇宙では対義である、落ちる、という事が無い。
 逆に言えば、飛ぶも落ちるも同じ。
 推進方向に落下、墜落し続けている、と表現する事も出来る、当然それを、飛翔と呼んでも間違いではない。
 ので、
 以後、宇宙空間で航宙飛翔体が移動する様を、航宙ないし航行、と表現したい。
 ではテイク2。

 巨大な「ちくわ」が、大初速を維持したまま航宙している。
 現在位置は太陽系、太陽、そして水星の近傍宙域である。
 その艦内では、

「その艦内、待った、異議あり! 」

 ハイカットー。
 
 おおっとここでオリジナル「実験艦」でノーネームながら、なかなかの存在感を見せた「ちくわ」の計画設計並びに運用主務の艦政本部長が登場、直々のものいいが付いたー! 。
 本部長、艦内だと問題が。
「非常に問題だ」
 本部長は「ちくわ」を指して曰く。
「これは、外宇宙航行概念実証試験実験機材テストベッドであって、断じて艦艇ではない」
 はい質問、両者の差異、具体的に。
「うむ、良い質問だ、まずこの」
 再び、「ちくわ」を指して。
「こいつの命数は既に尽きている、実験機材につきワンメイク、1度使用の使い捨て運用だ、対して」
 ばっと本部長何処からかホロ映像を取り出し。
「当実験結果を受けて現在概念設計が進められている外宇宙艦隊艦隊整備計画第1号艦の初期耐用年数は10年を予定している、改装予算が通れば半永続的運用も」
 使い捨てと10年、なるほど違いますね、そこを有権者、外宇宙艦隊活動原資の提供者たる納税諸賢に誤解して欲しくないと。
 艦艇を使い捨て運用する、我々納税者を蔑ろ、血税ムダ遣いの外宇宙艦隊もその諸般対外宇宙プロジェクトも怪しからん、予算削減計画縮小いっそ中止に追い込んでしまえ、そのモメンタムは絶対に避けたい、わかりみ。
「はなしが早いな、そういう事だ」
 以後は実験機材の呼称を徹底すること、それじゃ。
 いやちょっと待って。
 艦呼び禁止、どう表記しろと。
「知らん、自分で考えろ」
 えー。

 太陽系外宇宙、深宇宙を長期単独航宙、無事実証試験を完了し帰還軌道途上にあった巨大な「ちくわ」。
 その実験機材構造体内部では。

 だめです本部長、リーダビリティだだ下がりです、完全にリライト本旨本末転倒事案ですよ! 。
「それも問題だな」
 ここまで説明しておけば有権者の誤解は事前回避可能ですよ大丈夫です問題ない。
「うむ一理認める、宜しい、実験艦である事を前提に本件限定でこれを艦艇と呼称することを許可しよう、特例だぞ? 」

 はいオフィシャル艦呼び特約入りましたー。
 では本編再開します、テイク3、 本番スタート、3、2、1。

 太陽に近い順から、水金地火木土天海冥、太陽系には9個の惑星が存在している、一般的にはこの理解、認識で十分。
 その、太陽に最も近い惑星、水星。
 水星の近傍宙域、その外縁に、一つの巨影が。
 近年では類例のない円筒形状の外観を示す、人類がこれまで自身の生活圏に建造、進宙させてきた数多の航宙飛翔体の構造規模と比較すると、全幅約1キロ、最大長約9キロという桁違いに巨大な機体が姿を見せた。
 なぜそれ程巨大なのか? コンパクトに収めた結果こうなった、アレ? 。
 驚くなかれ呆れるなかれ、これで当時の技術で必要ギリ、最小サイズであった。
 太陽系外の人類未踏域、そこに乗り込み無事計画、予定通りに生還するとはそれほどの難事であった。
 その最終航程。
 既に自力航宙能力を喪失し、ニュートン力学に導かれるがままに運動している外宇宙艦隊所属の外宇宙航宙実験艦、識別名称「エンタープライズ00」を附与されたその艦内は、平穏な、本日定常異常無し異常なしで日誌を埋めるだけの日常をだらだら過ごしていた乗組員を突如襲撃した予定外緊急任務への対処として正に喧騒のただ中に放り込まれている。
 と、今日の日報には書いておくか。
「ムダな事を考えていますね」
 確かにそうだ忙中閑あり、とは言わないか、緊張が途切れいつの間にか臨時改造作業手順のその手が止まっていた。
 相棒、もう一人の姿無き乗組員、電子副官の適確な指摘ツッコミに本艦艦長にして全権兼務、今は現場作業員として本来は使い捨て無人運用される、今次作戦、実験本番では本機不順の不測に備え出航時点から積載され幸いにも未使用で残置され今。
 臨時搭乗移動手段として転用可能となった数点の予備機材から作戦従事兵員は基より航宙資格保持者として広くは身内といえども軍属ですら無い民間部外の人命が掛かるとあっては。
 候補全機検証結果状態最良を選定後、それはまあ今さっきの通り本来ヒトが乗って移動する構造ではないので、そうすべく絶賛悪戦苦闘の真っ最中である現場ネコ艦長タロウ・サクライ、階級は大佐。
 作業環境である宇宙に直接晒された真空暴露、呼吸可能気体で満たされ与圧された艦内からエアロックを通じ、てはいない、だって航宙期間に艦外宇宙空間作業なんて全く予定に無かったので設計段階からそんな構造にはなっていない、艦の制御を統括する電子副官が自らの手足を動かすも同然に艦外構造であるその実験機材格納庫《ハンガー》を管理制御しタロウは作戦通りに指示していただけ。
 そんなこんなでえっちらおっちら、エアロックで宇宙作業服を着込み工具を背負い、副官のガイドでなんとかハンガーに辿り着きこの劣悪な作業環境で決して専業ではない突貫の改造工事作業に従事している今ココ。
 そう、劣悪も劣悪、だって照明一つない暗黒空間である。
 これもだから、当初予定にない設計外、1グラムのムダ質量も許容しない、使用予定に無い艦外構造に照明など論外。
 副官がスーツに送信する視覚補正情報支援に頼って拙い手元を動かしていた。
「スペオペみたいにカンタン便利万能に直接ドッキング出来りゃラクなんだが、さて、これでいいか、ヘル」
 無人センシングユニットをベースとした突貫急造人員搬送シャトルにヘル、艦長権限でタロウが名付けたパーソナルID、電子副官「ヘルメッセンジャー」はデータリンク、動作確認、検証する。
「了解、作業結果評価、規定動作確認正常、初期予定性能発揮を認定、使用可能です、必要作業完了を承認、ミッションコンプリート、お疲れ様、艦長」

 シルフィード、風の妖精とはまた異なる、スカイ・フェアリー、地上では無く天海に住まうがごとし、彼の地にあってはどれほどの先天的才能、あるいは磨き抜かれたスキルがあろうと物理環境、井戸の底では纏わりつく重量の呪いを火星の低重力はいとも軽やかにその身体を高く優美に舞い踊らせまた羽毛にも似て降臨せしめる。
 ウェルカム、アーシアン。
 地球のみなさま、ようこそ、火星へ。
 正にかっこうのディスプレイであったのが、効果が過ぎたようで。
 あの娘が欲しい、という珍客に支店長は苦慮した。
 あの娘、でございますかお客様。
 そう、この娘、この娘が欲しいんだ、ムリは承知だ。
 名刺にコム番を走り書きして突き出して来る、顧問弁護士と相談してくれ。
 名に覚えがあった、量コンOEMパテントで一財を為しアーリーリタイア、珍妙にもここ火星に別荘を構えている筋金入りの変人だ。
 否。
 思いの外の上背より尚この火星ですら重力作用方向が目立つ容姿には、つまり1Gではなく0.6Gの環境を余生に選んだ理由はそこまで奇特ではないなと。
 ディスプレイマネキンは眼前の喧騒を、下界の些事を見下ろす天女の優雅、無関心で機械的なステップを精確に繰り返す。
 そして衝動買いのメイロイド、バイオロイドと致すのか、まあよい。
 事後の不都合、交換、返品はいっさいお受け致しかねますと文書化念押ししプレインストーススキル未処理、中身スッカラカンのディスプレイですので同等モデル市価の7掛けでお譲りしますと、???私非売品、なぜ売られる???、シビル・ハイヤードは安住の倉庫店頭往復業務から未知の荒野へドナドナ。

「それでは本日のお題はなにかな、テルオくん」
「ない」
 ぞんざいに、しかし小声でテルオは応じた。
「きみの声が少し聞きたくなった、それだけだ」
 人生初めての体験にマリーは軽く頬を赤らめ、軽口の接ぎ穂をなくす。
 環境省宇宙庁は24時間365日稼働する。
 その管轄が人類圏全域を網羅するが為に。
 軌道エレベータ1号基、スカイフック01基部メガフロート、サウスアメリカ州。
 地上本庁舎が所在するその頭上、直上延伸方向、軌道上のエレベータ強度維持構造、テンションフックアンカーを兼ねる人類初の常設大気圏外施設、北米宇宙港に併設されるそれ、地球連合環境省宇宙庁航宙保安局内宇宙艦隊地球軌道基地。
 通称、「ヤンキーステーション」
 純金で埋め立て工事するような不毛で空しい初期開発の後、ようのやくにして採算分岐点突破テイクオフした地球軌道商圏は、やはり宇宙開拓から開発を経て生活、経済の場となった月圏と活発な通商活動を展開していた。
 そのYS、宙保母港の窓際、眼下の地球が良く眺められる特等席にテルオの、航宙保安局内宇宙艦隊准将、テルオ・トウドウの執務室は割り当てられていた。
 人には知らずにおく自由が、不幸を避ける知恵がある。
 しかしテルオには意志と能力が存在し、未知を嫌う性格があった。
 結果、不幸のずんどこに叩き堕とされた今ココ。
 パンドラの函、シュレーディンガーの人事考査。
 再三再四の異動出願をどうしてそこまで頑なに却下し続けるのか納得いかねえ! こっちはけっきょく浪人のあげく内宇宙艦隊勤務のまま一般職昇進上限の准将に達してしまった、昔なら佐官、いや将校下限である尉官の壁であがいたろうがさすがに時代が違う、それとて望んで得た地位でないにせよ。
 しかし貰えるモノは貰うし使えるモノならとことん使い倒す、遠慮という文学表現とは無縁の価値観に生きている、それならで、地位と権限の総てを投じて相手の口を割らせてしまった。
「互いに不幸な関係」
 苦笑で応じる以外にない。
 言われてみれば、言われるまでもなく理解していた。
 今の外宇宙艦隊には彼が望み実行可能な要件は何一つ存在しない事実を。 
 現在の外宇宙艦隊の実情として、乗り組み可能な艦艇も、将官にふさわしい指揮下に置ける戦力も無い。
 総てが準備、整備段階にあるのだ。
 乗り込んで行って出来る事求められる資質。
 それは、キライで苦手なデスクワークと人務調整予算獲得を含む渉外折衝、超長期ロードマップをまいにち確実に1マスずつ埋め歩む堅実性。
 ああそうだよ、俺には何一つねえしそれ全部ムリだわ。
 彼が渇望して止まない、否、それに向かってこそ正に現職一同が粛々と日々営んでいる日常の、その遥か先に燦然と輝く忍従の果ての成果、太陽系外深宇宙の先に拡がる無限の世界は。
 それまで、貴君にとっての、苦行でしかない時間を過ごす覚悟があるか、我々がそれを貴君に望むか。
 判るだろう。
 共に、ノーだと。
 妻帯もしない、航宙幕僚課程すら蹴って捨てる。
 それは、まあ、無理だよな。
 こちらから呼び出し、黙りこくったコムの向こうで悪友が喚き散らしている。
 ホントに声だけ聴いてやんの。
 こういう奴だよ俺は。
 どうしたらいいと思う、マリー。
 呆れた相手はそのまま切れてコムはスリープ。
 

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