【あらすじ】 都会に出て心のバランスを崩して島へ戻ってきたノコ。そんなノコは夜明け前、ひとりで港に行き海を見ていた。そんなノコを気にかける漁師の海斗。瀬戸内海の海に仰がれるように潮風がそれそれを幸せへと導いてゆく。 ─────────────────── 夜の海が明けてゆく一瞬の青が好きだった。私はその青が見たくてスマホのアラームを毎朝4時にセットした。まだ薄暗い中、沖に出る漁師さんたちが赤い地引網を漁船に積み込む姿を毎日見ていた。その中の漁師の一人が海斗だった。
今朝は四時起きだった。 私には高校一年生の息子がいる。 その息子が所属する部活の大会が別の市であるらしく広島駅に7時に集合で最寄り駅発6時の電車に間に合うように息子を駅まで車で送った。 息子を送った後で主人と近くのコンビニに寄った。主人は焼肉弁当を、私は赤飯のおにぎりを買った。会計を済ませて駐車場に出ると主人はそのまま車で出勤し、私は歩いて帰宅した。 帰宅して台所のドアを開けると『ちりん ちりん』と音がした。ラックにぶらさげてあったステンレスのハンガーにエアコンの風
「これ以上、近所であなたの評判が悪くなってどうするの!! 」 普段は勝手口の鍵なんてかけないくせに夜11時、病院の駐車場で彼の車から降りて家に入ろうとすると勝手口のドアは開かなかった。引っ張って開くわけがないのに『ガチャガチャ』ドアノブを動かした。その音に目が覚めたのか母はドアの向こうで「これ以上、近所であなたの評判が悪くなってどうするの!! 」 母は2度、同じことを静かに言って寝室へと戻った。 私は表の玄関のドアの前に座ってクソババアとか死ねとか母に対してそんなよから
「お母さん、バスタオル!! 」 勝手口から娘の声がして私は洗い物をしていた手を拭いて慌てて脱衣場に行った。バスタオルを持って勝手口に行くとそこにはずぶ濡れになった娘の理沙と同じようにずぶ濡れになった髪をひとつに結わえた男の人が立っていた。『海斗? 』その姿があまりにも若い時の主人に似ていてバスタオルを渡そうとした手がとまる。 「速水さん、先に…… 」 娘の声に、ああ、1度だけここに来たことがある娘の元カレなんだということがわかった。 雨など降っていない。ただ主人と同じ匂
お調子者だった。悩むより笑われていたほうがいい。それでも、自分が言ったことで笑われるのが他人ならそれは時に取り返しがつかないことになるのだと思う。 煙草は吸わないけれど喫煙室にいた上司から手招きされて僕は透明なガラス戸を開けた。 「速水君、川野さんとはどうなんだ? 結婚するのか? 」 「まだ…… 」 僕が言葉を濁していると 「不思議だな、速水君とは全く真反対に思えるんだが、まっすぐではあるけれど、なんで川野さんなんだ? 」 僕は上司から社内で噂になっていた彼女とのこ
人生つまらないな、と思っていた。こんなことをXで呟けば『自分の気持ち次第!! 』きっとポジティブ警察がお決まりの気持ちを言ってくる。元気なんだから、当たり前に感謝だとかね、たかだか25年生きていて当たり前に感謝できるほどの不幸も幸せも感じないほど私が歩いてきた道は平坦だった。これもきっと両親が仲良すぎたせいだ。時々、ドラムセットを屋上から空に投げつけたい気持ちになる。もちろん、そんなことはしないけど。ドラムセットなんか持ってないし、例えば空に投げれたとしても落下して壊れて私
久しぶりに漁に出るのを休んだ朝だった。 「じゃあ、お母さん、行ってきます」 「理沙、ちょっと待って。雨が降るかもしれないからちゃんと傘持って」 玄関の方からは娘と妻のやり取りが聞こえていた。 「昼頃から雨、降りそうだね」 そう言って、寝室に入ってきた彼女は、小さなちゃぶ台に、保温ポットとおにぎりと小型のDVDデッキを置いた。 「ねぇ? 海斗、何か見たい映画ある? 」 「ノコさんの好きなのでいいよ。俺はどうせ寝てるし──」 彼女が布団の中に入ってこれるように俺は左に体を
特に予定のなかったゴールデンウィーク、断捨離をしようと押入れの中を整理していた。ブルーの寝袋の下には薄く丸く畳んであるポップアップテントがあった。僕は捨てる前に『もう一度』と思い、畳の上でポップアップテントを広げてみた。 「直樹、馬鹿じゃないの? 本当に墓地で寝ているの? 」 僕は一時期、週末になると桜が丘という墓苑にポップアップテントを広げてそこで寝ていた。きっかけは震度4の地震が起きた翌朝、通学のバスの中で隣に座ってきたおばさんが『昨夜は怖かったわね。うちは犬が3匹
『くそったれが』俺が便所に入ろうとしたときだった。女の声で確かに『くそったれが』そう声が聞こえた。 中を覗くと掃除屋の若い女だった。『気が強くて可愛げがない』春に鉱炉番たちの間で噂になった女だった。俺と目が合うと 「なに見とるん? するん? せんのん? 」 女は聞いてきた。 「する」 俺がそう返事すると彼女は蛇口に繋いだ緑のホースを床において、外に出た。 「邪魔してすまん。終わった」 俺が外に出ると女はまたホースを持って掃除をはじめた。 鉱炉番は熱い、外でクレーン
ふた股どころか、13股ぐらいしてたんじゃないかな? 缶ビール1本でふにゃふにゃになるような彼はアコースティックギターを持ってステージに立つと脇役から主役になった。ステージから降りると猫背で誰しもに『私がいないと── 』と母性本能をつつく弱さを醸し出しているのに。ライブハウスでのイベントが終わった後はいつも彼の周りだけ取り巻きに囲まれていた。私はその様子を少し離れたコンビニの外で煙草を吸いながら見ていた。そして、私の姿を目にしときながら、彼はどこかへ消えてゆくのだ。はじめは泣
久しぶりに電車に乗った。通勤の朝とは違う気持ちだった。普段は気にもとめない外の景色が目に飛び込んでくる。車内のリュックを背負った学生たちや紙袋を膝の上にのせてすわるおばあさん。僕自身は誰かの目にどんなふうに写っているのだろう? 「あなたは遠くの誰かのことは思えるのに目の前の子供が泣いていても関係ないのね!! 」 出張から帰ってきた夜、シンクには割り箸やカップラーメンの容器や菓子パンが入っていたチョコが少しついた袋が乱雑に積み重ねられていた。換気扇はつけっぱなして。テーブ
気がつくとずっと服が好きです。 以前はお高いセレクトショップの服を買ってインスタにコーディネートの投稿をしていました。まるでそれが仕事みたいに。 今は高い服は買えないので普段の食材の買い物へ行くスーパーのポイントをためて、そのポイントを使ってニコアンドの中にあるモードノームコアというブランドの服を主に買っています。 ただ昔と違うのは、同じものを買うということ。 以前はテイストが違うもの、色が違うものを買っていました。 全く同じものを買うなんて信じられないという境地でした。 ス
私だったら──、両親とその不倫相手のことをこんなにも淡々とした熱で書けるだろうか? 小説は読むもので書くなんて馬鹿馬鹿しいと思っていた私が見様見真似で物語を書き始めた2021年の秋、なにがきっかけかわからないけれどまずは文庫本を買った。 『不倫はダメ』確かにそりゃそうだ、傷つく、その傷は首を絞められた後みたいに手は首から離れてもその記憶は消えることはないみたいに一生消えない記憶となる。 だけども、故意的にではなく、もう本能でどうしようもなく身体の真ん中から自分が手を出すみたい
貴女へ 桜を想うとき、いつも浮かぶのは貴女の背中でした。 一糸まとわぬ姿になったときの貴女の背中でした。桜が咲き、その姿を誇り、一瞬で風に吹かれて揺れ落ちるとき、なぜか貴女の背中を思い出すのです。 『想いが重なるほどに膨らんで咲き誇ってみたもののそれは一瞬でやはり』 と貴女が服を身に着け、小さなハンドバッグの中から鏡を取り出し紅を塗る姿を見ては僕は手に負えない自分に嫌気がさしていました。いっそのこと、咲き誇る瞬間にふたりが果ててしまえば、とも想ったりもして薬局で薬を見た
実は一度、noteを退会しています。 退会したくせにまた登録したのは、メインにしていた投稿サイトがなんとなく息苦しくなったから。 こうして自己紹介のハッシュタグをつけておきながら実は繋がりたくないのです。 ただただ書いていたくて、それをまあ読んでくれる方がいてくれたらなぁ──という感じです。 でも、ブログやインスタ、投稿サイト、そしてX、いろいろ試してみて思うのは繋がるのが楽しいんですよね。 現実ではありえない場所の、ありえない世代の方と言葉のやり取りができる、本来の書くこと