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悪曇たつローレシア

 城の地下。牢屋に男が居る。
 前は人間であったが、いまは人間ではない。悪魔に汚れた魂を支払い、精算している人間であった者。
 全身から穢れという穢れが滲み出し、この世の下劣を掻きあつめたような姿。墨で塗りたくった重黒の素顔を、白く無機質な仮面で覆う。

「ばぁおぅぅ! ばぉうう、あばば! ばうはう! ばぁうぅ、わあぅ! ばうわう! ばぁぁう、わぁぁう! ばぁう、わぁう!」

 この男。深夜にけたたましい寄声をあげ、神への祈りを叫ぶ。神といっても「邪神」。穢れきった暗黒神への祈り。

 看守を務める兵士は呆れ顔だ。
「……また始まったよ、悪魔神官の奇声」
「王様の寝室にまで響いてないか?」
「……そこまでいかないだろ。これが『キィキィー』とか高い音域の声ならいくかもしれないけど『ばうわう』だろ?」
「でも何かよ、頭に響く。クラクラして、催眠にかかるというか」
「おいおい、俺が牢屋の鍵を管理しようか」
「操られて開けるとでも?」
「…………あ?」
「俺が操られて、開けるとでも?」
「ああ、操られて開けるねお前は!」
「……なんだと!?」
「意志が薄弱なんだよ、お前。メダパニとか本気でかかるだろ」
「そりゃお前だってかかるだろ」
「しかも、俺見たからな! お前、悪魔神官からかってただろ? なんだあれ『ひらけポンキッキ』とか言って指くわえて腰振るの」 

(え! 見てたの!?)

 カァァ……! 兵士は顔が真っ赤になった。
 見られていたのだ。
 暇で、暇で、悪魔神官を怒らせてからかう姿を……!

「『ひらけ! ポンキッキ! わぁお! わおゥゥーー! ひらけ! ひらけ! ポンキッキ! ポンキッキ! わぁおゥゥーー! わお! わお! わぁおウゥ!』」

「おい、あれここでもう一度やってみろよ。ひらけポンキッキ! わぁお! わおゥゥーー! ってよ! なんだありゃ、ひらけ ひらけポンキッキポンキッキ! わぁおー! 恥ずかしくないのかお前!」

『何を騒いでおる!』

「……うッ!」
「ひいッ! お……王様!?」

「いや王様いない。……声真似だ。こ……こいつ……王様の声真似しやがった」
「こ……、この野郎ゥゥ」
「この野郎!」

 ふたりの兵士は、頭に血がのぼり「こいつボコそうぜ」とばかりに牢屋の鍵を鍵穴に入れた。 

(ーー!!)

 そして牢屋のなかにはいって気がついた。
「俺は……ひらけポンキッキなんて言って、こいつをからかっていない」
「俺もだ……、俺もひらけポンキッキなんて言ってからかってるお前をみたことがない」
「……どういうことだ」

 ……………………。

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