上京した女の話 2

東京には親戚の女子がいる。女子といっても三十を超えている。結婚するならもうそろそろだと思うが、浮いた噂を一向に聞かない。それもそうだ。彼女はとあるローファームで働いているが、入所当初は「大丈夫、あなたは才能があるから普通の半分の期間で仕事を覚えられる」と励まされた。しかし蓋を開けてみると、何のことはない、勤務時間が一般の二倍というだけだった。給料は悪くない。仕事もエキサイティングだ。しかし早く昇進するか転出するかしないと心身をやられてしまう。

そんな話をLINE通話で漫然と聞きながら、交際相手は今いるのかと聞きそうになる。巨大企業のM&Aよりも本人の恋愛事情の方が面白いに決まっているではないか。そうはいってもなかなか言い出しづらい。彼女の多忙ぶりだと彼氏はいないようにみえるが、それを確認したところでこちらが勧められる彼氏候補はいない。厳密に言えば、いないことはないが、そいつは夕食をカップヌードルで済ます社会不適合者だ。彼女の運気が下がってしまう。

彼女はつっけんどうでぶっきらぼう、ブランド物を買っては捨てているが、折にふれて私のことを心配してくれる。昨日の通話では「今日の猫村さん」の話題で盛り上がった。彼女の仕事は法令に照らして事案の助言をすることだが、会議室で人間を観察することでもある。私が不調のときはそれを感じ取ってLINEでスタンプを送ってくる。

それにしてもお金の使い方の感覚が違う。自由時間が少ないから、お金で時間を買っている。まるで経済学の教科書に出てきそうな生き方だ。そして最近は整体に通い始めたという。プロとして仕事を続けるためにプロに体を整えてもらうのだそうだ。

彼女は一貫して優等な成績で過ごしてきたこともあって、情報のアンテナが広い。つい先日、私と夫は彼女に会って有名なそば処でそばをすすったが、夫と彼女はある事故の原因をめぐって闊達に議論していた。

そうこうしているうちに話題はある裁判官の話になった。ネットで有名な裁判官が処分されるという。高潔優秀な人柄で悪い噂は聞かない、というのが二人の共通意見だった。だが、家に帰ってからネットを開くと、ある法学者が彼の履歴を検索して、遺族や証言者の発言に顔文字をつけるという侮辱的な書き込みをしていると書いていた。どちらが現実なのだろう。東京に移り住んでから、わからないことが増えた気がする。