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握手会でクワガタをもらったので育ててみた


我々アイドル(だったもの)は、握手会というファンとの接触イベントがあり、
そこでさまざまなプレゼントをいただく。
プレゼントされる回数が多いものナンバーワンはやはりお手紙だろう。
これはなにもイメージアップを図っているわけではないのだが、いただいたお手紙には全て目を通した。
ファンになった経緯、この番組のこの発言がよかったよなどピンポイントでのお褒めの言葉、他のアイドルのイベントに行ってみたよという報告など、様々な内容が綴られている。
変わったものだと、お手紙を渡す握手会の会場にたどり着くまで、家からどういった交通手段できたか、なんというバスに乗り、なんという電車でどこで乗り換えてなどを事細かに記してあることもあった。
いずれにしろ、手紙というものには文の長短に関係なく、書いた人の一種の「念」のようなものがこもっている気がするので、全てきちんと読ませていただいていた。

次に多かったプレゼントは、蒸気の出るアイマスクや脚に貼る冷却シート、入浴剤、顔に貼るパック、ボディクリームなど美容ケア用の消耗品だ。
これらも非常にありがたい。誕生日やクリスマス近辺だとどうしてもいただくプレゼントの数が多くなり、我が家ももう少し広ければよかったのだがどうしても保管場所を考えると、消えものは大変助かる。気を利かしていただき感謝である。

その他、お花、ゲームソフト、カップ、エコバッグ、靴下やTシャツなども定番品であった。
もちろん中には、お気持ちは嬉しいのだがその後の用途に困惑するものもあり、全く知らないアイドルさんの切り抜き写真や、どこぞの旅行のお土産であるのか珍妙な置物などもいただいた。それはそれでこれはなんぞやとネタにさせてもらった。

プレゼントの決まりとして、食品類や現金は禁止されていたのだが、それ以外は特に決まりもなかったため、多岐にわたる贈り物をたくさんいただいたものだ。

しかしながら上記のものを差し置いて、私の11年間の芸能生活の中で一番印象に残っている贈り物は

生きたクワガタ

だ。

生物(なまもの)は禁止されていたが、生物(せいぶつ)は禁止されていないという、一休さんのとんちのような穴をかいくぐってきた猛者がいたのだ。

お台場で毎年開催されていたイベントでの握手会で、その猛者は私の目の前に一つの箱を置いて行った。
その箱がプラスチックでできた虫かごであり、その中に珈琲色の2つの生命がうごめいていたことは瞬時に確認できたのだが、その時の握手会は流れがとてもはやかったため、ろくに説明も受けないまま、猛者は剥がされそして人の海へと流されて行った。

握手会が終わり、その日いただいたプレゼントの整理に入る(できるだけコンパクトに持ち帰れるよう、包装紙や紙袋を捨て荷物をまとめる作業)。
私のプレゼントボックスの中にはやはり、美容系の消耗品やお手紙といった類のものの中ではとんでもなく異質な存在感を放つプラケースが入っていた。
プラケースの底には土が敷かれてあり、小さなプラカップに入ったオレンジ色のゼリーらしきものが転がっていた。
その傍らで、珈琲色の小さな生き物が2匹じっとして、こちらを伺っている(気がする)。
片方はちんまりと小柄で控えめなフォルムであるのに対し、もう片方は頭部に立派なはさみ型のツノを携えている。

そう、かれらはクワガタ。しかも、つがいである。

私は狼狽した。
生命をこの手にあずかり受けたことよりもまず先に、かれらが”つがい”であるという事実に。
クワガタといえど、年頃のオスとメスが密室で時を共にすれば、一体何が起ころうか。
それは想像に難くない。
土にうずまる白きブニュブニュを想像して少しばかりめまいが起きたので、
早急に帰宅し、その足でホームセンターに向かった。現在彼らの住まいとなっているプラケースと同じようなプラケースを一つと、昆虫用の土、ゼリーを購入。

完全に、彼らを飼育するつもりでその準備をしていた。

急いで家に帰り、新品のプラケースに土を敷き、ゼリーの蓋をあけ土の上におく。
そして、双方に別れの挨拶を済まさせてから、メスを新居へ移した。
一応、寂しくないようにと透明のプラスチック越しに互いの姿が見えるように配置した。

一段落ついたところで、ふと我に返った。

「いったい私は何をしているのだろう。」

クワガタを買いたいと思ったことも、言ったこともない。
けれども今我が家には、つがいのクワガタがいる。
家族として迎え入れている。

しかし、生命をこの手に預かったからには無責任に投げ出すことは許されまい。
虫であろうがなんであろうが、尊き命には変わりがないのである。

そこから奇妙なクワガタとの生活が始まった。

と言いたいところではあるが、クワガタは思った以上に存在感が薄かった。
クワガタはとにかく静かで、犬や猫のように一緒に遊んだり散歩もしない。
鳴かないし、トイレの世話もない。たまに土を湿らせ、ゼリーを取り替えてやる。これだけで勝手に生きてくれる。

季節が冬に差し掛かってくると、クワガタの動きが鈍くなってきた。
ネットで調べるたところによると、どうやら彼らは寒い時期には冬眠するらしい。

暗く冷たいところに置いておこうということになり、階段下の物置に2つのプラケースを仕舞い入れた。

たまに土は湿らせた方がいいらしいが、もともと少なかった世話はさらに減った。
のちに聞いたところによると、父親がたまに様子を見ていたらしい。

そして暖かくなった頃にクワガタ達を物置から出してきて、冬がくるとまた階段下に入れるということを数回繰り返した。

そしてクワガタが我が家に来てから2年と数ヶ月経った頃、
あの猛者が、再び握手会にやってきたのだ。

その時の握手会は、クワガタを授かった時よりもだいぶゆっくり話ができた。
私はクワガタの猛者の顔をもちろんよく覚えていたので、
彼にクワガタの話を持ちかけてみた。今も元気でやっていると、元の主人に伝えたかったのだ。
すると彼はとても驚いた顔をした。
聞くところによると、なんでもクワガタは上手に飼育しないと死んでしまうそうで、2年と数ヶ月も生きるとは(おそらくその種類にとっては)長生きであると。
とても上手に飼育をされたのですねと、お褒めの言葉をいただいた。
クワガタの猛者は、昆虫ショップか何かを営まれていたようで、プロに飼育法を褒められるとはなかなかに嬉しかった。

おかげで、クワガタをいきなり押し付けてくるなんてふざけんな、こっちは大変だったんだぞとキレるのを忘れてしまった。

その後ほどなくして、メスが先に息を引き取り、その後を追うようにオスも天に召された。
果たして彼らは幸せなクワガタライフを送れただろうか。うつしよでは別離させられたパートナーと、あの世で再開し仲良くやっていることを願うばかりである。

奇妙な出会いではあったが、出会って2秒で譲り受けたクワガタを数年間に渡り飼育し続けるという奇妙な体験をさせてくれた、クワガタの猛者には心から感謝しようと思う。
ありがとう、クワガタの猛者。




※クワガタの猛者はクワガタが亡くなった後も応援してくださり、とてもお世話になりました。この度このようにネタにしてしまったこと、お許しくださいm(_ _)m







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