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悪ガキだった俺と、現在の俺

#悪ガキ #現在の俺
 
 今日、俺は歴史担当の先こうを殴った。理由は以前から気に食わなかったし、俺ばかり注意してくる。机から足を出していたら蹴り上げられたことがある。あの時は頭に来たが、我慢した。遠足の時もついうっかりガムをかじっていたのがバレて二年生全員の前で往復ビンタを食らった。俺がその先こうを睨み付けていると、「何だ! その目は!」と罵倒された。

 噂では、その先こうの娘が亡くなったらしい。ざまあみろ! 普段の行いが悪いからそういう目に合うんだ。

 俺は心の底からその先こうを恨んでいる。ぶっ殺したいくらいだ。でも、そんなことをしたら俺が犯罪者になってしまう。さすがに、中学の頃とは違う。中学では退学や停学はないが、高校ではそれがある。だから、あまり派手な悪戯は出来ない。中学の頃は校内を自転車で走ったり、トイレで煙草を吸ったり、先こうにバケツごと掃除で汚れた水をぶちまけたり、女の先こうの胸を後ろから揉んだりしたことがある。揉み心地が良かった。女の先こうは、かなり驚いていて、「ギャー」っと、悲鳴を上げていた。

 悪さばかりしてきたからか、したい仕事があったけれど、貧乏な家だから進学はやめてくれ、と親父に言われた。俺は、「奨学金で整備士の学校に行きたい」と言ってみたが、払えなかったら困るからそれもやめてくれと言われた。俺は親父に、
「要は、保証人を親にしなきゃいいだけの話だろ」
 と言うと、
「確かにそうだが、他に保証人になってくれる人いるか?」
 そう言われて、確かにそういう奴はいないと思った。

 俺は車が好きだ。だから、そういう仕事をしたいと思ってたけれど、親父のせいで諦めるしかなくなった。貧乏は嫌だ。欲しい物等が買えない。

 親父は最近、咳を頻繁にしている。大丈夫なのか。因みに母は俺を産んだあとに死んだ。詳しいことは聞かされてないけれど。俺は親父に声を掛けた。
「親父、咳酷いけど大丈夫か? 癌なんじゃないのか。肺癌とか」
 すると親父は、
「縁起でもないこと言……ゴホッゴホッ……うな」
「ほら、また咳してる! 死ぬなよ」
「ゴホッ……死なねーよ」
 親父は必死に堪えている。
「病院に行った方がいいぞ」
 俺がそう言うと、
「大丈夫だ」
「大丈夫じゃないから言ってるんだぞ!」
 親父は黙っている。
 でも、俺が口うるさく言うのは、死なれたら困るからだ。とてもじゃないがバイトしかしていない俺の給料じゃ生活できない。
 本来なら整備士になって正社員で働いているはずだった。でも、現実は違う。だから、すっかり仕事をする気が失くなってしまった。でも、親父に小遣い位は稼いで欲しいと懇願され、コンビニで勤務している。コンビニの給料はたかが知れている。だから、親父が亡くなる前にもっと給料のいい会社に転職しなくては。

 俺は現在、二十歳だ。親父は四十五歳くらいだ。はっきりした年齢は覚えていない。でも、親父の兄弟から俺は親思いだと言われる。あまり自覚はないけれど。

 今まで散々悪さはしてきたけれど、親は大切にしていると思うと言われたことがある。果たして本当にそうだろうか。

 中学の頃、学校の窓ガラスを割った時は流石に親父にド焼きが入ったし、弁償したらしい。それでも俺は、「ムカついているし、面白いから割ったんだ」と謝ることさえしなかった。

 今、思えばとんでもないガキだったと思う。現在に至ってもまだまだ若いが、あの頃は正しく若気の至りだった。

 だからこそ、迷惑を掛けた分、親孝行をした方がいいかなと、思っている。別にしたくてするわけじゃない。

 親父はヘビースモーカー。見ている限りでは一日に二箱は吸っているのではないだろうか。もしかしたら、もっと吸っているかもしれない。注意しても減っていない様子。だから、言うことをきかないのであれば、それは知らん。冷たい言い方かもしれないけれど。そこまで俺は優しくない。

 

 俺は硬派なのか? 女にうつつを抜かすことはない。彼女がいた時も優しくはしなかった。優しくすると、男女問わず付け上がると思うから。でも、優しくされると優しくしたくなる。だから、相手による。

 そもそも「優しさ」とはなんだ?

 人に何かしてあげることか? それとも優しい言葉を掛けることか?

 どちらもあるだろう。

 俺がこういう哲学的というのだろうか、考えるようになったのは最近だ。何故、考えるようになったのだろう。不思議だ。

 親父の健康面ことや、経済的なこと。突き詰めて考えると不安がよぎる。その不安と言うのは、父の死、転職しなければならないということ。

 俺は一人っ子だから親父が亡くなれば天涯孤独。親父やお袋の兄弟姉妹はいるが、付き合いはあまり無い。特に俺は。

 ガキの頃に戻りたい。中学の頃の、何をやっても許された時代に。

 何だか俺は近頃寂しい気分。パッとしない。ダチは何人かいるが、最近会っていない。その中でも本当に信用できる奴は一人しかいない。いや、逆に一人いればいいのか。そいつの名前は田村多恵たむらたえ、二十歳。同級生だ。彼女には恋愛感情はない。多恵も無いと思う。

 それにしても、多恵は彼氏ができたのだろうか。あいつは子どもが欲しいと言っていた。それならとっとと結婚して子ども作ればいいのに。まあ、余計なお世話だと思うが。

 最近では、旦那はいらないから子どもだけ欲しいと言っている女性が増えているようだ。なぜ、旦那はいらないのだろう。子どもには父親も必要だと思うけれど。多恵はどう思っているのだろうか。

 たまに彼女ともカラオケ行ったり、食事したりしたいな。久しぶりにLINEを送るか。
<オッス! 久しぶり。元気してたか? たまには遊ばないか? カラオケや食事したりして>
 今は十九時過ぎ。ようやく多恵から返信がきた。
<今日は疲れたから次の休みならいいよ>
<次の休みはいつ?>
 俺は質問をした。
<今週の木曜日だよ>
 今日は月曜日。三日後か、まだ日にちはあるな。俺は今すぐ行きたい、ストレス解消のために。だから、仕方ないので一人で行くことにした。

 一人でカラオケに行くなんて初めてだ。何故かというと、独りは寂しいから。

 俺は案外寂しがりやなのかもしれない。いや、案外じゃなく寂しがりやだ。自分のことだけれど笑ってしまう。

 独りで行って何を歌おう。最近の新しい曲はあまり分からないし。聴いてくれる人もいないのに。だからと言って、親父とは来たくないし。親父は家でも飲むし、外出したらもっと飲む。誰でもそうかもしれないが、お酒を飲むと気が大きくなって、口喧嘩をしたり、うるさいくらいの大きな声で笑ったりして、あまりいい印象がない。でも、今回は一人だから順番を待つ必要はないし、歌い放題。熱唱しよう。


 約三時間、熱唱した。疲れたけど、スッキリした気分。最初は独りで歌うのを躊躇っていたけれど、悪くないと感じた。また、悶々としたら一人で発散しに来よう。複数人でカラオケに来るのは付き合いで来ることにする。

 

 それから約一週間後、親父は入院した。病名は肺ガン。でも、まだステージ1。手術をすればほぼ完治すると医者の説明で聞かされた。これで、俺は就職活動も本格的にしないと生活出来ないと思ったし、親父の病院代も保険が適用されない範囲は払わなくてはいけない。それは、親父が貯めた貯金と無くなったら俺が払うしかないだろう。仕方ない、実の父親だから。こんな考えは中学の頃には無かった。この年になって考えるようになった。成長したのかな。

 そのようなことを考えながら、スマホを手に持ち、保険会社に電話をした。俺と親父の保険会社は同じ所だ。そこでは、ガン保険にも入れるので俺はまだ入ってないが、親父は入っている。生命保険の書類にはそう書いてある。因みに、親父が亡くなった場合の保険金の受取人は俺になっている。すぐに死ぬことは無いと思うが、もしもの時の為に備えてはいる。

 親父の肺ガンのステージがまだ低い内に、俺は転職しよう。亡くなってからでは、いろいろお金もかかるだろうから。

 今日は休みなのでハローワークに行くことにした。

 どんな職種がいいだろう、あまり愛想の良くない俺は接客業には向いていないだろう。まあ、今はコンビニの店員だけど。きつい仕事だと、その分給料もいいかもしれない。ただ、
続かなければ意味がないので、一人暮らしも出来て、いくらか貯金も出来る所がいいかな。楽な仕事は無いというのは承知の上だが、俺は吟味した。少しでも楽で給料がいい所は
ないものか。だが、資格は普通自動車の免許くらいしかないから、あまり期待は出来ない。

 ハローワークの中に設置されているパソコンで検索してみた。やはり、希望している職種
や収入がある会社はないようだ。

 俺の考えが甘かった。世の中そんなに甘くない。強制的にそう思わされた。正社員になれ
る職場。もしかして、今、勤務しているコンビニで正社員になれないだろうか? 店長に訊
いてみよう。従業員にも仕事にも慣れた職場だからちょうどいい。

 俺は、とりあえず帰宅して、シフト表を見た。店長は明日、出勤。明日訊いてみよう。

 翌日、俺は九時出勤。親父が入院している病院には帰りに寄ろう。
今日は九時から十五時まで。休みはだいたい週に二日くらいある。

 八時五十分頃に職場であるコンビニに着いた。店長の黒い乗用車の横に俺の愛車を停めた。

 裏口の従業員専用の入口に俺は店の中に「おはようございます」と挨拶しながら入った。
「おはよう! 田口たぐち君!」
 俺の氏名は田口和昌たぐちかずまさという。
「タイムカード切ったら訊きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「何だ、来てそうそう」
 
 俺はタイムカードを切った。

 事務所に戻り、俺は店長に話しかけた。

「今、いいですか?」
「ああ、いいぞ」
「実はですね、僕の親父が肺ガンなんですよ。ステージは1ですが」
 店長は黙って聞いている。
「それで、これから入院している間も、他界した後もお金がかかると思うんです。それで、
正社員の職場を探したんですが、なかなか見付からず、今の職場はどうだろう? と思って訊きました」
 店長はゆっくりとこちらを見て、
「なるほど、事情はよくわかった。普段の君の頑張りは認める。しかし、オレの一存では決められない。本部に言ってからになるな」
「わかりました、よろしくお願いします」
 一瞬だが、店長の表情が曇った。気のせいだろうか?
「一応、言っておくが絶対に正社員になれるとは限らないからな。もし、なれなくてもこれからも続けて欲しい。こちら側の意見だがな」
「わかりました、でも、正社員になれなかったら正社員になれるところを探します」
「君も随分はっきり言うな」
 店長は苦笑いを浮かべていた。言い過ぎたかな。まあ、いいや。

 仕事を開始してから約二時間後、店に電話がかかってきた。俺が出ようとすると、店長は、
「あっ、オレが出るわ。多分、本部からだろう」
 言い、出た。
「もしもし、はい。わたしです。はい、はい、そうですか。分かりました。本人に伝えておきます。お疲れ様です」
 電話を切った後、店長は笑顔でこちらを向いた。
「最終的には俺が田口君の仕事を見て本部に報告するのだが、正社員になるのは将来的にOKだそうだ」
 それを聞いて俺は嬉しくなった。
「そうですか。分かりました、頑張ります!」
「頑張れ! 期待しているぞ」
 話しが終わったので俺は仕事を再開した。
 その時だ。俺のスマホが鳴った。誰だろうと思い、画面を見ると親父が入院している
病院からだ。出てみると、声の高い男性看護師が話し出した。
『こちら山口病院ですが、田口さんの携帯ですか?』
「はい、そうですが」
 話し出してその看護師は声のトーンを下げた。
『実は田口さんのお父さんなんですが、ステージが1から2に上がってしまいまして……』
「えっ! そうなんですか。何でですか?」
『やはり、病状が徐々に悪化しているようで、抗がん剤も少しずつ使っているのですが、なかなかいい成果が出なくて。たくさん、抗がん剤を使うとそれだけお父さんの体に負担をかけるので、そこは慎重に投与しなければなりません』
 俺は看護師の話を聞いてショックを受けた。てっきり、良くなる病気だと思っていたから。
 
 店長には、一応、電話の内容を伝えた。なので、これからは悪化する一方かと思ったので何時、亡くなるか分からないと言った。

 今週の木曜日は、田村多恵と遊ぶ約束をしている。でも、親父がこういう状態なので、気が乗らない。多恵にはLINEで現在の状況と、俺の気分を伝えてまた今度遊ぶことにした。こちらから誘っておいて悪いけれど。多恵は「それなら仕方ないよ」と言ってくれた。

 

 俺が正社員になれた数ヶ月後、父は他界した。最期は安らかに、眠るように息を引き取った。死に顔は何だか微笑んでいるかのように見えた。まるで、俺が正社員になれたことを喜ぶかのように。

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