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出逢い 6話 優しい後輩

#書道教室 #謝罪 #彼女ができた #優しい後輩

 さっきは母にこてんぱんに言われた。僕は一切返す言葉がなかった。好きなことで生計を建てたいのは今でも変わらない。何とか書道教室を開けないものか。

 田端に力を借りたいが、杉山幸太郎さんや角沢いちこさんにこの前のことを謝っていない。謝ってくれたら、書道教室の話しもしたいのだが。今はまだ無理だ。僕の気持ちの整理がついていない。

 そういえば田端は読書が好きなはず。小説や啓発本が。あいつの知識も使えるかもしれない。考えれば考えるほど書道教室が開きたくなった。

 田端に言ってみるか。謝って欲しいという旨を。そのあと話があると。早速、LINEを打った。
「よう! 久しぶり。早速だけど、杉山さんといちこさんに謝ってくれないか? その後、話があるんだ」
 今は昼の2時半頃。田端は夕方5時まで仕事のはずだ。それまで何してよう。母は何しているのだろうか。居間に行ってみよう。
 母は絨毯の上に寝ていた。ストーブを点けたまま。今は12月、雪も少し積もっていて寒い。風邪でも引いたら困るから別室から毛布を持って来て掛けてあげた。

 暇なので自室に戻った。そして、友人でもあり後輩でもある堤義春(つつみよしはる)にLINEを送った。
<こんにちは! 何してた? ヘルパーの仕事は順調か?>
 しばらく返信がこない。彼は認知症老人のグループホームに住んでいるヘルパーをしている。32歳という若さで髪が薄い。若ハゲというやつだ。気の毒に。しかも、背が低くて太っていて黒縁の眼鏡をかけている。決して格好いい見た目とは言えないけれど、とにかく優しい。特に子どもや老人、障がい者などの社会的弱者には。相手の気持ちを考えながら話しているように感じる。特技は柔道で喧嘩も正義のためにたまにしているという。だから、弱い者いじめは嫌いなようだ。

 約1時間後、LINEがきた。見てみると堤義春からだった。
<今日は仕事休みっス。昼寝してました>
 僕はすぐに返事は送った。
<そうか。5時くらいまで遊べないか?>
<いいっスよ。オレがサダさんの家に行きますか>
<ああ。それでもいいよ>
 僕は煙草を吸いながらLINEを送った。
<支度したら行きますね>
<了解!>
 僕は部屋の中が散らかっていたので片付けを始めた。かなり散らかっている。窓も開けた。でも、外は曇り空だ。一応、母にも友達が来ることを言っておこう。なので、階下に降りた。
 居間に行くと母はテレビを観ていた。再放送の洋画を。
「母さん、起きたんだな。もう少ししたら友達来るから」
「毛布、ありがとね。誰来るの?」
「堤って奴。後輩なんだ。前にも来てるけど覚えてるか?」
「なんとなくね」
「掃除機、部屋に持ってくわ」
「あいよ」
 僕は充電式の掃除機を家の中の物置から持って自室に運んだ。そして、掃除機をかけた。

 掃除機もかけ終わり30分くらい経過した後、僕の家の前に車が入って来た音が聞こえた。砂利とタイヤが擦れ合う音。僕は立ち上がり、窓の外を見た。雪がちらつき始めた。少ししてスマホが鳴った。堤義春からだ。
「もしもし、着きましたよ」
『うん、入って来ていいよ。今、行くわ』
「はい」
 そう言ってから電話を切り、僕は玄関まで降りて行った。車のドアの閉める音がする。チャイムがピンポンと鳴った。
「はい」
 と、僕は返事をした。ガチャ、という音と共にドアが開いた。
「よう!」
 僕は手を上げて挨拶した。
「どうも」
 彼は笑顔だ。元気そうで何より。
「上がってよ」
「はい」
 堤義春は手に買い物袋を持っている。とりあえず部屋に行こう。
 部屋に入り、僕は堤義春に座布団を渡した。
「ありがとう」
 相変わらず笑顔で明るい奴だ。僕も自分の座布団を押し入れから出した。若干だけれど、カビの臭いがした。後で、母に言って乾燥機にかけてもらおう。
「サダさんは元気だった? 久しぶりだけど」
彼の笑顔を見るとこちらまで釣られて笑顔になる。いい奴だ。
「ああ。元気だよ。相変わらず無職だけど」
 僕は苦笑いを浮かべた。無職、というのが引っかかる。堤義春はそんなこと気にしない様子で、笑顔でこちらを見ながら、
「焦って就職しても何もいいことないですよ」
 さすが、フォローが上手い。
「だよね、じっくり探すわ」
 書道教室のことは言わなかった。こいつなら優しいから力になってくれそうだけど、迷惑は掛けたくない。後輩だし。
「その方がいいと思います。あ、忘れてた。これ飲んで下さい。ぬるくなっちゃったかな」
 堤義春は、缶コーヒーをくれた。それも僕の好きな微糖の。よく僕の好みを覚えているなぁ。
「ありがとう!」
「いえいえ」
 彼も缶の口を開けて飲んでいる。同じものだ。僕も飲み始めた。確かにぬるいが旨い。せっかく買って来てくれたのにぬるいな、何て言えない。
「最近、何か良いことあったか?」
 僕が訊くと、
「そうですねぇ、彼女が出来たことですね」
「おっ! マジか。どんな女だよ?」
「オレは外見ではなく、中身を重視するので特別可愛い顔しているわけではないですよ。凄く優しいです」
「そうなんだ。よかったじゃないか。今度、紹介してくれよ。僕も彼女欲しいなぁ」

 そうして、話してあった夕方5時を迎えた。
「そろそろ5時ですね」
「そうだな。また、来いよ。今度は彼女を連れてさ」
 僕は高笑いをした。
「わかりました」
 言いながら彼と僕は立ち上がり、部屋の戸を開けた。
「雪降ってるから気を付けて帰ろよ」
「はい、ありがとう」
 玄関で堤義春を見送り、僕は田端四郎からのLINEを待つことにした。


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