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【連載小説】一途な気持ち 15話 彼女に打ち明ける

#一途な気持ち

 親父は珍しく起きていた。俺は、
「親父、起きてたか」
 声を掛けた。掠れた声で親父は、
「おお……大輔。来てたのか」
 と押し出すように言った。
「家族全員で来たぞ」
 親父のベッドを囲むようにバラバラに立った。
 弟が声を掛けた。
「父さん」
 すると親父は仲が悪かったことなど忘れて表情は穏やかになった。
 
 掠れた声で、
「おお……誠二か……。久しぶりだな……」
 と言い弟は、
「大丈夫か? 前より痩せたな。ご飯食べてるか?」
 親父は誠二から目をそらしこう言った。
「飯は食ってない。入らないんだ。点滴で栄養を体に入れてるみたいだな。長いいことないかもな」
 誠二は、
「また、そんな冗談を。よくないぞ、そういうこと言うのは」
 弟は業とにそう言った。本当のことは知っているから。
 親父は黙って白い天井を見た。何を思っているのだろう。死について考えているのだろうか。
 部屋の中は、しん、と静まり返った。俺は口を開いた。
「さあ、そろそろいくか。親父も寝たいだろ。俺らも仕事あるし」
 親父は覇気のない声で、
「おお、気を付けてな。おれも退院したら手伝うから」
 叶わぬ思いを親父は口にした。なんだか可哀想になってきた。
 ばあちゃんは、
「またくるからね」
 そう言い、じいちゃんは、
「またな」
 と手をあげた。
 母親は、
「洗濯物持っていくから。今度来るとき持ってくるよ」
「よろしくな。じゃあ、気を付けて帰ろよ」
「ああ」
 と言って病室をあとにした。

 帰宅する車中で俺は話した。
「つらいな……。親父は退院できると思ってるみたいだし」
 母親は、
「そうね……」

 家に着いてすぐに、
「さあ、仕事再開だ」
 とさけんだ。

 その日の夜、俺は律子にメールではなく、電話をした。何度目かの呼び出し音が聴こえ、つながった。
「もしもし、律子?」
『うん、急に電話なんて珍しいじゃない』
「律子の声が聴きたくて」
『わたしの声? なんかあったの?』
「親父がさ……余命宣告されてしまって」
『え! どれくらい?』
 俺はつらい気持ちを押し殺し、
「……3ヶ月だって……」
『マジで!? すぐじゃん! 入院してるんでしょ?』
「してるよ。だからこそ、こんなにつらいのさ。この世でたった1人の親父を失うわけだから」
『そうねえ……今から来る? なぐさめることしかできないけれど』
「わかった、今から行くわ。律子と一緒に寝るよ。今は抱くような気持ちになれないけど」
『そう、それならそれでもいいけど』

 俺は上下黒のジャージを着て、上からダウンジャケットを羽織って静かに家を出た。
                              終

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