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一目惚れ

 最近僕には気になる女性がいる。どこで出逢ったかというと、僕が勤務するスーパーマーケット。そこで今年の四月に新しく入社してきた安藤杏あんどうあん、という名の二十二歳の後輩。因みに今は十一月。
 髪は縛ってあるけれど、黒髪のポニーテール。目は二重で鼻筋がスーッと通っている。唇は小さくぷっくらしている。痩せ型で、出るところは出ていて、しまっているところはしまっている。身長は百六十センチくらいかな。あまりにも可愛くて綺麗で一目惚れしてしまった。でも、彼女とは残念ながら部署が違う。僕はパンの製造をする部門で、安藤さんはグロッサリという飲み物やお酒、お菓子類やカップ麺などを扱う部門にいる。だから、仕事中はあまり話せない。
 僕の名前は杉山幸助すぎやまこうすけといい、二十五歳。この仕事は転勤がある。だから安藤さんともいずれ離れ離れになるだろう。因みに僕は正社員。彼女もきっと正社員だろう。パート社員なら転勤はない。
 僕は安藤さんと離れたくない。どうしたらいいのだろう。まずは、彼女と仲良くなりたい。今は挨拶をする程度の仲。
 僕は今、煙草を吸いに外に行こうとバックルームを歩いている。前から安藤杏さんがやって来た。僕は緊張してきた。そして、彼女の方から、
「お疲れ様です」
 と声をかけてくれた。嬉しい。
「お疲れ様でーす」
 僕も挨拶をした。
 何て話し掛ければいいんだ。そう考えている内に彼女は行ってしまった。何やってるんだ僕は。自分の事が情けなくなってくる。内気な性格だから仕方ないけれど、でも、好きになった女性に話しかけられないようじゃ不甲斐ない。でも、これが僕だ。友達に相談してみるかな。どうやったら話しかけられるかを。帰宅したらメールをしてみよう。
 煙草を吸う場所から離れた。喫煙は終わったので。喫煙所には誰もいなかった。きっと忙しくしているのだろう。僕はちょうど手が空いたので喫煙した。
 バックルームを歩いていると先輩とすれ違い、話しかけられた。
「お疲れ」
「お疲れさまです」
 彼は石上大輔いしがみだいすけといい、二十七歳。二歳上の先輩だ。
「今夜、暇か?」
「ええ、特に用事はありませんよ」
「そうか、晩飯食いに行かないか?」
「はい、いいですよ」
 石上さんからはたまに誘われるので嬉しい。しかも先輩だけれど威張ったりしないし。気も合うんじゃないかな。
「明日は休みか?」
「いえ、仕事です。なので、あまり遅くまではいれませんけど」
「ああ、わかったよ、俺も仕事だけどな」
 石上大輔さんは、事務員。痩せていて小柄な体型。男性の割には声が高い。
「何時に行きます?」
「そうだな、今日、杉山君は残業になりそうか?」
「少し残業するかもしれません」
「そうか、俺はなさそうだから、帰ったら連絡くれ」
「わかりました」
 そう言って仕事に戻った。
 時刻は午後六時を少し回ったところ。僕は今から残業をする。そこに石上さんが来た。
「お疲れさん、じゃあ、後でな。残業どれくらいかかりそうだ?」
「お疲れさまです。多分、一時間もあれば終わると思います。半額に関する仕事なんで」
「そうか、日中パートさんにさせなかったんだな」
「はい、ぎりぎりまで半額が出るのを待とうと思ったので」
「なるほどな、俺は帰って支度して待ってるわ」
「わかりました。僕もシャワー浴びたいので、仕事が終わってもすぐには行けませんが」
「ああ、わかった。じゃあ、頑張れよ」
「はい、お疲れ様でした」
「お疲れ」
 そう言って石上さんは退勤した。それから僕は売り場を見て、半額になっているかどうかチェックして回った。
 因みに今日は主任が休みなので僕が残っている。主任がいる時は僕は残業せずに退勤する。店長は残業はあまりしないようにと朝礼で言っている。なぜかというと、人件費削減の為らしい。最近、大手のスーパーマーケットができて売り上げが少し落ちてきているから。
 今は午後六時四十分頃で今日の仕事は終わった。タイムカードを切ってバッグを持ち裏口から店を出た。まずは、一人で住んでいる自分のアパートに戻りシャワーを浴びよう。
 帰宅し、シャワーを浴び、下着と長袖のTシャツ、ダメージジーンズを身に着け黒色のジャンパーを着た。石上さんに、今から行きます、というメールを送り財布・鍵・スマホ・煙草を持ち部屋を出た。車を運転する前に煙草に火を点け、吸いながら発車した。窓を少し開けて、煙をそこから逃がした。石上さんも喫煙者。僕の両親が言うには煙草を吸うと息が臭くなるという。そうだろうか? 自分ではわからない。数分で彼の部屋に着いた。僕と同様、一人でアパートに住んでいる。
 三十分くらいで支度を終え、午後七時過ぎに石上さんの部屋に着き、駐車した。降りるのが面倒なので電話をかけた。電話に出た彼はすぐに来ると言う。
 言った通り、石上さんは間もなく出てきた。
「オッス!」
 と言いながら石上さんは手を挙げた。
「お疲れさまです」
 僕はそう答えた。彼は助手席に乗り込んだ。
「何食べますか?」
 訊いてみると、
「カツ丼が食いたいな」
 そう言った。
「じゃあ、定食屋に行きますか」
「ああ、どこの店にするかは任せるわ」
「わかりました」
 僕は隣町の国道沿いにある定食屋に行こうと思った。
 十五分ほど走って目的地に着いた。晩飯を作るのが面倒な時、一人で来る店。誰も誘わず来る時がある。疲れているから。今日も疲れているが仕方ない。付き合いだ。部屋に帰って来てまで職場の人間と会いたくないが、そんなことは言えないので用事がない限り一緒に行動するようにしている。僕の何がそんなに気に入っているのかわからないが、たまに誘われる。男性ばかりだが。そもそも、このスーパーマーケットの従業員は女性が少ない。それもあるだろう。今、僕の方から誘いたい女性社員は、安藤杏さん。でも、まだ一度も誘えていない。彼女を前にすると緊張してしまって話せなくなる。僕はそれだけ女性に慣れていないということだろう。
 道中殆ど会話はなかった。石上さんも疲れているのだろう。それなら自分の部屋で休んでいればいいのに。別にコンビニ弁当を買って彼の部屋で食べても
いいのに。出掛けたいのかな。
「着きましたよ」
 どうやら眠っていたようだ。
「ああ、わりい。寝てた」
「お疲れですか」
「まあな、今日で六連勤目だからさすがに疲れたわ」
「そうだったんすね。それなら、コンビニ弁当を買って石上さんの部屋で食べてもよかったですね」
「いやあ、明日は休みだから外出したいんだ」
 やっぱりそうか。
「石上さん、趣味はありますか?」
 僕らは車から降りながら喋っている。
「趣味か。釣りかな。あと音楽鑑賞と映画鑑賞」
 意外だ。
「たくさんありますね」
 定食屋の入り口のドアを開けて僕が先に入った。
「いらっしゃいませー!」
 大きな声が聞えた。中に入って見渡すと、何も変わっていなかった。お客さんもまばら。僕らは空いている席に向かい合わせに座った。白衣を着た年輩の女性店員がやって来た。メニュー表を二枚持って来て僕らの前に置いた。
「お決まりになりましたら呼んで下さい」
 優しそうな笑みを浮かべながら言った。
 僕らは早速それを見てみた。前よりメニューの数が減ったのは気のせいだろうか。
「初めて来た店だ」
 石上さんは言った。彼は興味津々に辺りを見渡している。
「珍しいですか?」
「というか、初めて来たからな。まあ、珍しいというか新鮮というか」
「僕は晩御飯作るの面倒で美味しいものを食べたい時、一人でここにくるんです」
 石上さんは僕の話を聞いているのかいないのかメニュー表を見ている。
「俺は中華丼にする」
 と石上さん。
「僕は親子丼にします」
 そして僕は店員を呼んだ。
「すみませーん」
 大き目な声で。
「はーい」
 という声が聞え、先ほどの店員がやって来た。
「はいはい、何にいたしましょ?」
「中華丼と親子丼」
 その時、石上さんは言った。
「大盛りで!」
「あ、僕も」
「はい、わかりました」
 そう言って店員はその場を去った。
 十五分くらいで注文したメニューが運ばれて来た。どちらも熱々で旨そう。
前にも来ているから旨いのは知っている。
 窓側に置いてある割り箸を二膳取り、一膳を石上さんに渡した。
「サンキュ!」
 彼は中華丼にがっついた。
「ふん! 旨い!」
「ですよね」
 僕は親子丼を食べ始めた。
「うんうん、美味しい」
 石上さんも僕も早食いなので十分くらいで食べ終えた。
「ふー! 旨かった」
「美味しかったですね、満足しましたか?」
「ああ、した」
「車の中で話したいことがあるんですよ」
「話し? 金ならないぞ」
「お金の話しじゃないんです。車に戻ったら話しますから」
「そうか、話し早く聞きたいから会計済ますか」
「そうですね」
 石上さん、僕の順番で支払いを済ませた。そして、車に乗り発車した。
「それで、話しって何だよ?」
「実は僕、好きな子がいるんですよ……」
「お! マジか。どこにいるんだ? その子は」
「それが、僕らが勤務しているスーパーの子なんです」
「え! それってもしかして、安藤杏のことか?」
「はい、そうなんです」
「あの子は店の中で一番人気だぞ」
「そうですよね。でも、好きになってしまって。話しかけたくても緊張して傍に行くと話せないんですよ。どうしたらいいですかね?」
 石上さんは黙っている。どうしたのだろう。
「まさか、杉山が安藤の事を好きになるとは……」
 彼の表情は険しくなった。
「どうしたんですか? 何か様子がおかしいですけど」
「いや、何でもないぞ」
「そうですか。どうやったら話せますかね?」
「そんなの自分で考えろ」
 石上さんは冷めた口調で言い放った。何だかずいぶんと冷たい対応。定食屋にいた時とは随分と対応が違う。何か怒らすような事を言っただろうか。心当たりがない。
「帰るぞ!」
 突然、石上さんは怒鳴った。そして、僕を睨んでいる。怖い。
「怒ってますか?」
「いいから帰るぞ!」
「わかりました」
 こんな態度とられたんじゃ、腑に落ちない。でも、帰るぞ、の一点張りだからどうすることもできない。せっかく美味しいものを食べて楽しい時間を過ごしていたというのに。
「僕が何か失言していたらごめんなさい」
 謝ったが反応がない。黙ったまま。
 相談しようと思ってたけど、これじゃ駄目だ。
 そして、石上さんのアパートに着いた。
「じゃあな」
 ぶっきら棒に彼は言い、車から降りた。いつもなら、寄ってくか? と言われて帰宅する前に少しお邪魔するけれど、今日はその誘いもない。何だか寂しい。せめてそういう態度になった理由を教えて欲しい。解決はしなくても。でも、その思いも虚しく訊くことは出来なかった。
 石上さんをおろして僕は帰宅した。時刻は午後九時頃。帰りにあんな事があったから気分が良くない。いったい何だってんだ。何か嫌なことでも思いだしたのか。それで急にあんな対応をしたのか。はっきりしたことはわからないけれど。訊いても教えてくれないし。時間が経つにつれ、石上さんに嫌悪感を抱くようになってきた。彼に対してこんな気持ちになるのは初めて。仕事の面でいろいろ教えてくれたりお世話になったから、あまりこういう気持ちをもっちゃいけないけれど。でも、僕は悪くないと思う。だから仕方ないんじゃないか。そんなことを考えながらシャワーを浴びている。僕は明日、仕事だけれど石上さんは休み。きっと、一日おけばほとぼりもさめるだろう。
 翌日、僕は安藤さんに元気に挨拶はした。おはようございます! と。彼女は笑みを浮かべながら、
「おはようございます」
 と挨拶してくれた。嬉しい。一歩前進した気がする。少しずつでいいから距離を縮めたいな。仕事中もすれ違う時には必ず、
「お疲れ様です」
 と言うようにしている。ちゃんと安藤さんは、
「おつかれさまでーす」
 そう言ってくれる。凄く嬉しい。帰りは彼女の方が早いみたいで、
「お疲れさまでしたー」
 と言うので僕も、
「あ、帰るんですね。お疲れ様でした」
 言葉を交わした。
 今日は緊張したけれど、挨拶できるようになった。これからもっと交流を深めたいと思っている。
 翌日になり、僕は八時半に職場に着いた。その十分後、石上さんが出勤してきた模様。
「おはようございます」
「おはよう」
 彼に笑みはない。まだ、機嫌が悪いのかな。まあ、いいや。放っておこう。気にしても仕方がない。いくらよき先輩とはいえ。
 店が開店して落ち着いてから、石上さんは話しかけてきた。
「杉山」
「はい」
「話がある。今日、仕事終わったら連絡くれ」
 僕の予定も訊かずに一方的で少し腹がたった。でも、黙って、
「わかりました」
 と返答した。
 今日はチラシも入ってないので、暇な一日だった。安藤さんの姿が見えない。今日は休みだろうか。
 いつものように三十分くらい残業をし、帰宅した。石上さんの話しってなんだろう。説教だろうか。でも、なんの説教だというんだ。僕は何も悪いことはしていない。とりあえずメールをした。
<お疲れさまです。今、帰って来ました>
 少ししてメールがきた。石上さんからだ。
<今から来れるか?>
<ご飯食べて、シャワー浴びてからでもいいっすか?>
 質問を質問で返した。
<ああ、いいぞ。でも、なるべく早めにな>
<わかりました>
 僕の部屋の冷蔵庫に入っている豚肉のスライスを焼いて生姜焼きにして食べた。昨夜買った豚肉で食べるのを楽しみにしていたから美味しかった。その後シャワーを浴びて約一時間後に僕は出かけた。
 時刻は午後二十時前。明日も僕は仕事。早めに帰ってきて早めに寝よう、疲れた。車を走らせ数分後に石上さんのアパートに着いた。道路沿いに車を停め降りた。部屋のチャイムを鳴らした。中から、
「入っていいぞー!」
 デカイ声が聞えた。来たのが僕だとわかってのことだろう。でも、違っていたらどうするんだろう。知らんけど。
 ドアを開けようとすると、鍵はかかっておらず開いた。
「こんばんはー、お疲れ様でーす」
 言ってから入った。居間に行ってみると石上さんは既に呑んでいた。
「お疲れさん」
「もう呑んでましたか。僕、疲れているので手短にお願いします」
「話が早く済めば早くに返してやる」
「それで、話ってなんですか?」
「お前、安藤杏のことが好きなんだもんな」
「あ、はい。それが何か」
「それが何か、じゃねえんだよ! 俺も安藤のことが好きなんだ!」
 それを聞いて僕は驚いた。
「マジっすか!?」
「マジだよ! 大マジだ!」
 僕は急に気まずくなった。
「俺やお前以外にも安藤を好きなやついるかもな」
 確かに、と思った。あれだけ可愛くて綺麗で若いから男性社員も放っておかないだろう。そこまで考えていなかった。
「だから俺とお前はライバルだ。他のやつらは別として」
「ライバルですかー、いやですね、普段からお世話になっている人がライバルだなんて」
 僕も気になっていることがある。
「石上さん、僕の事をお前、と呼ぶのはやめてくれませんか」
 彼は酔った目をして僕を睨んでいる。こんな態度の石上さんは初めて見た。これも自分以外に僕というライバルがいるせいなのか。
「何でやめて欲しいんだ? 後輩のくせに」
「僕にだって名前はあります。後輩とはいえ名前で呼んで下さい」
「何かお前、生意気だな」
「そんなことはないですよ。僕は正論を言っているだけです」
「それが生意気だって言ってるんだよ!」
「そもそも僕をここに呼んでどうしろと言うのです?」
「安藤のことを諦めろ! と言いたいだけだ」
 そう言われて僕は腹がたった。
「何で諦めなくちゃいけないんです? 本人に言われたならまだしも」
「チッ! クソが!」
「そんな話しなら話す必要はありません。安藤さんとどうなるかは僕も石上さんもわかりません。だから今まで通りでいいと思います。もし、僕か石上さんのどちらかが彼女と仲良くなって付き合ったりしたら、それはそれで仕方のないことだと思います。付き合えなかった人が諦めるべきだと思います」
「そうだな! お前の話しはわかった。帰れ!」
 僕もまた腹がたって、
「言われなくても帰りますよ!」
 そう言って立ち上がり、
「失礼します!」
 と言って外に出た。出る時、ドアを強く閉めた。ムカつくから。
 石上さんとは明日も部門は違うとはいえ、同じ店内にいるから嫌だな。
 それにしても好きな女を巡ってこんな事になるとは、恐ろしい。相談するのも相手をみてしないといけないな。今回の件は教訓になった。前向きに考えたら。
 僕は見てしまった。石上さんが安藤さんと仲良さげに話しているところを。僕は頭にカッと火が付いたように腹がたった。嫉妬ろいうやつだろう。でも、グッと堪えて様子を窺っていた。見つからないように体を隠して二人の話を盗み聞きしていた。どうやら石上さんが彼女を食事に誘っているようだ。畜生!僕に話しを聞かれている事にも気付かず鼻の下を伸ばしている。だが、安藤さんは断っていた。彼は食い下がっている。しつこい男だ! しつこいやつは嫌われるんだぞ。そんなことも知ってか知らずか喋り続けている。いっそのこと嫌われればいいのに。でも、言霊という言葉もあるくらいだから、あまり悪口は言わない方がいいかもしれない。迷信かもしれないが。でも、思っている事は本当だ。自分が思っていることだから、嘘をついても何にもならないし。
 やはり断られているようだ。そりゃそうだ、大して面識もないのに。ざまあみろ。僕は同じめにあわないように慎重に、徐々に仲良くなりたいな。
 石上さんがその場を去った後、僕は安藤さんに近付いて声を掛けた。
「お疲れさまです」
「あ、お疲れさまです」
「何か、しつこい社員に話しかけられてましたね。大丈夫ですか?」
 何だか彼女は当惑している様子。
「あ、はい。大丈夫です、ていうか見ていたんですね」
「はい、一応さっきの彼とは同じ社員なんで。安藤さんも同じ社員だし。様子を窺っていました」
「そうなんですね、話しに割って入ってくれればよかったのに」
「まあ、そうなんですが、これには事情がありまして……」
「事情? そうですか。まあ、これ以上、突っ込んで訊きません。最悪の場合、店長に言いますので」
「そうですよね、わかりました」
「でも、気にかけてくれてありがとうございました。お互い、お仕事頑張りましょ!」
「はい、頑張りましょう!」
 これで一旦は石上さんの安藤さんへのアタックがおさまったかと思った。でも、数日後、また彼は安藤さんと話していた。また、石上さん、しつこくしているのか? 店長の耳に入ったらどうするんだよ。僕は助けてやれない。寧ろライバルだから助ける気もない。僕だって安藤さんと仲良くなりたいから、店長に注意されたら僕は有利になるかもしれない。そこは狙い目だ。それと、間
に割って入って安藤さんを助けたら、僕の株も上がるかもしれない。よし、話を聞いてみよう。
「石上さん、安藤さん、どうしたんですか?」
「あ、来てくれたんですね。石上さんが二人じゃなくていいからカラオケに行こうって言われて、でも、私には好きな人がいて……ほんとはここまで話すつもりはなかったんだけど、どうしても諦めてくれないから言うしかなかったんです」
 石上さんは言った。
「好きな人? こいつはお笑いだ! 杉山もあんたの事好きなんだぞ。知ってたか? アッハハハーッ!」
「石上さん! 嘘をつかないで下さい!」
 嘘をついているのは僕の方だと思っていたが、あえて嘘をついた。
「はー!? 嘘じゃねーよ! この前、俺に相談してきただろ! 安藤さんと話がしたいけど緊張して話せないって」
 安藤さんはそこで話しに入ってきた。
「そうなんですか? 杉山さん」
「安藤さんに訊かれちゃ嘘はつけないな。石上さんの言う通りです」
 彼はしてやったりという顔をして、
「だろ」
 と言った。勝ち誇っているようにも見える。何かムカつく。安藤さんは、
「まあ、好かれるのは嬉しいですけど」
 言いながら微笑んでいる。
「何だ、安藤さん、俺の時と対応が違うじゃないか」
「いや、石上さんも含めてですよ」
「マジで? じゃあ、俺にもチャンスはあるの?」
「でも、さっきも言った通り、私には好きな人がいるんです。だからお二人とも私の事は忘れて下さい」
(まじか……)
 と僕は思った。
「でも、僕はそう簡単に諦められないよ。それは石上さんも同じじゃないですか?」
「まあ、そうだな」
 僕は安藤さんに
「その好きな人っていくつ?」
 と質問した。
「五十歳です」
「え……!」
 石上さんは言った。
「親と子の年の差じゃないか。おっさんだし」
「そうなんですよねえ……」
「そのおっさんの何がいいの?」
「……ていうか、許嫁なんです」
「えー! 安藤さん、それでいいの?」
 僕は驚いて訊いた。
「いいわけないじゃないですか!」
「なんでそうなったわけ?」
 今度は石上さんが質問した。
「もうこの際だから言いますけど、私の父は会社社長なんですよ。それで、昔からの付き合いで父の友達の社長さんの息子と私が小さい頃から結婚することが決まっていて会社の利益のために私と相手の息子さんと結婚させることになっています。ぶっちゃけ嫌です。そのせいで、この年になるまで誰とも交際したことがないんですよ」
「あー、それは辛いし気の毒だ」
「ですよね、やっぱりっそう思いますか」
「思うよ~。それ、断れないの? 好きな人が出来たとか言って」
「そうしたいんですよね、ほんとは。前にも今言ったように好きな人がいるってお父さんに言ったけど、そんなの断れ、と言われて相手にされなかったんです」
「それはいつ言ったの?」
 僕が訊くと、
「十八歳の時です」
「そうなんだ、それはまだ未成年だったというのもあるんじゃないかな。今言えば、わかってくれるかも。もう成人してるし。それに、会社のために許嫁だなんて、今時古い考え方だよ」
「やっぱりそう思いますか」
「うん、思う」
 石上さんはそう言い、僕は頷いていた。
「もっと自由に生きなきゃ!」
「そうですよね! ありがとうございます」
「お父さんに好きな人がいるって言って、紹介しろって言われたら、杉山が恋人役でいいんじゃないのか」
 石上さんは言った。なので僕は言い返した。
「そんな難しい役回りばかり押し付けるんですね、まあ、いいですけど」
「私はその役をお願い出来るのであれば有難いです!」
「だろ? もしかしたら本当に彼女になったりして」
「その話しを今言わなくても……。安藤さんもそばにいるんだし」
 だが、安藤さんはこう言った。
「もし、杉山さんの性格が私の好みだったら付き合いましょ? 外見は気にしないので」
 外見は気にしないって、何か失礼な言い方だな。まあいいか、安藤さんだから。
「それで、いつお父さんに言うの?」
「明日かな、うーん……明後日かな。だってお父さん怖いんだもん」
「言ったら怒られる?」
「というか、許嫁はやめて欲しいと言いたい。でも、きっとそれが怒られる原因かな。でも、許嫁とは会ったことあるけど、お金がすべて、という人で性格も悪い。だから尚更嫌だ」
「安藤さんは親と同居してるの?」
 僕は訊いてみた。
「そうですよ。ほんとは一人暮らししたいけどお父さんが許してくれなくて」
 自由がないなぁ、と石上さんは言った、確かに。僕も賛同した。
「安藤さん、因みに好きな性格ってどういうの?」
 僕は訊いた。
「そうねえ、優しくて、話しやすくて、大らかな人」
 僕は、ピンっときた。
「もしかしてそれって僕のことじゃん!」
 思わず嬉しくなった。安藤さんが相手なだけに尚更。
「まあ、杉山さんの事を言った訳じゃないですけどね」
 なんだ、そうなのか。でも、性格が似ているなら脈ありかも。僕は諦めない。僕の安藤さんにしてやる。
「とりあえず仕事に戻らないと、話し込んでしまった」
 と僕は焦って言った。
 僕の安藤さんにしてやる、と思ってはいるが果たして本当に実現するだろうか。もし、僕と付き合ったら大切にする。そう思っている。だが、今まで付き合ってきた元カノは大切にし過ぎてなめられて挙句の果てにフラれた。でも、僕はそういう接し方しかできない。なぜだろう? 自問自答した。だが、わからなかった。安藤杏さんを好きなのは嘘じゃない。相手の気持ちも訊いてみたい。でも、それにはまだ早いかもしれない。じっくり煮込んだスープのようにじっくり焦らず時間をかけておとそう。果たして僕のものになるか楽しみだ。
 彼女なら僕のことをなめたりしないような気がする。どのみち交際してみないとどうなるかわからない。
 僕の気持ちは石上さんがバラシてしまったから既に知られているはず。後は僕の事をどう思っているか訊きたい。
 今日のところはおとなしく帰宅しよう。だが、意外な事が起きた。事務所でタイムカードを切って外に出た時、声を掛けられた。後ろを振り向いて見てみると安藤さんがいた。
「お疲れさまです、どうしたの?」
「今夜、時間ありますか?」
「うん、ありますよ」
「食事に行きませんか?」
「え。いいけど。嬉しい!」
「本当ですか。そう思ってくれるなら私も嬉しいです」
 僕は心臓がバクバクいっている。緊張してきた。でも、少し喋っていたから極度な緊張ではない。
 果たして今後の僕と安藤さんの関係はどうなっていくのだろうか。大きな期待をしたらフラれた時、ショックが大きい。だから、程々にしておいた方がいいだろう。でも、僕の気持ちは高鳴っていてまさか安藤さんから誘われるとは思わなかったからとにかく嬉しい。様子をみながら接していこう。頑張って僕の彼女になりますうように。

                                  了

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