映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』

 2017年.フレデリック・ワイズマン監督。

 独立法人であるニューヨーク公共図書館は、市の出資と民間の寄付で運営され、「公立」ではなく「公共」の場である。本館含め92の図書館からなり、書籍だけでなく、映画、演劇、アート、ダンスなどもカバーして演奏会も催される総合的な文化組織だ。加えて、就職支援、シニアのダンス教室、子どもたちのロボット制作など公民館的な幅広い機能をあわせ持っている。
 この長編ドキュメンタリーについてワイズマンは、ディレクターズノートで

ニューヨーク公共図書館は最も民主的な施設です。すべての人が歓迎されるこの場所では、あらゆる人種、民族、社会階級に属する人々が積極的に図書館ライフに参加しているのです。

と記していた。また、映画のなかには「民主主義の柱だ」という発言も出てくる。
 中国系住民のためのパソコン講座、ブロンクス分館の就職支援プログラム、障害者のための住宅手配サービス、赤ん坊の泣き声も響く会場で行われるアーティストのパフォーマンス、地域住民参加の読書会、ボランティアスタッフによる子どもへの教育プログラム、点字・録音本図書館、ネット環境がない住民のための接続用機器貸し出し、イスラム教と奴隷制を関連づける研究の嘘を指摘する著述家のトーク、ユダヤ2世に関する講演、言葉の政治性を語る詩人、黒人文化研究図書館、奴隷制と労使問題に関するレクチャー、手話通訳者の実演……。
 3時間25分にもおよぶ映画は、年齢、身体の障害、人種、貧富の違いを越えてあらゆる人々に知識、情報、教養を届けるため、この公共施設がいかに取り組んでいるかを丹念に追う。幹部会議の様子がたびたび挿入されるが、議論はあくまで前向きで建設的なものだ。また、人種にかかわるモチーフも多く盛りこまれており、それらはいずれも差別を批判し是正する方向づけで描かれている。
 日本では、自治体の財政難や民間委託などの悪影響で図書館の公共性が揺らいでいることが各地で問題になっている。それに対し、ニューヨーク公共図書館の意欲的で幅広く柔軟な試みは興味深いし、本当にうらやましい。
 ドナルド・トランプがアメリカ大統領選に勝利した2日後に完成したという本作は、ニューヨーク公共図書館のあらゆる人々を包含しようとする姿勢を強く打ち出したわけだ。移民への態度をはじめ、なにかと排他的な言動が目立つ現大統領とは異なった方針で運営されており、結果的に反トランプ的な内容になっている。ただ、そうであるがゆえに感じざるをえないこともある。
 これだけ長尺のドキュメンタリーであるにもかかわらず、言い争いや喧嘩など大勢が集まる場所では必ず発生するはずのトラブルがクローズアップされることがない。トランプ的な思考を持った人がいないかのような世界なのだ。差別を批判し是正しようとする言葉は出てくるが、差別的言動そのものや、移民や弱者へのサービス提供を批判する人々、そんなあるはずの現実が登場しない。このため、「公共」を損なう要素を排除した「理想郷=ユートピア」的な映像になっているのではないか、という疑問をぬぐいきれない。
 正直な話、一回休憩が入るとはいえ腰や背中が痛くなるほどの上映時間はもっと短縮できただろうと思う半面、負の面が描かれない点には物足りなさを感じた。その意味では、長くもあり短くもある作品だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?