???


 「そう……それで、結局別れちゃったんだ?」

 「そう。まあ、泣かせてしまったのだけれど。一応は納得してくれたと思う」

 今度は間違いなく、意識が発生した瞬間に『これは夢だ』と確信することができた。なんと言っても、今の僕は宙に浮いていて、しかも半透明なのだ。こういうことがあってこそ明晰夢だよなあと思いながらあちこち空を泳いで回って(今の僕は空中を自在に移動できる!)いると、よく見るファミレスチェーンの端の席に見慣れた二人がいるのを見つけた。シンヤと、あろうことか『僕』だ。壁を抜け、興味本位で近づいてみると、二人は何やら懐かしい話をしている。

 「ねえ、×××××。×××××は、どうして他人に優しくできるの?」

 「優し……く? いや、意識してそんなしたことはあまりないけど」

 「そう。わたしはね、わたしが他人に優しくできるのは、その人をかわいそうだと思ってるから優しくできるんじゃないかなあって、そういう風に思っちゃったの」

 僕は二人にゆっくりと近づいて、『僕』の側のソファの上に着地した。当然、二人が半透明人間の僕に気づく様子はない。Pensieveみたいなものだろうか? シンヤはドリンクバーから持ってきたカフェラテで暖を取りながら、話を続けた。

 「結局、わたしもあの人を好きなことは何も変わってないんだけど──なんだろう、自分に『可哀想なあの人に施すことで自分を慰めている』みたいな部分が出てきてしまったのがわかって、他人をそう眼差して消費している自分に気づいて、とても気持ち悪くなってしまったのよ」

 「気持ち悪くなっちゃうのは難儀だな。その前だけ聞くと、Win-Winで丁度いいようにも思えるけど」

 これは珍しくシンヤが饒舌だった日の、僕らの会話の記憶だ。シンヤはもちろん日頃からよく喋る人間ではあるが、自身のステータスや振る舞いに言及することはあまりなかったのだ。もしくはシンヤにとって、単に僕が語る相手に値することが少なかっただけかもしれないが。

 「わたしたちはね、互いに相手への好意を抱きつつ、でもそれが相手に受け入れられないことを予期していて、蓋を開けてみたら『両思い』であったことに感動して思わず、互いに肩書きを約束してしまったの。だからどうしても、わたしが一方的に彼を消費することに納得がいかなかったのよ」

 『僕』は何も答えない。あの時も確かに、何も言えなかった気がするし。

 「彼も彼で、肩書きを約束してしまったがためにもともとうまくいっていたはずのスタンスが崩れてしまっていて、だから遅かれ早かれこうなるのかなとは思ってたんだ。もっと、いい落とし所があれば良かったのにね」

 シンヤは溜息をついて、肩をすくめた。

 僕の記憶ではこのあと『僕』が頼んだデザートが届いて、話がサークルのことに逸れていったはずだった。でも今はどうやらデザートが届きそうな様子はない。そもそも頼んでいるふうでもなかった。テーブルの周りは少し重い雰囲気に囲まれている。ここからが夢補正か、と二人を交互に眺めていると、おもむろに『僕』の方が口を開いた。

 「……まあ、他人へ優しさを向ける時、そこに起きることが消費であることを悪とは思わないけど。起きることが消費であるなら『消費であること』には前向きであった方がいいだろうね」

 シンヤは少し困ったような顔をした。

 「そう、かしら? そもそも、他人を『消費する』ことそのものが、気持ち悪くて耐えられないのよ?」

 「それは傲慢だよ、シンヤ」

 『僕』が眼鏡を外して眉間を揉み、元に戻してシンヤをまっすぐ見据える。まずい、と思ったが、半透明人間の僕には『僕』を止めようがなかった。

 「名前を持たない他者に明確な肩書きを付与しておいて、それを肩書き通り『消費』してなんていません、なんてのはむしが良すぎるだろう。ましてや『恋人』なんてのは所詮消費財だ。だったら、いっそ互いが互いをときめきと共に消費できる『相互消費財』として自覚的に眼差していた方が、よほどマシじゃないか?」

 ほとんど一気にそう並べ立てた『僕』は、じっとシンヤの様子を窺っている。シンヤはずっとラテの入ったマグを見つめていたが、

 「嫌!」

 「……シンヤ?」

 「だって……そんなの、寂しすぎるじゃない」

 「おい、待て、シンヤ!」

 ──勢いに任せて立ち上がったシンヤは、大声を出したかと思えばそのまま走って去っていった。

 『僕』もそのままシンヤの後を追って店の外へといってしまったので、僕は呑気に(おいおい、会計はどうするんだ)と思っていたが、よく考えたらこれは夢だった。そもそも現実のシンヤがあんな答えをすると今の僕は思えないし、その時点で思い出すべきなのだが。

 思っていたよりこの夢を見る僕がシンヤをロマンチストに解釈していたことに驚きながらそのまま呆然と店内を眺めていたが、ふと思い出したことがあった。たしか、この頃の『僕』はシンヤに恋をしていたはずだ。僕が「こう」ならなくとも、シンヤと共にあれる未来はなかったと思うけれど。

 二人のいなくなった席を見て、僕は暫く、「そのこと」について思いを巡らせていた。

記憶はここで途絶えている。

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