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 次に気がついたとき、僕は公園のブランコに腰掛けていた。人っこ一人いない、夜の公園。生暖かい空気がゆっくりと流れていて、とても気持ちがいい。──人っこ一人いない、は嘘だな。左側のブランコには、もちろん奴がいた。

 「×××××は、人と付き合う時に一番大事なのは何だと思う?」


 声のする方に向き直ったが、正面を見据えたまま立ち漕ぎを続けるシンヤとは当然目線は合わない。僕はそのまま答える。

 「何って、そりゃ価値観の一致だろ」

 「そういう優等生みたいな回答はいいから」

 「なんだよそれ。間違ってないとは思うが」

 シンヤは漕ぐのをやめ、ブランコからぴょんと飛び降りると再びブランコに腰掛けて、今度はこちらを見る。シンヤがそのまま、こてん、と小首を傾げるので、僕もつられて右側に傾いだ。

 「まあ、確かに、価値観が合わなくて一緒に生きていけないなあ、とかはあるけども。ご飯食べに行った時、うっかりテーブルの上に落としたものを食べる人の口とはちゅーしたくないし」

 「3秒ルールが適用されないタイプの人類か……」

 「え?! ×××××はそっち側なの!?」

 いっけなーい、藪蛇藪蛇☆

 「……こほん。つまり、シンヤの中で衛生規範の相違は看過できないってことだな」

 「あ、そう、そういう感じの! 価値観とかそういうざっくりしたものじゃなくて、実際には価値観はその衛生規範とかみたいな細かく別れてるものだから、価値観が合ってればいいって何の話か具体性が無さすぎてわかんないよね? そういう話をしたかったの」

 勢いよく頷いたシンヤは、あっでも、と前置きした。

 「正直、価値観はある程度不自由ない具合に噛み合えばそれ以上は別にどうでもいいとは思ってるの。相手と同じものを好きである必要はないし、むしろ『同じものを好きだから好き』は相手への好意がその同じものへの熱の影響を受けてしまうから危険だと思うし。相手を尊重できるなら、別にどちらでも」

 「そうだね」僕は同意する。「さっきの衛生規範とか、例えば金銭感覚とか、確かに噛み合わないと長い目で見た関係構築が難しそうな項目はあるけど。自然と尊重することが不可能でないなら、気にするまでもないかもね」

 うんうん、とシンヤが満足気に頷くので、僕は試しにもう一度、わざとらしく首を傾げた。

 「……それじゃ、シンヤが一番重要だと思ってるものって何なの?」

 待ってました、とばかりに、シンヤが襟を正してこほんと咳払いをする。僕はおとなしく話の続きを待った。

 「わたしはね、『欲求が同じ形をしてること』だと思う」

 「同じ形……」

 「習性や文化が違ったって、持ってるスキルの種類が違ったって、『欲しいものの形』が同じなら、協力できるはずでしょ」

 「確かに、究極的にはそうだろうな」

 実際には、習性や文化が違う相手や環境から得たスキルが違いすぎる他人の欲求(それ)を見抜くことは、至難の業だと思うけれど。だから結局習性や文化の近い相手、環境から得た選んだスキルの近しい相手から共に在る人間を求めることになるのだろうけど。それに拘泥しすぎて『欲求が同じ形をしていない』相手を選んだところで未来はないだろう。そういう意味で、シンヤの言葉は正鵠を射ていた。

 シンヤが、僕の瞳を覗き込む。

 「ねえ×××××、×××××が本当に欲しいものって何?」

 「僕が、欲しいもの?」

 「そう、欲しいもの。あなたの幸せ」

 幸せ、と来たか。

 「そうだな、僕の、欲しいものは……」

 変化は、『夢補正』は、僕がそれを口にしようとした瞬間、突如現れた。強い眩暈を覚えてシンヤを見やると、シンヤは目を丸くしてこちらを見ていた。

 そのシンヤの姿が、『ブレ』る。

 長い黒髪がブレ、

 ぱっちりとした二重と茶色い虹彩がブレ、


 次の瞬間、そこにいたのは、あの女。

 人生でもっとも僕を疎んだ、あの女。

 気づけばシンヤは失われ、公園は失われ、暗闇の中に、僕とあの女だけが立っている。

 「×××××は何が欲しい? ねえ。」

 忌まわしい、僕を苛立たせる、あの声がまとわりつく。

 「×××××が『ほんとうに』欲しいものは何?」

 この女を振り払う方法を、と考えた次の瞬間、

 「シンヤに会いたい?」

 僕の全てが、見合わせたように停止した。


 「 」

 「 」

 僕の名前を呼ぶシンヤの声が遠くに聞こえた気がして、

 「俺は、」

記憶はここで途絶えている。

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