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その日は一日中、ひどい雨が降っていた。
※以外の三人で、不本意ながらの帰省。しかしそこではじめて僕は、自分自身を振り返る機会を得た。だから、もちろん自分が全て悪いとは思わないけど、はじめてそれを謝ろうと思った。謝る為に、早く帰らないとと、思った。
その矢先。
「ね。こんなところで雨に打たれてたら、風邪引いちゃいますよ、×××××さん」
「どうせ夢だ。風邪なんか引くわけないだろ」
「……そうかもしれませんけど」
僕とシンヤは、雨の降る中傘もささずに、カーブの多い山道を歩いていた。歩き続けているとやがて、あるカーブに差し掛かる。そこは、ガードレールが外側に向けて大きく弾けていた。
「……本当にいいんですか?」
ガードレールの向こう側に踏み出そうとする僕を、シンヤが呼び止める。僕は、かぶりを振った。
「思い出したら、【死】んじゃいますよ」
「……僕だって、本当は死にたくない。怖くて、ずっと、死にたくなかった。でも、だからといって、夢ばかり見ていても何も変わらないんだ」
「×××××さん!」
恐る恐るガードレールの外側の山道に踏み出したが、坂は見かけの急な角度に対してぬかるみもせずふつうに歩くことができた。シンヤはおっかなびっくり、僕のあとをついてくる。
坂が緩やかになった頃、僕はついに辿り着いた。
そこには、大破した車と、
──袋を抱えて動かない、血塗れの『僕』がいた。
「なあ、シンヤ、思い出したよ」
シンヤは答えない。
「現実世界の僕とシンヤは、友達ですらなかったんだな」
シンヤは、奇跡的に中学・高校・大学を共にした、いつだってとてもよく目立つ、かわいいひとつ下の後輩だった。SNSはこっそり片道フォローをしていたし、学内でも偶然出会すとつい目で追ってしまっていた。シンヤは誰にでもモテるけれど、とにかく思想の強い女でもあり、僕はシンヤという『概念』に恋をしていた。
シンヤが僕に対して丁寧語を崩したことはない。夢で再生されていたのは全部偶然目に耳にした会話たちだし、そもそも僕がシンヤと会話をしたことも一度しかない。中学時代、僕が吹奏楽部を辞める直前、第一音楽室と第二音楽室の間を繋ぐ楽器庫で鉢合わせて、一回。きっとシンヤからすれば何の気なしに、肯定されただけ。その一度きりの肯定で、僕は長いことずっと、シンヤに焦がれてきた。
「僕は、どれだけ前かわからないけど……交通事故に遭った。きっと、いまは所謂『意識不明の重体』というやつなんだろう。さっきシンヤが言った、『思い出すと死ぬ』っていうのは、この事故を思い出すことで僕の意識はいまの混濁状態から抜け出せるということだと思うんだけど、合ってるかい?」
シンヤは、俯いたままこくりと頷いた。僕は息を吐く。
「意識を取り戻した先で、ショックでそのまま死に至るのか、再度覚醒に至れるのか、今の僕にはどちらかわからない。そもそも何日経ってるのか、この体は現実世界ではどう扱われているのか、皆目見当もつかないからね。でも」
僕はゆっくり、血塗れの僕が抱えている袋を持ち上げた。中身は大して重くないが、僕にとってはもっとも大切なものだ。
他人と、自分の脳内でしか関係を築いてこなかった自分に、唯一干渉してきた、他人。
「僕はこれを、※に渡しに行かなきゃいけない。会って、きちんと謝らなきゃいけないんだ」
*お※ちゃん、ごめんなさい*、って。
ずっと、※のことは大嫌いだった。大嫌いだったし、※も僕には死んで欲しいと思っているに違いないと、思っていた。
……でも。
※に、罪は、初めからなかったんだ。
「だからシンヤ、君とはここでお別れだ。シンヤというべきなのか、それもまた僕と呼ぶべきなのかはわからないけど。なあシンヤ、こんな形で君を消費したこと、悪かったと思ってる。許してくれとは言えないけど、君だけでいいからそれを覚えていて欲しい」
シンヤは何も言わずに頷いた。次にまばたきをすると、そこにはもう誰もいなかった。
雨が強くなり、その強さに飲み込まれるようにして、僕の意識も溶けていった。
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