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わたしと洋海は、決して仲の良い姉弟じゃなかった。
父親の再婚で自分によく似た名前の弟ができることを知り、大喜びでわたしが新しいこの家にやってきたのはもう15年も前のことで、しかし初めて会った7歳の洋海はわたしと父を一瞥するとわたしの鼻先でぴしゃりと自室の扉を閉めた。
洋海は恐らくこの頃からずっと、わたしと父を憎んでいたと思う。
新しいお義母さんはちょっと感情が大きく出るタイプの人で、今となってはそれで父に依存していたのだろうかと邪推もしてしまうけれど、でも基本的には突然できた娘のわたしのこともとても可愛がってくれた。たぶん、それも洋海にとっては面白くなかったのだと思う。
当然だ。わたしには物心ついた頃から母親がいなかったが、洋海の実父が10年越しの不倫を経てお義母さんを捨てたのは再婚のほんの半年前で、お義母さんは自身のプライドを守るためにどうしてもそれを洋海に言えなかった。洋海からしたら、わたしたちが実父の居場所を奪ったと考えて当然だろう。
こんなことにすら、こうなるまで気がつきはしなかったけれど。
わたしは、洋海と違って頭が悪く、要領も悪かった。自分が「足りない」ことには薄々気がついていたわたしが他人を都合よく振り回して生きる事を覚えるのにそう長くはかからなかったが、洋海はそんなわたしを心底嫌そうな目でいつも見ていた。
それ以外の生き方を知らないのだから仕方ない、と開き直ったわたしはむしろ愚直に苦労して生きる洋海を煽るようにして立ち回り、それからどんどん姉弟仲は悪化していたように思う。わたしだって、できることならあなたのように生きたかったのに。あなたのようになれないことを咎められることが、どれだけ辛かったか。
「……でも、洋海に死んで欲しいと思ったことは、一度もなかったのにな」
わたしが同窓会を優先して行かなかった、父の実家への帰省。その帰りに、三人は交通事故で亡くなった。
決して広くない道で、雨で視界の悪い中、逆走する飲酒ドライバーの車と正面衝突。
両親と相手方運転手は即死。洋海も、一週間生死を彷徨い続けて、8日目の昼にこの世を去ってしまった。
ひどいプレゼントと、ひどい手紙と、ひどい言葉を残して。
洋海が最後まで抱えて離さなかった袋の中には、洋海が15年間ではじめて用意してくれた誕生日プレゼントと、この15年間の態度を詫びる手紙。
そして洋海の体が生命活動を終えようとするまさに危篤のその中で、洋海は間違いなく、こう言っていた。
『おねえちゃん、ごめんなさい』と。
☆
洋海の葬儀に来ていたのは基本的には身内だけだったが、一人だけ見慣れない女の子がいた。洋海の同級生だろうか、と思ったが、それにしてはどこか見覚えがあるような気がする。話しかけようとすると、その子が急に萎縮するのがわかった。
「あ、あの。ひろみ、さんの、お姉さんですよね。あの……」
「あ、ええ。今日は来てくれてありがとうね。洋海のお友達? お名前を聞いても良いかしら?」
「え……しん、や。新谷って言います」
「新谷さん。初めまして。洋海とはどういう友達だったの?」
「あ……」
新谷さんは何やら挙動不審になってきょろきょろと辺りを見回していたが、やがて決心したかのように息を吐いた。
「あの、洋海さんとは、お友達というか……憧れ、というか。そう、あの、私が一方的に好きで、その……」
少し意表を突かれる回答だったが、意外性はあまりなかった。洋海は、わかりやすい華こそないし、生まれついた性格が人を寄せつけることに向いていないが、それでもひっそりと人の目を惹く綺麗な男だった。姉という立場をもってしてもなおそう思う。どちらかというと、目の前にいる新谷の方が、俗に言う『陽キャ』のような要素を備えている感じがする。もっとも、今は緊張しきりのようだが……。
「だからその、中学時代、吹奏楽部で仲良くなって。高校、大学も一緒がよくて、同じとこ受けて。……卒業する前に、言おうと思ってたんです、けど、」
「……そっか……」
少しだけ、重い沈黙が流れる。その沈黙を破ったのは、「でも、」と切り出した新谷さんだった。
「私、洋海さんに気づいて欲しくて、もっと明るくてよく目立つ、自由な人間になろうと思って。結局洋海さんには言えませんでしたけど、でも、私、洋海さんのおかげで変われたんです」
新谷さんが、わたしの手を取る。
「お姉さん、こんな話を聞かせてしまうなんて、申し訳ないと思ってます。許してくださいとは言えませんけど、お姉さんだけでいいからそれを覚えていて欲しいんです」
それだけ言って、新谷さんは俯いた。少ししてからわたしの手を離し、やや下がってわたしとの距離をとる。
わたしはふふ、と笑って、それから新谷さんの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「な、にを、」
「ふふ。大事な弟の、素敵な話を聞けて、嬉しいわ。ありがとうね。そんな風に想ってくれていた人が居たなんて、洋海もきっと喜んでるわ」
「……そんな、喜ぶもなにも、洋海さんはもう」
「あら、そうかしら?」
わたしは、わざとらしく小首を傾げてみる。わたしでも信じているわけではないけれど、どこかそうであってほしいと祈りを込めて。
「案外、新谷ちゃんの夢の中とか、会いに来るかもしれないわ」
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