神様のいたずら。
人の出会いって本当に不思議だよ、どんな人間でもほとんどが会うべくして会ってるのかも知れない。
この“ほとんどが”ってところが引っ掛かりを持たせるが、実は1番肝心なところで。
やっぱりここにも絶対なんてなくて、ごく僅かに出会さないほうがいい出会いっていうのもあるんだよね。どうすることも変換することもできない出会いってやつだ。
そんな不確かさを納得させるために人は神様なんて信じるんだろうか。
神様のいたずら、とかいってさ。
よく捉えればそれくらい意味を成す人との出会いは素晴らしく貴重なものなんだとも思える。
君と出会えたことを嬉しく思うよ。私にとって意味のあるいい出会いだ。
君にとってもそうであるといい、そうであったらいいな。
絶対なんてことはいつでもないんだ。
絶対っていうのは力の限りの念だ。そうであれと思う強い念だ。
ちなみにこれというのは自分の視点で考えた時のことだ。他者からみたら当人にとっての出会わなくてもよかったはずの出会いに、時代を人を動かすほどの意味を伴う場合がある。
教訓のようになったりね。
兎にも角にも、私と出会った全ての素晴らしい出会いやくそったれな出会いに感謝だ。
だってさ、私はいつでも感謝していたい。
忘れたくないんだよ。
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